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| 坪内 隆彦 |
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| 根底にあるイスラーム
| モノとココロの均衡ある発展 |
| 日本の中立とココロの防衛 | マハティールの願い | |
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| ●根底にあるイスラーム |
マハティールがクリントンやブッシュを批判してきたのは、単にアメリカが嫌いだからではない。アメリカが振りかざす民主主義、市場万能主義、力による外交などを支えている価値観そのものに挑戦しているのである。
責任を伴わない行き過ぎた自由、共存や相互扶助の理想を踏みにじる弱肉強食の経済原理、全てを善悪に二分し、悪を力でねじ伏せようという発想を批判しているのである。
そうしたマハティールのバックボーンが、信仰の力である。彼はイスラームがもともと平和を求める教えであることを強調し、いかなるテロにも断乎反対の立場をとってきた。
投機家を執拗に批判したのも、投機という行為自体を許せなかったからである。イスラームでは経済行動においても、神から発した万物が正しく扱われなければならないという思想が貫かれている。人間にはアッラーの代理人として、責任ある経済行動が要求される。人間は、アッラーからの恵みに対して、真に生産的な活動で報いる必要がある。貨幣自体が富を増大させる手段となることは認められない。
マハティールは、1983年7月には無利子の原則によるイスラーム銀行を設立、以来マレーシアではイスラーム金融が順調に拡大を続けている。2002年3月には、投機の封じ込めを狙い、貿易取引で金貨ディナールを使おうと呼びかけている。
イスラーム世界ではザカート(喜捨)が定着している。余裕のある者が困った人を助けるのは当然のこととされる。国際税の構想も、ザカートを国際社会に適用したものにほかならない。もっと言えば、先進国と途上国の経済格差は、イスラーム世界の助け合いの精神からは許しがたい状況なのである。奪うよりも与えることによって得られるココロの価値を彼は求めている。彼の外交は、隣人を富ませるという発想で貫かれているのである。
つまり、マハティールはイスラームの教えに基づいて、正義を唱えてきた。彼は、全ての人に受け入れられる普遍的な考え方としてイスラームを復興しようとしている。しかも、彼はその他の宗教にも、本来普遍的な価値があると信じて、それらを尊重する立場を明確にしてきた。彼は、コーランには「すべての宗教、宗派は、それぞれ神の真理を踏襲していて、神のもとに帰るための手段を提供している」というメッセージが含まれているとも言う。
戦前、日本の興亜論者の間には、欧米列強の植民地支配や人種差別に示されるような、国際社会の不正義を正そうという崇高な理想が確かに存在した。それらを支えていたのも、神道や仏教の信仰に基づいた正義だったに違いない。 |
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| 写真:上河邊 敦 |
| ●モノとココロの均衡ある発展 |
マハティールは、イスラームを単に正義を支える教えとしてだけ重視しているのではない。精神的発展だけではなく物質的発展の基盤となるイスラームという考え方を推進しているのである。
かつてイスラーム教徒は、天文学、医学、物理学、化学、エンジニアリングなど、科学技術の発展をリードしていた。アルコール、アルカリ、アルジェブラなど、科学用語にはアラビア語起源の言葉が少なくない。時代を経て、イスラームは科学技術の面で欧米に遅れをとるようになったが、19世紀後半には、アフガーニーやアブドゥフらが近代に適応したイスラームを模索した。→(インタビュー)
つまり、マハティールは人間の幸福には、モノとココロがともに充足されることが必要だという立場に立ち、イスラームは人間の生活のあらゆる側面で活かされると考えている。彼は、1991年に示した長期構想「ワワサン2020」で、2020年までにあらゆる分野で進んだ国となるという目標を掲げたが、そこでは科学技術の発展とともに、強い宗教的・精神的価値意識を持ち、最高水準の倫理を持つことが追求されている。
かつてマレーシアは一次産品に依存していたが、マハティール政権では工業化が急速に進んだ。プロトンによる自動車国産化の成功はその象徴である。ただ、東アジアの自由貿易協定が進む中で、高関税によって保護されてきたプロトンの競争力向上が差し迫った課題となっている→(インタビュー)。
プロトンの車には、イスラーム国家が初めて製造した自動車という特別な意味もある。テクノロジーをイスラーム諸国へ橋渡しする役割を期待されており、すでに2003年にはイランの自動車産業開発公社と技術協力協定が結ばれている。
一方、マハティールは産業構造の高度化を目指して、首都圏一帯をハイテク集積地帯にするMSC(マルチメディア・スーパーコリドー)を推進するとともに、文化の発展と教育水準の向上にも取り組んできた→(インタビュー)。 |
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| ●日本の中立とココロの防衛 |
これまで、ASEAN(東南アジア諸国連合)の安保政策には、中立志向とアメリカへの依存という二つの側面があったが、大国の軍事力への依存よりも、主権と相互尊重の原則を強調する方向へ次第に変化してきた。中国の軍事力に対する警戒感がなくなったわけではないが、ともに話し合いによって対立を克服していこうという流れが強まってきている。こうした中で、アメリカに追随してきたフィリピンまでもが、中国との防衛協力に意欲を見せるようになっている。
インタビューでマハティールは、アメリカの軍事プレゼンスの拡大の弊害を強調した上で、日本は中立の立場をとるべきだと明言している→(インタビュー)。自分の言葉をかみ締めるように、「もはや戦争という手段は選択できない」と、ゆっくりと自信を持って語ったのが印象に残っている。
マハティールの安保論は、理想主義的で、現実的ではないようにも見える。一見すると、かつての非武装中立論を彷彿させる響きもある。しかし、彼は、いまや中国が軍事力をむやみに行使しないと考える確かな理由を持っている。彼には、暴力の背景には貧富の格差などの経済的要因があるとの考えがある。
それだけではなく、マハティールは安全保障の意味を問い直そうとしているようにも見える。これまでの安保は、国民の生命と財産を守ることだけを考えてきた。彼はモノだけではなくココロを守ることを重視しているのではなかろうか。確かに、モノ偏重の文明の流れが変わらない限り、そうした考え方は受け入れ難い。それでも、人間の幸福がモノだけではなくココロの安定によってもたらされるということを、アジア人たちが再認識するようになれば、武器を突きつけ合うことで安全を確保することの精神的な弊害や、アメリカへの過度の依存による精神的価値の喪失といった問題が、深刻に受け止められるようになるかもしれない。
マハティールは、異質なものを排除するのではなく、互いの違いを認め合って共存しようする努力、すべての関係を互恵的なものにする努力自体によって、やがて西洋近代の価値観が転換される日が訪れると信じているのではないか。 |
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| 写真:上河邊 敦 |
| ●マハティールの願い |
そうはいっても、アメリカは容易にはその価値観を転換しようとはしないだろう。欧米にとってはマハティール流の安保論は理解し難いものだろう。安保論だけではない。競争原理のみに依存するような経済から、助け合いの論理への転換も、欧米には容易に受け入れられない。
だからこそ、マハティールは欧米のやり方とは異なる方法を模索するアジアの声を一つにして、その立場を強化することの必要性を痛感していた。それが、彼がEAEGを提唱した理由の一つでもある→(インタビュー)。アメリカは、当初EAEGを敵視していたが、1997年末には、ASEANと日中韓によるASEAN+3首脳会議がクアラルンプールで開催され、実質的にEAEGは動きはじめた。そしていま、それは東アジア共同体として発展しようとしている。
マハティールはなおも日本への期待を捨ててはいない。彼が日本に学べというルックイースト政策を掲げたのは、1961年に初めて日本を訪れ、敗戦から復興し、経済再建のために献身的に努力する日本人の姿に感銘を受けたことが大きなきっかけとなっている。マハティールにとって、日本はアジア人としての自信の源泉であった。だが、日本はマハティールが学ぼうとしてきた伝統的やり方を捨てようとしている。いまやマハティールは日本社会の欧米化を嘆かざるを得なくなった。ルックイーストが悲しいすれ違いに終わるのか、日本が踏みとどまるのかを、マハティールだけではなく、多くのアジア人が注視している。
確かに、日本がアメリカに追随せざるを得ない国際政治の厳しい現実もある。だが、アメリカ追随は戦前への反省や敗戦、占領による後遺症ばかりとはいえない。それは、価値観の大転換、つまり日本人がモノ偏重になってしまった当然の帰結なのではなかろうか。
モノを守るという発想からは、アメリカへの依存は合理的な選択ということにもなる。だが、信仰の大切さに気づき、ココロの価値が重視されるならば、日本人の行動は損得だけではなく、かつて存在した崇高な理想を取り戻すこともできるだろう。
アジア人としてのアイデンティティを確立し、アジアのために活躍してほしいというマハティールの願いに、日本人はどう応えていくのだろうか。 |
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| ◆ インタビュー ◆ |
マハティール・ビン・モハマド(Mahathir
bin Mohamad) 1925年マレーシア・ケダ州生まれ。医学博士。1964年に下院議員、1981年に統一マレー国民組織(UMNO)総裁となり、同年から2003年10月までマレーシア首相。 |
| インタビュアー:坪内隆彦 |
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| Q |
あなたはイスラームの教えに基づいて、独自の国家ビジョンを描いてきました。ジャマール・アッディーン・アフガーニー、ムハンマド・アブドゥフといったイスラーム思想家について、何かコメントをいただけますか。 |
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| A |
ジャマール・アッディーン・アフガーニーとムハンマド・アブドゥフは、イスラーム教徒がその他の世界の発展から取り残されないようにするべきだと考えた最初の学者だ。彼らは、イスラームが来世だけでなく現世のことにも関心を向けるべきだという新しい考え方を広めようとした。 |
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| ● VWから技術を吸収
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| Q |
あなたは首相時代に自動車メーカー、プロトンを設立し、自動車国産化に成功しました。引退後は、同社の特別顧問に就任されています。プロトンの競争力を維持していくために、どのような手を打っていきますか。 |
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| A |
我々は、最も効果的なパートナーを探して世界中の自動車メーカーとの提携を検討してきた。多くの自動車メーカーと議論を重ねたが、最終的に我々はフォルクスワーゲン(VW)と提携すべきだと判断した。
出資は伴わず、技術移転など両者の協力を強めるための協定による提携関係を築いていく。VWはプロトンの設備を利用し、自動車の組み立て、設計を行いたいという希望を持っている。また、VWはアジアでは中国での事業を先行させていたが、今後は東南アジア市場へ参入したいと考えている。我々プロトンにとっては、VWから進んだ技術を得られるという利点がある。 |
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| Q |
中国におけるプロトンの製造、販売の計画については、どうお考えですか。 |
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| A |
いくつかの計画がある。しかし、現在中国政府からの許可を待っているところだ。まず、我々は中国でのプロトン車の製造を開始したいと考えている。それには、右ハンドル仕様のプロトン車を中国市場向けに左ハンドル仕様に変更する必要がある。また、中国へのプロトンの輸出も可能だと考えている。 |
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| Q |
マレー系国民の教育水準の向上のために、何が必要でしょうか? |
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| A |
我々は、学校において科学と数学の授業を英語で教えることにした。これにより、マレー人は真剣に英語を習得しなければならなくなり、英語をよく理解できるようになる。これまでは、科学的な新発見などを英語からマレー語に翻訳する必要性があったが、自然科学の分野を英語で教えるようになれば、その必要性は軽減される。流暢な英語とマレー語を使え、さらにその科目の専門家であるというような人は、そう多くはいないから、科学の分野の新しい情報を知るには効果的である。これが、我々の戦略である。もちろん、科学技術の教育を同時に重視していく。 |
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| ● 日本は中立の立場をとるべきだ
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| Q |
東南アジア地域のアメリカの軍事的プレゼンスについては、どうお考えですか。 |
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| A |
国家間の問題を解決する方法として、もはや戦争という手段は選択できない。近代戦はあまりにも破滅的な被害をもたらすからだ。戦争をすれば、誰も勝者にはなれない。だから、国家間の問題は交渉によって解決する方がいい。交渉のためには、将来の展望を示す意欲が必要になる。
この地域のアメリカの軍事的プレゼンスやアメリカとの軍事同盟は、この地域に敵がいると想定していることを意味する。当然、中国は自国が敵とみなされていると懸念することになる。
いまや中国は大国である。この国を征服するようなことはできない。征服するには中国はあまりに大きな国である。イラクでいま起こっていることを見ればわかるだろう。中国を占領しようとしたら、いったいどんなことになるか。つまり、中国を占領するなどということは不可能なのである。ある国を占領しようとすれば、常にその国民は闘うことになる。
経済発展することによって、中国の軍事力が大きくなることは避けられない。例えば、マッカーサー元帥による占領時代の1945年、日本のGDPの1%は、極めて僅かな額に過ぎなかった。だが、今日日本のGDPの1%は巨額だ。中国も同じことである。中国が経済大国になれば、GDPの1%も巨額になる。つまり、我々が望もうが望むまいが、中国の軍事力は強化される。
こうした状況において、アメリカがこの地域に軍事力を展開することは、中国を刺激することにほかならない。これは好ましいことではない。日米の軍事プレゼンスが拡大すれば、中国もそれに対抗しようとする。ある種の軍拡競争に入っていくことになる。これは非常に危険なゲームだ。 |
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| Q |
日本の防衛政策は、アメリカとの同盟に依存しています。それ以外に現実的な日本の防衛政策があるとお考えですか。 |
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| A |
日本は、ある国が友好国だからという理由だけで、その国が間違っている場合にも支持するようなことをすべきではないと思う。それは、日本にとっていいことではない。いま日本は、正しいことを支持すべきだと思う。私は、日本が中立の立場をとるべきだと思う。そして、弱い国の支持者になることを考えるべきだ。 |
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| Q |
1990年12月に、あなたは東アジア経済グループ(EAEG、後にEAEC)を提唱しました。その経緯について説明していただけますか。 |
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| A |
我々は、GATT(関税貿易一般協定)の交渉に参加していた。しかし、最終的にGATTの交渉は成功しないと我々は判断した。このような状況で、EAEC提唱に関するレポートが内閣に上がってきた。我々は、この構想を討議し、東アジア諸国の立場を強化するために、この構想を進めることを決定したのだ。一つの国単独での発言力は弱い。マレーシア単独、あるいはインドネシア単独、日本でも単独で交渉を成功させることは難しいだろう。しかし、東アジア諸国がグループとして声をあげれば、相手はそれを真剣に受け止めざるを得ない。これが、我々がEAECを必要とした理由だ。ヨーロッパはEU(欧州連合)を形成し、またアメリカはNAFTA(北米自由貿易協定)を形成している。それらは、非常に強力なグループである。それらのグループとの均衡をとるためにも、東アジアのグループが必要なのである。 |
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| Q |
在マレーシアの日本企業や日本人にメッセージをお願いします。 |
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| A |
日本人は非常に理解のある人々で、フレンドリーでもある。また、マレーシアの工業化への貢献は多大なものだ。投資など、これからもマレーシアへの関心を持ち続けていただければと思う。
また、日本へ行って勉強したいマレーシア人が増えているが、費用の高いのが難点だ。それを解決するために、授業を全て日本語で行う大学を設立すれば良いと考えている。 |
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| Q |
ロングステイでマレーシアに来ている日本人にもメッセージをお願いします。 |
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| A |
ロングステイの方々も大いに歓迎している。日本とは違った環境の中で、すばらしい生活を楽しんでいただきたい。 |
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大変貴重なお話を伺うことができました。
長時間有難うございました。 |
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