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ジェームス・ブラウン KLライブ
極私的コンサートレビュー |
| 文・写真:編集長甘木 |
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マレーシアに来てから間もなく、こちらの人が「ジョホールバル」を「JB」と略すのを聞いて、いつもおかしくって仕方がなかったのを思い出す。清川虹子にも似た、あの「ソウルの帝王」ジェームス・ブラウンの顔が浮かんでしまったからだ。まあ、そんなことはどうでもいいんだが。
基本的にこちらの人は、あまりソウルミュージックに関心がないようだ。だから、タワーレコードとかに出かけてみても、品揃えはいまいち。JB来馬の記者発表に出かけたときも、かかっていた音楽はアポロでのライブ(まあ要するに定番中の定番)で、他にももっといいアルバムがあるだろうにと思いつつ、まあ主催者もよく分かってないのであろうと自分をナットクさせてみた。
とりあえず、JBのライブといったらマントショー(*1)が付き物なんだが、さて司会のおっちゃんが生きているかどうか定かでなかったので早速記者発表で質問してみた。「ダニー・レイ氏も一緒に来るんですか?」 ところがあなた、ここからがいけません。「ダニー・レイって誰?」と逆に質問されてしまったので、僕は落っこちてしまいそうになった。「JBを呼ぼうってのに、ダニー・レイも知らないってどういうことよ?」と、思わずアメリカ人みたいに両手を広げ肩を上げてオーバーなリアクションでもとってしまおうかと思ったが、大人げないのでやめておいた。
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| 今回は控えめだったマントショー |
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さて19日の当日。時間通りに会場のヒルトンに乗り込み、早速グランド・ボールルームへ。正面にはどど〜んとステージが広がり、ドラムセットも2台おいてある。
ふと気がつくと、会場には押さえ気味の音量でソウルミュージックが流れている。それはいいんだが、曲はなぜかカーティス・メイフィールドの「FREDDIE'S
DEAD」(*2)。御大が麻薬で服役していたことをほのめかしているのか? などとも思ったが、次に流れたのがボビー・ウーマックだったので、要するにペタリン・ストリートあたりで売ってる「ソウル・ミュージック・ザ・ベスト」みたいなCDを買ってきて流しているのだろう、という結論に達した。パーラメントも一瞬流れたから、「おおっ、盛り上がってきた」とも思ったのだが、一時的なものだったようだ。
で、いよいよ始まり始まり。バンドがインストを演奏した後、いよいよ司会のダニー・レイが登場。例の「じぇえぇぇぇぇいむす・ぶらう〜ん!!!」と特徴のある声を張り上げると、会場のボルテージは一気に高まった。最前列でカメラを構えていたが、流石に緊張した。
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| じえぇぇぇいむす・ぶらう〜ん!!! |
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御大は既に72歳、昨年末に前立腺ガンの手術をしたと聞いていたので、「おいおい大丈夫か」と思っていたのだが、まあ正直ステージを見てびっくりした。さすがに声量の衰えは隠せなかったし、見た目もだいぶ痩せたようだったが、ショーマンシップは健在だった。コーラス4人、ドラム2人、ギター4人、パーカッション、ベース、ホーン3人などなど、大所帯のバンドをコントロールするさまは流石に貫禄を感じさせた。ミスをしたら罰金、という有名な規則もまだ健在なのだろう。
曲は「LIVING IN AMERICA」、「TRY ME」などヒット曲ばかり。「IT'S A MAN'S MAN'S MAN'S
WORLD」では、間にハリケーンや津波の犠牲者に対し黙祷を捧げた。また「人々はかつてのように愛し合っていない」として、観客に隣同士で「I
Love You」と言おうと呼びかけた。「I FEEL GOOD」から「PLEASE PLEASE PLEASE」、そして「SEX
MACHINE」と会場の雰囲気はどんどん盛り上がっていった。会場は椅子席がほとんどだったのだが、終盤には立ち上がっているおじさん、椅子の上にのぼって踊り狂っている若い女性などが見られ、なかなかの眺めでもあった。 全ての曲が終了したあと、会場の拍手はなりやまず、「アンコール」と絶叫する人がここかしこで見られたが、残念ながらすぐに照明が明るくなってしまった。こんなところも含め、ベストなコンサートであったとは言い難いものの、やはり帝王の帝王たる所以をかいま見た、そんな気にさせるコンサートであった。JBが「Living
in Malaysia!」と歌ったり「Malaysia Boleh!」などとシャウトしなかったのも良かった。 |
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(注)
1: ステージ上で繰り広げられるショーの一部。ダニー・レイが何度もJBにマントをかぶせたり、JBがそれを脱いだりする。
2: 麻薬の売人を主人公にした映画「スーパーフライ」(ゴードン・パークスJr.監督)の挿入曲。 |
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