マハティール前首相
日本人への訴え
坪内 隆彦
| 西洋近代文明への批判 | マハティールの侠気| 強者に立ち向かう|
 
●西洋近代文明への批判
 22年間にわたってマレーシアを率いてきたマハティール首相は、2003年10月31日、惜しまれながら引退した。それからちょうど1年経った11月8日、クアラルンプールのプトラジャヤで前首相に単独インタビューすることができた。
 内政の舵取りから離れた前首相には、重責からの解放感といったものも感じられた。首相時代よりも自由に発言できるようになっている。もちろん、歯に衣きせぬマハティール節は健在だ。
 執務室の机の上には2台のパソコンが、書棚には分厚い百科事典が、そして書棚の隣の棚には使いこんだコーランが厳かに置かれている。「慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において」など、コーランの一節を刻んだ木彫は、気品に満ち溢れ、東南アジアの伝統を強く感じさせる。
 この光景こそ、マハティールの思想と行動を余すことなく伝えている。彼の思想を支えているのは、イスラームの教えである。だが、それは決して近代化に背を向けるものではない。彼はテクノロジーの発展に力を注ぎ、自らハイテク機器も使いこなす。また、読書家としても知られるマハティールは、貪欲に知識を吸収し、それを生活に活かそうと心がけている。つまり、彼にとってイスラームは、モノの面でもココロの面でも生活を豊かにするための思想の基盤である。
 インタビューでは、どの質問に対しても、的確な回答が即座に返ってきた。まもなく79歳になる高齢とは思えない反応の速さである。だが、何より私が強く感じたものは、ココロの平静と揺ぎない信念である。それもまた、彼の信仰に支えられているに違いない。
 終始穏やかな雰囲気でインタビューは進められたが、二度だけ変化が見られた。一度は、ブッシュ大統領再選に関して質問したときである。一瞬にして厳しい表情に変わり、強い言葉でその対イラク政策を批判、ブッシュ再選は世界にとって大惨事だと言い切った。もう一度は、東アジア経済グループ(EAEG、後にEAEC)構想を提唱した経緯について説明しているときである。EAECを葬ろうとしたアメリカ自身がNAFTA(北米自由貿易協定)を形成していることに言及したとき、語気の鋭さが増すのが感じとれた。また、彼はブッシュ政権に追随する日本にも批判的である。
 ただし、我々はマハティールの声を単なる外交政策の次元でだけとらえるべきではない。モノに偏重した西洋近代文明に対する根源的な批判の声として、彼の言葉を受け止めるべきではなかろうか。
 
●マハティールの侠気
 7年ほど前、マレーシアへの視察ツアーに参加したときのことだ。そこに参加していた20歳代の日本人女性が、しきりに「まは様は、素敵」と連発する。すぐに「マハ様」のことだと了解して、マハティール首相はなぜ素敵なのかと尋ねると、「侠気があるから」という。侠気などという言葉を聞くのは久しぶりのことだった。ここで彼女が言った侠気とは、いわゆる「男らしさ」だけではなく、強きをくじき、弱きをたすける心、損得を顧みず果敢に行動する態度であろう。
 マハティールは、確固たるポリシーを持って、理想を実現しようとしてきた。相手がどんなに強大だろうと、また批判する結果、いかなる不利益を蒙ろうとも、不正義を見逃そうとはしなかった。
 1997年7月、タイの通貨バーツの暴落をきっかけに、通貨危機が東南アジア一帯に波及した。地道に築き上げてきた経済は、一瞬にして叩き潰されたのである。マハティールは、ヘッジファンドなどの欧米の機関投資家が投機的な売り浴びせをしたのが通貨暴落の主因と見て、その象徴的な存在ジョージ・ソロスを槍玉にあげた。しかし、その結果、通貨と株価の下落にさらに拍車をかけることになった。それでも、彼は批判をやめようとはしなかった。
 欧米のメディアからは、市場経済を理解できない分らず屋だと叩かれた。だが、その一年後、国際社会はマハティールの主張の正しさを認めた。
 
●強者に立ち向かう
 マハティールは、大国に対しても遠慮なく批判を繰り返してきた→(インタビュー1、2)。アジアに対する人権外交を進めたクリントン政権に対しては、「自分が実行してもいないことを、他人に説教することなどできない。アメリカ人の考えや基準を、他の国々に輸出しようとしないでほしい」と応酬した。同政権のイニシアティブで1993年に開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の非公式首脳会議を、唐突で強引だとしてボイコットしている。
 ブッシュ政権の中東政策には、一貫して「NO」を突きつけ、イラクに対する攻撃については、「アメリカは国際法、人道、正義に背いて、自衛力のないイラクを侵略し、世界の歴史に汚点を残した」とまで激しい批判をぶつけた。マハティールは、ブッシュの再選阻止のためにアメリカのイスラーム系ウェブサイトに、ケリー候補に投票するよう呼び掛けたほどである→(3)。
 一方、マハティールは先進国が富を独占し、発展途上国が貧困にあえいでいる現状を打開するために、全力で動き回ってきた。マハティールは先進国のサミットに対して、途上国のサミット「G15」を提唱し、1990年に第一回会議を開催した。彼は、こうした組織によって、途上国間の協力を推進してきたのである→(4)。
 また、マハティールは多国籍企業から国際的な税金を徴収し、それを途上国のインフラ整備の支援に充てようという構想を提唱している。
 
◆ インタビュー ◆
マハティール・ビン・モハマド(Mahathir bin Mohamad)
 1925年マレーシア・ケダ州生まれ。医学博士。1964年に下院議員、1981年に統一マレー国民組織(UMNO)総裁となり、同年から2003年10月までマレーシア首相。
インタビュアー:坪内隆彦
 
● 日本も大国を批判できる ●
Q あなたは、相手が大国であろうが、いかに強大であろうが、常に勝負を挑んできました。日本は、言いたいことがあっても遠慮して物が言えません。どうして、あなたにはそれができるのでしょうか。
A 闘っているわけではない。我々が正しいと考えていることを言っているだけだ。大国が間違いを犯したとき、我々にはそれについて自由に発言する権利がある。それを批判する権利もある。私は、日本にもそれはできると思う。何の問題もない。我々が強いか弱いかは関係ない。たとえあなたが弱いとしても、発言することはできるのだ。
 それでもアメリカは、マレーシアにとって最大の貿易相手国だ。マレーシアの輸出に占めるアメリカの比率は20%を超えている。アメリカからの投資額も非常に大きい。相手を批判しても、こうした良好な経済関係を続けることができる。日本にも同じことができると思う。
 
Q 仰る通りですが、なかなか相手を正面から批判することは難しいと思います。あなたには勇気があるように感じます。勇気を持って強大な相手を批判する秘訣はないのでしょうか。
A (笑い)秘訣なんかはない。最も重要なことは、あなたの国をうまく管理することだ。国を政治的に安定させ、平和を保ち、経済を成長させることである。そうすれば、国民は良い暮らしを送ることができる。国民のために良い政治を行えば、支持は自ずと得られる。もし支持率が低い状態で、人々が気に入らないことを発言すれば、さらに支持を失うことになりかねない。
 その点、マレーシアの政権は圧倒的多数を確保している。下院議席の90%を握っている。だから、政府はいかなる立場をも採ることができる。国民の一部が我々の言うことを気に入らず、その結果我々を支持しなくなっても、なお多数支持を維持することができるわけだ。
 
● ブッシュ再選は大惨事だ ●
Q ブッシュ大統領が再選されました。どのような感想をお持ちですか?
A ブッシュ再選は世界にとっての大惨事だ。ほかの人にあまり配慮しない人物、世界中が反対していても、それを気にしないような人物。そういう人物は危険だ。彼は自分に強い力があると思っている。他人のことを気にせず、自分のやりたいようにやろうと思っている。
 今回の選挙は、他国を侵略し、政権をすげ替え、民主的なシステムを押し付け、戦闘し、人々を殺戮し、何の罪もない民間人をも殺し、ファルージャのように都市全体を破壊するようなことをしている人物を、世界が承認してしまったということを意味している。
 彼に投票したということは、いったいどんな結果をもたらすだろうか。彼は、自分のやっていることが正しいと考えるだろう。その結果、彼はイラクでやったように、今度はシリヤやイランを侵略して体制を変えようとするだろう。だが、それぞれの国民は侵略に対して戦う。事態はさらに悪化していくだろう。
 
Q あなたは、南北問題の解決に尽力してきました。首相引退後も、非同盟諸国ビジネス評議会の国際諮問委員会委員長に就任しています。南北問題解決の上で、これから何が重要だと考えていますか。
A ご承知の通り、北の先進国は南の国(途上国)と大きなビジネス関係を持っている。その中には、非同盟運動に参加するイスラーム教国も含まれる。だが、いまや貿易において、先進国にとって変わるだけの力を備えた途上国が、数多く台頭してきている。価格競争力で、先進国は途上国に勝てない。つまり、途上国同士の経済関係をさらに拡大するときが来たのである。途上国間の貿易関係を拡大していくことが、非常に重要なことである。
 
>> マハティール前首相 日本人への訴え #2
 
     
坪内 隆彦(つぼうち たかひこ)
 ジ ャーナリスト、拓殖大学日本文化研究所附属近現代研究センター主任研究員兼創立百年史編纂室編纂委員、(社)日本マレーシア協会理事、マハティール研究会主宰。
 1965年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社、貿易記者クラブ(日本貿易振興会記者クラブ)担当記者として通商問題などの取材にあたる。1989年退社後、フリーランスで取材・執筆活動に入る。
 1991年に「国連における大国協調の光と影」で佐藤栄作賞(国際連合大学協賛財団懸賞論文優秀賞)を授賞。1994年に『アジア復権の希望マハティール』を、1997年に『キリスト教原理主義のアメリカ』を、1998年に『岡倉天心の思想探訪』を上梓。『月刊マレーシア』で「明日のアジア望見」を連載中。
編集部より
 敬称は省略させていただきました。
 
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