翻訳者特別寄稿
「日本占領下のマラヤ 1941-1945」
について
 戦後60年、マレーシアは今やASEANの雄として繁栄し、KLの街では大型ショッピングモールに集まる豊かな人々が溢れ、戦争の影ははるか彼方に消え去ったようにみえる。マレーシアの日本人は、明るい太陽のもと、おおらかな南国の人々との交流を楽しみ、ゴルフに興じている。実際、戦争の話が出るとマレーシアの人たちは「もう終わったこと」という。そのため、多くの日本人は「そうだよね。もう済んだことだよね」と思ってしまう。私は1997年から3年半マレーシアに駐在していたが、当時の私もその一人だった。
 だが、果たしてそのとおりなのだろうか? 私はマレーシアでの任期終了後、マレーシア元留日学生協会(JAGAM)を手伝うようになったが、華人の多いJAGAMの人たちとの交流から、それは少し違っていることに気づいた。

 マレーシアではマレー人の比率拡大を図る政府の政策もあって、現在華人の比率は3割を割り込んでいるが、第2次世界大戦当時は半数を華人が占めていた。日本のマラヤ(現在のマレーシアとシンガポール)侵攻前、彼らは祖国中国を侵略した日本に激しく抵抗して、祖国に支援物資を送りマラヤにおいて日貨排斥を行っていた。マラヤ占領後、日本は統治上の必要性から華人の抗日勢力の根を絶とうとし、シンガポールをはじめマレー半島各地で粛清を行った。
 華人は今なお終戦記念日近くになると毎年各地で追悼集会を行っており、特に今年は60周年を迎えるというので、大々的に計画しているという。ある日本在住の中国人によれば、それは中国本土でも同じで、政府の主導ではないので表立っては見えないが、各地で被害に遭った住民の子孫がそうした集会を続けているのだそうだ。

 第2次世界大戦については、日本人や被害を受けた華人による文献が多数出版されているが、その多くは日本軍の軍事活動や残虐行為を扱っており「日本の戦争を美化するもの」「日本軍の行為を告発するもの」のいずれかに傾いたものが多い。それらに対し、1998年に出版され、私が和訳してこのほど行人社から出版したポール・H・クラトスカによる『日本占領下のマラヤ』は、占領国、被占領国のどちらでもない国民によって中立の立場から書かれた数少ない歴史書の一つである。また同書は、戦争そのものではなく日本軍政の施策と軍政下で普通に暮らしていたマラヤの人々の生活を描いており、これはこれまでの歴史書にない視点といわれる。

 著者クラトスカはボヘミアンを祖先とする米国籍の歴史家で、東南アジアに深い愛着を持ち、ペナン出身の中国系マレーシア人と結婚して既に30年近くをこの地で過ごしている。現在シンガポール国立大学の準教授で、専門は「東南アジアの稲作」である。

 本書の内容は、日本の軍政統治・民族政策、教育・宣伝工作、経済・金融政策、産業、配給・食糧生産まで多岐にわたる。
 マラヤは戦前、ゴムと錫の輸出で栄えていた。日本の占領が始まると、ゴムと錫の輸出先へのアクセスが失われて両産業が衰退し、これらの生産や輸出入業務、周辺産業に従事していた多くの人々が失業に追い込まれた。一方、石油(当時マラヤでは発見されていなかった)、米、砂糖、綿製品など基本的な生活必需品の多くは国内では供給できず輸入に依存していたのだが、占領後輸入も遮断され、人々はそれらの必需品に次第に困窮するようになった。このような事態の打開を図ろうと、日本軍政はゴム油の開発、食糧増産運動や入植事業を行うなど懸命の努力を傾けたが、経済は悪化の一途をたどり、結果的にはマラヤの人々を苦しめてしまった。
 日本の都合でマレー人を優遇したことは、戦後の民族間の対立の芽を育んだ。インド人は、日本のインド独立運動への支援について、自分達の大義にはむしろ有害だと思っていた。華人も苦しめられたが、インド人も強制労働や栄養失調に苦しみ、民族別の死亡率はインド人が最も高かった。
 一方、日本の占領に対する前向きの評価もある。白人支配のもとで抑圧されていた現地人が責任のある仕事を任され、満足感を味わった。日本人から規律や勤勉さを学んだ。嫌なことばかりではなかった占領の記憶を伝えようとする文献ではpanit-manis(苦さと甘さ)、suka-duka(喜びと悲しみ)などの言葉が使われている。そして、なによりも占領は、アジア人が白人に支配される理由などないという意識を目覚めさせた。

 以上のほかに、日本が英米諸国との開戦にいたる事情、戦前のマラヤの状況、戦後処理などについて解説し、最後に日本の占領に関する各歴史家の解釈や政治家の見解、教科書での扱いなどを列挙しているが、著者自身の考え方を示すことは最小限にとどめており、どう解釈するかは読者の判断に任せている。
 本書は、マレーシアに住む日本人にとって、日馬関係の歴史や両国の経済的繋がりを知るうえで参考になると思われるが、それだけではない。本書の記述はすべて、著者クラトスカがマレーシアをはじめ英米諸国から丹念に探し出した当時の公文書類、近年公開された英米の諜報資料、当時の新聞などの信頼性の高い情報源に裏付けられている。戦争について日本側の事情、マレーシアの人々の思いの一端を知る一方、日本軍の残虐行為についていわれなく大きな数字が示された場合には、本書に基づき根拠を持って反論することができるのだ。
 
訳者紹介:今井敬子
 1967年早大卒。フィリピン通信社勤務を経て、1968年日本科学技術情報センター(JICST)入所。主として国際室に勤務し、欧米およびアジア諸国の科学技術情報機関との協力推進を担当(同センターは1996年、科学技術推進事業団(JST)に改組)。1997年1月〜2000年6月、JSTマレーシア事務所長として現地赴任。帰国後、国際室調査役。2000年12月退職。2001年から2004年、マレーシア元留日学生協会(JAGAM)コーディネーター。
 
「日本占領下のマラヤ 1941-1945」
著:ポール H. クラトスカ
訳:今井敬子
発行:行人社
ISBN:4-905978-68-8
(Isetan KLCC店2Fの紀伊國屋書店にてRM159.00で購入可能、問い合わせは03-2382 0230)
 
     
 
 
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