第10回
「パソコンと英語の辞書」 
鈴村 瞬
 インターネット・サービス・プロバイダーをえらぶときの個人的な目安は、一つに「安さ」、二つに「速さ」、三つに「安定」である。ということで前号では「安さ」についてJARING Wirelessとstreamyxを比較してみた。今回は残り二つについて検討してみたい、と言いたいところなのだが、そうはいかないのであった。というのも、その後JARINGは速くなったり遅くなったりで、いまひとつはっきりしない。よって、もう少し様子を見てから改めて比べてみようと思う。
 ところで、このところ小型電子辞書デバイスがすごいことになっている。猛烈に進化しているのだ。この過激な進化は、携帯電話と双璧ではないかと思うほどだ。細かな使い勝手、液晶画面の熟成、堅牢性の向上などに加え、何よりも収録している辞書が増えた。広辞苑やジーニアスは基本として、辞書が10個内蔵は当然である。高性能機種になると80個にもおよぶ。まあ、多くの機種は20個前後のようであるが、それでも多すぎるくらいだ。加えて、複数辞書を同時に検索する「串刺検索」機能、英語やその他の外国語を発音する機能、辞書を追加する機能、などなど垂涎の機能をビシバシとりこみ、眩暈がしそうな進化をとげている。しかも意外と安い。最上位機種でさえ4万円でおつりがくる。重さもだいたい250グラムくらい。重くても300グラムくらいで、コンパクトな機種だと100グラムちょっとである。紙の辞書で20冊だと、絶望的な重さを想像してしまうが、電子辞書は情報量がいくらふえても質量にはそれほど影響がない。80個の辞書を内蔵した250グラムの電子辞書、10年前は小生、予想だにしなかった。
 とはいえ、小生、電子辞書は持っていない。一度も買ったことがない。それは、懐具合もさることながら、かれこれ10年くらい前から辞書はパソコンでひいているのである。今は、書くのはほとんどパソコン。読むのもパソコンが多くなってきた。だから辞書もパソコンでひけると便利なのだ。そのため紙の辞書はほとんどひかない。余談だが、直筆の手紙を書くときですら、小生、まずはパソコンで下書きする。それからペンで清書。ワープロが出た当時、ある意味ワープロやパソコンは清書マシーンだったわけだが、今は、小生のように下書マシーンとしてパソコンを使っている人は、実は多いのではないか。読み書きがパソコンという流れがある以上、辞書も同じ環境で使いたいという人は少なからずいるはず。ということで、今回はパソコンでの電子辞書の利用について考えてみたい。
 パソコン用の電子辞書を買うと、その辞書を検索するプログラムがついてくる。辞書を複数買うと、検索プログラムを複数インストールすることになる。しかし、これは不便である。プログラムによって検索の仕方が微妙に異なるし、ひとつの言葉を複数の辞書で検索する「串刺検索」ができない。そこでおすすめなのが、Jammingというシェアウェアだ。このプログラムは、市販されているパソコン用の辞書であれば、たいてい読める。そして、うれしいことに、有名な英英辞典にも対応している。そして何よりも串刺検索ができるのである。またテキストの閲覧だけでなく、辞書に応じて画像や音声にも対応している。元々はMacintosh用のプログラムだが、2000年からはWindowsにも対応、今なお頻繁に更新されている。Windowsの辞書検索ソフトではDDwin32というソフトのほうが有名だったが、こっちは2002年からプログラムのアップデートがストップ。Jammingは現在WindowsとMacintoshにおける最強の辞書検索プログラムといえる。詳細についてはJammingのウェブサイト(http://dicwizard.jp/jamming.html)を参考にしてほしい。
 マレーシアに住んでいれば、英語を話す機会は必ずあり、英語の辞書は生活必需品の一つではないかと思う。さすがに読者諸賢も一冊くらいは英語の辞書を持っているはずだ。日本にも色々な英和、和英辞書があるわけだが、マレーシアに住んでいるのだから「Longman Dictionary of Contemporary English」(LDCE)を使ってみるというのはどうだろう。というのも、日本であれば入手するのに手間がかかるのだが、マレーシアであれば、大きめの本屋に行けばたいてい置いてあるからだ。ちなみに小生は2004年にRM80で購入した。この辞書は、もともと英語を母語としない人向けに編纂された英英辞典。だから、当然、意味も英語で説明してある。しかしながら、英語から日本語にきりかえる必要がないので、抽象的な英単語、特に日本語に置き換えるのが困難な英単語は、こっちの方がスッキリ理解できたりする。そしてこのLDCEを買うと、CD-ROMがついてくる。前述のJammingはこれにも対応しているのである。
 LDCEをJammingで利用するメリットは、一部の最重要単語だけでなく、少し専門的な単語も発音してくれる点にある。しかもアメリカ発音とイギリス発音の両方で発音してくれる。たとえば「conjugate」。これは昔、高校のとき、数学で習った共役複素数の「共役」にあたる語。インターナショナル・スクールに通っているのであれば、時々出くわすと思うのだが、これはふつうの電子辞書であればテキストデータだけで、音声データはまずない。ところがLDCEの電子辞書版はそれがちゃんとおさめられていて、Jammingをつかうと、ちゃんと読んでくれるのだ。しかもアメリカ英語とイギリス英語の両方で。最近は英単語を発音する電子辞書は少なくないが、アメリカ式の発音とイギリス式の発音、両方できるのは、小生知る限りLDCEのみである。
 言語は文字よりも、先に音を身につけるほうが自然に決まっている。日本人で、日本語を音声より先に文字で身につけた人は相当特殊な場合だろう。感覚的にも、単語を調べてその音の見当がつかなければなんだか気持ちが悪いはずだ。そして、その発音を記号で推測するよりは、どうせなら、実際の音声で体験として身につけたい。そういう利用には、LDCE+Jammingはぴったりである。英語を母語としない人むけの辞書は、ほかにもOxfordやCollinsからも出ているが、LDCEが一番評判がいい。個人的にはCollinsのCOBUILDのほうがエキセントリックで、それに一本筋が通っていて好きだったのだが、版を重ねるうちにだんだん普通の辞書になってしまった。LDCEは版を重ね、パソコンでの利用を前提にした辞書に変貌しつつあり、第5版が今から待ち遠しい。
 小生、所有していないのだが是非ともほしい電子辞書がある。1999年発売された「CD-NEW 斎藤和英大辞典 EPWING版」だ。Amazon価格で税込み16,505円。買うのには、ちょっと躊躇する値段である。
 斎藤秀三郎をご存じだろうか。仙台生れの明治、大正の英語学者だ。偉大な学者にして教育者、猛烈な勉強家で、あまりに度が過ぎて現代から見ると奇人に分類されるかもしれない。この辞書は斎藤秀三郎が一人で編集、校正したもの。1928年に、見出し語5万、例文12万、4,640頁の辞書を一人で、だ。そして、これは斎藤秀三郎の英語学、英語辞典における歴史的名著でもある。斎藤秀三郎については、変人としてのエピソードにこと欠かない。その最たるものは、勉強の時間を一秒たりとも無駄にしないために、自分の子供が斎藤に相談事をする際も、書生を通じて予定を組む必要があったことだろう。その斎藤が勉強をさしおいて結婚式に出てくれることを知ったとき、結婚式には当然出ないと思っていた娘は、あまりのことに涙を流したそうである。そのような猛勉強家の斎藤秀三郎には子供が7人いたのであるが、凡人の小生には何故、手間も暇かかる子供を7人もこしらえたのか、そっちが気になってしょうがない。
 話は少々それるが、小生10人の姉妹をもつというローカルの知人がいる。その知人と英語で話しているときに、「何番目のシスター?」とききたくなるときがある。しかし、この「何番目」という単語が、英語にはないのである。あえて言ったら、この場合「Which sister?」なのだろうが、やっぱり何かが違う。英語と日本語は一対一で対応しているわけではないので、そういう単語があって当然なのだが、斎藤秀三郎は、その昔この「何番目」についての質問を受けている。「ウィルソン大統領は何代目の大統領ですか?」は英語でどういうのか、それが受けた質問である。答えに窮し、調べておいて次に出す和英辞典にいれることを約束した。そして、新たにつくった辞書で「番目」という項目で、次のように「何番目」という疑問詞を解説したのである。
何番目How manieth?【注意】是は、“twentieth”“thirtieth”に倣える新造語にて、英語唯一の欠乏を補うもの、今だ辞典の認む処に非ざれば用いるも用いざるも随意なり。
 How maniethとは、英語を学びはじめた中学生が苦しまぎれにつくりだしそうな表現である。しかし、早速ローカルとの会話で「How manieth siser?」と使っても違和感なく通じそうなところが、斎藤秀三郎の偉大なところ。そして、この「How manieth?」が載っているのが、この斎藤和英大辞典なのである。斎藤先生の超絶英和大辞典の電子辞書版、だれか、小生にプレゼントしてくれないだろうか? と、ここまで書いたところで、この辞書、税込5,000円でダウンロード販売されていることを発見してしまった! ウーン、買っちゃいそう!
 
     
 
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