マラッカ海峡の    
海 賊 事 件
| 『日馬プレス』も右往左往 |
| 海賊も時代の変化。強盗型から身代金要求型へ|
 
 3月14日午後6時半に井上信男船長(56)と黒田俊司機関長(50)、フィリピン人の船員を海賊に誘拐されたタグボートの韋駄天の乗組員たちは3月20日午後5時ペナン港を出航して韋駄天の基地港のあるシンガポールの南にあるインドネシアのバタム島を目指した。マレーシア海軍から警備艇が付き添ったが、年齢的に若い人多い日本人船員たちはインドネシア領海に近づくのを嫌がったという。「夜間航行でもあり、事件のトラウマによる恐怖心が強かったようだ」とペナン総領事館の関係者は分析した。マレー半島西海岸に沿って南下し、夜明けにクラン港を通過し、バタムに一日半かけて行った。

 誘拐された三人によれば、どこか分からない海岸に上陸したあと、海賊たちとともに歩いて奥地に向かった。彼らは統制がとれていて、中にはダークグレーのベレー帽をかぶっているものもいた。また、靴を脱いで裸足で歩いていたものもいた。拘束されている間、海賊たちは三人を脅したり、暴力を加えるようなことはまったくなかった。

 韋駄天を所有する近藤海事の関係者によると、海賊との連絡は携帯電話が利用されたが、古いタイプの電話であり海賊の拠点が電波の届きづらい地域ということもあって、なかなか電話が通じずに困ったという。大手の新聞報道によれば、井上船長らの英語をフィリピン人船員が片言のインドネシア語で通訳したという。また、新聞報道などでは金額を上げて身代金の受け渡しがあったと推測しているが、近藤社長が記者会見で言った通り「身代金の受け渡しはなかった」というのが公式声明だ。

 20日夜、井上船長たちが解放されたのはタイ南部のサトゥーンという漁村。それなのに保護に向かったのはクアラルンプールの日本大使館とペナン総領事館だった。これは対策本部が置かれ、関係者がマレーシア側にいたこと、距離的にバンコクよりも近いこと、昨年12月26日のスマトラ島沖を震源とする巨大地震と津波の後遺症で対応しづらいということもあったようだ。21日未明、近藤社長らと総領事館と大使館の職員はペナンとクアラルンプールから車でサトゥーンに向かった。タイとの国境についた時には国境はまだしまっていて約2時間待たされたという。国境を越えて約3時間走ってサトゥーンに着いた。「遠かった」と言っていたが、誘拐された三人の無事を確認して「疲れが吹っ飛んだ」という。
 
◆『日馬プレス』も右往左往
 即時性を争うニュースの取材とは縁遠い『日馬プレス』なのに、事件の前日からペナンにいたWと、ずっとクアラルンプールにいたMが海賊事件に振り回された。事件とは直接関係がないはずのマレーシアなのに、大手マスコミの特派員たちがクアラルンプール、バンコク、シンガポールなどからマレーシアに集まってきた。まず、15日早朝、某テレビ局の依頼を受けてWが、韋駄天が戻ってきたペナン港に向かった。ペナン港といえばペナン島にある港のはずなのにマスコミ関係者は一人もいない。他局の知人に聞くと、向こう岸のバタワースのペナン北港だという。朝9時ごとにつくはずで急いでいったのに、午後12時を過ぎるという。12時をすぎたところで依頼主の某テレビ局の特派員が登場してお役御免となった。彼ら特派員の上司がたまたまWの小学、中学、高校の同級生ということもあって、朝飯が食えなかった恨み言を言うのはやめた。

 人質解放の噂が流れたときに右往左往したのがMで、別の某局から「クアラルンプールにいる? 時間ある?」でポート・クランに行かされた。前回と同様に、ポート・クランというだけの情報で、そこから先は勘しかないという。人質がどこで解放されるか? 各マスコミは持てる人材をあちこちに貼り付けたようだ。某局はペナンとスマトラ島のメダン、某局はペナンとポート・クランといった按配に。たった三、四人でマラッカ海峡をカバーしようと言うのだから、Mのような「閑だとろくなことをしない身軽な人」が利用されてしまう。

 WもMも「疲れた!」と言いながら、けっこう楽しんでいたという。
 
◆海賊も時代の変化。強盗型から身代金要求型へ
 1999年10月22日にインドネシア領海で起こった海賊によるアロンドゥラ・レインボウ号ハイジャック事件の頃までは、船ごと奪ったり、積荷を奪うといった強盗、窃盗型が主流だった。アロンドゥラ・レインボウ号は船名や船籍を変えて航行中、11月16日にインドのゴア沖でインド警察に拘束されたが、積荷のアルミインゴット数千トンが売却されたあとだった。この事件以後、船長などを誘拐する、身代金要求型の海賊が主流になっている。2004年に東南アジアで起きた海賊事件37件のうち36件が身代金を要求してきたという。
 
 
 
 
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         テロリストとの関係はなし
2004年7月16日
 
 
 
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