マレーシア国立交響楽団指揮者、
かとれあコーラス指導者として活躍中の
太田 貴久(57才)さん
 
 初めてマレーシアに来た時は音楽と関係なく、商社の駐在員として1982-1989年クアラルンプール、その後1989-1991年インドネシア・ジャカルタ、1991年体調を崩し退社。不動産開発事業に着手するが、失敗に終わる。クアラルンプール市民オーケストラを指導する傍ら、マレーシア国立交響楽団設立に携わる。1993-2000年マレーシア国立交響楽団(NSO=National Symphonic Orchestra)常任指揮者
2002-2005年 JICA派遣 国立芸術院 指導
2002年-現在 日本人会 かとれあコーラス 指導
2006年-現在 JICA派遣 マレーシア国立交響楽団 指揮者
 
 マレーシア国立交響楽団設立当初は、レベルの低さに驚いたそうです。第一マレーシアでは西洋音楽が市民に根づいていませんでした。100パーセント国の資金で出資されている交響楽団ですが、30パーセントは外国人の団員です。今現在も音楽大学がマレーシア国内に1校もなく、本格的な音楽の授業を勉強する場がありません。そのため、本格的に音楽を勉強したいマレーシア人はシンガポールへ行ったり、ヨーロッパへ行って勉強するそうです。それにも関わらず、太田さんの指導のため、設立十数年でここまでレベルを上げたオーケストラは東南アジアには他にないと言います。2004年10月の東京、大阪公演では大成功を収めました。いつもは口うるさい音楽評論家の先生達も賞賛してくれました。その他、クアラルンプールでの公演時などでは、日本から有力な演奏家を募っていて、レベルの向上に努めています。(意外にも、ひじょうに人気があるそうです。)

 太田さんは、約9年間、ビジネスマンとして活躍しながら、マレーシア国立交響楽団の指導にあたってきました。JICAのシニア・ボランティアとして指導についてからは、国立交響楽団はマレーシア日本人商工会議所(JACTIM)基金の支援を得て、より高いレベルを目指すことが出来るようになりました。その4年間と合わせると13年になります。13年間、指導してこられたのは、太田さんの熱意に加え、生活を支えたビジネス、JICAがあったからでしょう。もちろん、多くの人々の応援やJACTIMの支援に励まされてきたことは言うまでもありません。クラシック音楽だけでは生活していくことは困難だったと思います。(白髪がふえたのと太れないのは苦労したせいだと、太田さんと親しい人が言っていました。)

 現在マレーシア国立交響楽団の経営の方法は、ペトロナスが運営しているマレーシア・フィルハーモニック・オーケストラ(MPO)に比べるとよくないようです。マレーシア国立交響楽団は100パーセントマレーシア政府出資の交響楽団ですから、マレーシア政府がクラシック音楽に理解を示さない限り、この問題は解決されません。どの国でもクラシック音楽は1つの芸術的な仕事の分野として認知されています。しかし、ここ十数年でマレーシア全体の音楽に対する考え方が変わってきなした。政府の理解もよくなっています。そして将来的にはより理解が深まるだろうと太田さんは期待をしています。
 かとれあコーラスはクアラルンプール日本人会の中で活動されている婦人合唱サークルです。クアラルンプールという土地柄、駐在員の奥様の参加が多く、入れ替わりが激しいのが現状です。3年間で合唱の基礎を指導した結果、飛躍的にレベルが向上し、どこにだしても恥ずかしくないコーラス・グループになったそうです。
 
 
     
 
 
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