クランタン州の指導者、
ニック・アジズ首席大臣に聞く
ネガティブなイメージ。それは誤解
渡邉 明彦
| クランタン州は窮屈? | 「子供にはお父さんお母さんが必要。だから、きちんとした服装を |
| タイ南部のテロ活動。でも、自分たちの生命を守るため | もっと、クランタンに来てください |
 
 マレー半島東北部、タイと国境を接している人口140万人のクランタン州はイスラム教を信ずるマレー人が多い。そして、州政府はマレーシア連邦で唯一野党PAS(全マレーシア・イスラム党)が政権をにぎっている。1951年に結成された汎マラヤイスラム党(PMIP)がPASになった。1972年にはラザク首相のもとで与党連合の国民戦線に参加したが、77年PASは分裂し国民戦線から離脱、野党となった。
 クランタン州の首席大臣でPASの指導者でもあるニック・アジス氏は、イスラムの教えを伝承し、州の行政をつかさどっている。温厚で清廉な人柄だが、イスラムの教えに従順であることから、「あまりにもイスラム色の濃い、過激な発言者」とマレーシアのマスコミや婦人団体から非難を浴びることがある。しかし、目の前で見る、そして、いろいろと話をしてくれたニック・アジス大臣には激しさは感じられない。穏やかで、真剣に州の人々のことを思いやっているということが伝わってくる。
 わたしたち日本人の多くが理解できないでいる、クランタン州とニック・アジズ首席大臣を、大臣ご自身にうかがった。
 
▲ クランタン州は窮屈? ▼
『日馬プレス』
渡邉
わたしは太平洋戦争初期に『マレーのハリマオ』と呼ばれた谷豊の調査などでコタバルには15回以上来ています。ここで見た、陽気で健康で笑顔のいいクランタンの人々や伝統文化が大好きです。とくにパサ・マラムで溌剌として働く若い女性を見ていると、クアラルンプールで見る女性よりもよっぽど魅力的だと感じています。こうしてわたしがコタバルや州の町々で受けた印象と、一般的にわたしたち外国人がイメージするクランタン州は異なります。「PASの政権下でイスラム色が強く、規制は多く窮屈だ」という先入観を持っています。
ニック・アジズ
大臣
PASはイスラムの教義に基づいてできた政党です。わたしはクランタン州の人々に、アラーの教えに基づいて、より良い生活を送ってもらいたいと願っています。イスラムの教義は、宇宙の中のなりゆきでものごとができたのではなく、万物はアラーのお恵みで創造されたものです。アラーの思し召しによって、クランタン州により良い社会を作っていくためにPASがあります。ほかの州では歴史上、イギリスやシャム(タイ)、ポルトガル、日本などに占領されたときに、さまざまな考え方がはいってきて、誤まった思考をする人が多くいます。そういう外国式の考え方やマスコミという虫眼鏡でクランタン州を見ているから、クランタン州をゆがんだ見方で見てしまうんです。
 
▲ 子供にはお父さんお母さんが必要。
  だから、きちんとした服装を ▼
『日馬プレス』
渡邉
確かに大臣の発言をとりあげるマスコミの書き方にも問題があるのかも知れませんが、どうしても大臣は極端なイスラム主義者だというイメージが強く、人によっては「イスラム原理主義者はテロと関係があるので怖い」と感じる人もいます。先日も、クランタン州にやってくる外国人やマレー人以外の女性の服装についての発言が物議をかもしていました。
ニック・アジズ
大臣
わたしは五つの原則を守っています。
 コーランにはきちんと家系を伝承するという原則があります。未婚の女性の妊娠を禁じています。子供が生まれたとき、父親と母親がそろって喜びをわかちあうのが子供にとってもっとも幸せなことです。女性が必要以上に肌を露出する服装をすれば、男性がどういう欲望をもつか。未婚女性が妊娠をするということが起こらないように、きちんとした服装をすることがいいと教えています。もちろん、女性自身が自分の身を守るためにも、そうするほうがいいと信じています。自分の在任中に、そういうことが起こらないようにしたいと強く願っています。
 そして、イスラムを守ること。イスラム教徒以外の人々に強制的に入信させることはできません。きちんと正しい教義を教えて、理解してもらい、イスラム教徒になってもらいたいと願っています。日本の人々にもコーランを読んで正しく理解してもらいたいと思います。日本人は技術や科学など物事を考えるのが得意です。そうした中に、イスラムの教義も加えてもらいたいのです。イスラムとは何かというよりも、イスラムの尺度を理解してもらいたいと思います。アラブ人とかマレー人とか、過激派集団の行為だけを見るのではなく、コーランをよく読んでほしいと思います。
 三番目に財産のことです。財産は持ち主のものということが原則です。相手の財産を奪ったり、自分の財産を奪われたりしてはいけない。この原則を守れば、詐欺や賄賂はできなくなります。
 四番目には生命を大切にすること。他人を殺す。自分で自分の生命を絶つ。これは絶対に許されないことです。
 最後に、個人の尊厳を大切にする。他人の尊厳を傷つけたり、自分の尊厳を傷つけられたりすることはしてはいけないことです。
   
▲ タイ南部のテロ活動。でも、自分たちの生命を守るため ▼
『日馬プレス』
渡邉
服装について、女性が過度に肌を露出するというのはわたしもいいとは思いません。日本、東京でもズボンをずり落として、お尻を半分以上露出した若い男性や女性がいますが、醜悪だと感じています。おっしゃるとおり、トレンガヌにはトレンガヌの文化、習慣、道徳観があります。クアラルンプールとも、東京とも、ニューヨークとも違う。おなじ価値観をもちこむのは間違いだと思います。また、わたしたちはもっとイスラムを正しく理解する必要があると思います。
 最近、クランタン州に隣接するタイ南部でイスラム過激派によるテロ騒動が起きています。これについて、どうお考えですか?
ニック・アジズ
大臣
タイ南部のマレー人もクランタン州のマレー人も、もともとおなじ民族でした。国境はあとになって引かれたものです。確かに過激なテロ行為だと思われるかも知れません。しかし、テロだと切って捨てる前に、なぜ彼らがそういう行為をするようになったか、その原因を考える必要があります。まず、1960年代にハジ・スロンという宗教指導者がタイ政府に拉致され、そのまま行方不明になったきりです。最近では、地区の指導者たちが6人、強引に逮捕されたとき、住民がいっせいに反発しました。そうしたら政府はトラックで住民たちを轢き殺したのです。また、2004年の中頃にはパタニのクリスキア・モスクで礼拝中に、いきなり軍人が入ってきて銃を乱射し、人々を射殺する事件もありました。こうした事件が次々に起きています。わたしはイスラム過激派のテロ活動というより、自分たちの生命を守るために、やむを得ずににやっているとしか思えません。この地方では「カエルだって、いじめられれば反撃する」、「子供を連れた鶏を攻撃すれば、飛び掛ってくる」といいます。
 イスラム系住民たちは「自分たちは差別されている。おなじタイ人なのに」と感じています。
   
▲ もっと、クランタンに来てください ▼
『日馬プレス』
渡邉
17世紀はじめ、お話に出たタイ南部のパタニにはシャム王国の将軍だった山田長政という領主がいました。太平洋戦争前にはコタバルの奥地に旧日本鋼管の鉄鉱山があり、多くの日本人がこの町に住んでいました。『マレーのハリマオ』もいました。コタバルは太平洋戦争開戦の地です。日本軍の統治時代には、日本兵と親しくしていたマレー人や中国人がいました。一方で、二人の憲兵が中国人たちに残虐な行為をしました。不幸な時代でした。現在は、世界の最先端を行くハイテク企業の『ローム・ワコー』とセラミックで人形などを作っている『マルリー』と日本企業が二社あります。わたしは、クランタン州、コタバルをもっと多くの日本人に知ってもらいたい。もっと多くの日本人や日本企業に来てもらいたいと考えています。わたしたち日本人に何かメッセージを。
ニック・アジズ
大臣
クランタン州はマレーシアでもっともマレーの文化や伝統芸能が残されています。そして、サンゴ礁の美しい海があります。ここは気さくで、陽気な人々がいる平和で穏やかな地方です。ぜひ、一度お出でください。「もう一度来てみたい」、そんな魅力のある州です。
 また、コタバルでは、日本企業だけでなく、ほかの外国企業でも、5年、10年、あるいはそれ以上働いている人たちが大勢います。企業の皆さんにも、ぜひ、投資を検討していただきたいと願っています。
   
インタビュー前は難しい人という先入観がありましたが、ニック・アジス首席大臣は積極的に自分から話してくださいました。州の人々がイスラムの教えに従って、平和で充実した生活が送れるようにとの願い、というより情熱が誤解を生んでいることを感じました。誠実で清廉潔白な人柄は、日本の政治家にはないものです。
 
ニック・アジス首席大臣とお会いし、
インタビューできたことを感謝します。
 
     
 
 
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