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| サラワクの母 |
1990年、酒井和江さんは離婚した。
離婚してすぐに生後間もないマレー人の女の子を養女に迎えた。このめぐみちゃんは酒井さんの遺伝子を受け継がないという幸運に恵まれた。すくすくと、スリムで可愛い女の子に成長している。めぐみちゃんとは完璧な日本語で、いや阿波弁で対話している。養女を迎えたのは再婚しないという暗黙の意思表示だという説もある。どうなのだろう?酒井さんは「好きな男性と一緒に暮らしたい」と言うだけの思いで何の情報もないサラワクにやってくるという無謀なことをやってのけた前科がある。それで失敗。一度くらいの失敗で人間たるもの懲りるのだろうか?
ひたむきに生きている人間は輝いて見える。いくつになっても魅力的に見える。『サラワクの母』は年長のわたしから見れば、とてもチャーミングな女性だ。ただし、女性に可憐さや淑やかさを求める男性には近寄りがたいかもしれない。
酒井さんの日本的な接客態度マナーは地元の人々にも好評で、州の経済開発局のみならず、州政府の要人にも高い評価を得た。酒井さんはウエイトレスのリーダーのキャプテンから、スーパバイザーに、そしてジェネラル・マネージャーになり、経営を任されるようになった。ある日のことマハティール前首相(現役時代)が「ききょう亭」を訪れた。緊張しながら酒井さんは「マイ・ネーム・イズ・マダム・サカイ」と自己紹介した。マハティール首相がニヤリと笑った。「サカイさん?フフフフ」。「何で笑っているの?」と周りの人に訊くと「“サカイ”はマレー語で“とんでもない田舎もの”という意味だよ」と教えてくれた。日本語とマレー語の語呂合わせのおもしろさでマハティール首相もたのしそうだったという。
ある日、州政府の偉い人が「ききょう亭」にやってきて、突然、「永住権はもっているんですか?」と訊いてきた。まだそんな段階ではないと思いつつ「まだです」というと、白い紙にさらさらと何事かを書いてくれた。「これをもってイミグレーションに行きなさい」と言われて、イミグレーションに行って手紙を見せると、応対してくれた役人が「これはすごいパワーのある手紙です」と言って驚いた。あっという間に永住権が発給されたという。
酒井さんは幅広い人脈をもつようになった。おまけに「大自然と文化と冒険心」をモットーとする旅行会社「インサー・ツアーズ&トラベル」を設立し、ボルネオの大自然に惹かれてやってくる人々の面倒を見ている。クチンには猫博物館という珍妙な博物館があるが、酒井さんと会うほうが絶対におもしろいし役に立つ。スタッフも相当におかしい。社長よりも幅をきかしている鍋嶋誠一郎さんは州の主席大臣と姻戚関係になろうと必死の努力をしている。超高学歴の社員もいる。とにかく、微にいり細にいりサラワクのことはよく知っていると感心する。(詳しくはwww.insar.comを見てください。)
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| 怪人鍋島誠一郎 |
だから、クチンを訪れる日本人の多くが『FIMAらん亭』から名前を変えた「ききょう亭」の酒井さんを訪ねた。「ききょう亭」は閉鎖してしまったというけれど、やはりクチンに行くと訪ねるのは『サラワクの母』。「ききょう亭」がなぜ閉鎖されたか?は知らない。忙しすぎて、食事を取る間がなくて痩せてしまったと言うわけでもない。忙しくても、忙しくなくても、食べる。酒井さんがケーキを食べようとすると、ヒルトン・クチンのウエイトレスが「ダイエット中なのに、いいの?」と笑いながら訊ねる。偉い人にもふつうの人にも親しまれている。
ラジオのNHK国際放送にもときどき登場し、サワラクの生の情報を発信している。サラワクを取材に来る日本のテレビ局も、戦争中に亡くなった日本兵の遺族による遺骨収集団も、修学旅行の日本人学校の生徒や先生も、植林のボランティアにやってくる人たちも、わたしのように柔道の試合を見に来た人も誰もが酒井さんか奇人・鍋島さんに会うことになる。
サラワクは広い。どこに行くにも時間がかかる。それでも、どこに行っても大自然の魅力、大自然とともに生きた人々の生活文化の魅力がいっぱいある。『サラワクの母』もサラワクが生み、育んだ大自然の恵みなのだろう。
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(前列左)一卵性母娘の娘「美里」、(前列右)ふつうの子「めぐみ」 |
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