第11回
「ワンティーンとスプル・サトゥ」
鈴村 瞬
 数字をどう表すかは色々と思うことがある。たとえば、次の数字。

 100000000

 それでは、次はこれ。

 一億

 どちらが、分かりやすいだろうか。桁を数えずに済むぶん、「100000000」よりも「一億」のほうが知覚しやすいと思うが、いかがだろうか。
 「100000000」も「一億」も同じ数字を意味している。その違いは、「100000000」はアラビア数字で表しているのに対し、「一億」は漢数字を用いている点だ。ところで、新聞や雑誌、あるいはウェブサイトでもよいのだが、日本語の文章においてアラビア数字は漢数字を圧倒していると思うのは小生だけであろうか。「1」と「一」どちらも使える場合であれば、多くの人は、無意識のうちに「1」をつかっているように思う。
 そもそもアラビア数字はインドが発祥の地であるらしい。アラビア経由でヨーロッパに伝わったからアラビア数字と呼ばれる。アラビア語では、この「アラビア数字」のことを「インド数字」と呼ぶそうだ。元々の起源を考えたら、当然ではある。アラビア語は、英語とは反対で、文字を右から左に文字を書く。しかし数字だけは、右から左に書くそうだ。これは「アラビア数字」が「インド数字」に由来する名残りである。そして、書字方向を変えてまでも使わざるをえないほど、インドの数字には魅力があったわけだ。
 漢字でゼロは「〇」と書く。大字では「零」。大字とは漢数字の一、二、三などの代りに使う壱、弐、参のことである。ローマ数字にはゼロのための記号はない。漢数字にゼロはあるわけだが、漢数字の体系にはそもそもゼロの概念はなかった。後から付けくわえられたものだ。もともと、ゼロの発見はインドである。そして、インドで生まれの「アラビア数字」が画期的であったのは、このゼロが導入された点である。
 最初の数字を考えてほしい。「一億」の「億」という漢字は、位を表している。そして「一」は、億の位が1であるとこを示す。それに対して、アラビア数字では、位は「数字の位置」が表す。「100000000」であれば右から数えて九番目の数字の位置が、億という位を表している。インドで発見されたゼロは、数字の位置が位を表すことを可能にしたのである。そして、こういう位に値をあたえる表記法を、位取り記数法という。
 この位取り記数法の利点は色々ある。ひとつは少ない記号でたくさんの数字を表すことができるところだ。漢数字は新たな位に対して新たな漢字を対応させる必要があるから、漢数字を無限につくっていく必要があるが、アラビア数字では、たかだか10個の記号で十分である。アラビア数字は、十進法であれば10個の記号で、P進法であれば、P個の記号で数字を表すことができる。もうひとつ、漢数字は十進法に忠実な体系であるのに対し、アラビア数字の位取り記数法は十進法だけに依存しない。二進法でも八進法でも同じように表すことができる。位取り記数法は、より一般化された表記法なのだ。とはいえ、漢字の世界は十進法一本槍というわけではない。古代中国の易経は陰と陽による二進法の世界であるとライプニッツが指摘したのは有名な話だ。これをもってライプニッツは二進法の発見者と言われている。それはさておき、位取り記数法にはもうひとつ利点がある。たとえば、次の計算。
 123456789+7000001
 筆算すれば、簡単に計算できてしまう。それに対して、漢数字だとこうなる。
一億二千三百四十五万六千七百八十九+七百万一
 数が細かくなると漢数字では表記が煩雑である。また、ふたつの数の位の位置がそろっていないので、筆算しにくい。
 要するに位取り記数法は筆算に適しているのである。位取り記数法は、数字の位置が位を表すから、位をそろえることが簡単だ。計算機がなかった時代は、計算する手段は筆算のみ。であれば、計算にもっとも適した数字を使いたい。アラビア数字がヨーロッパを席巻したのはそのためだろう。そして、言語の壁をこえ、現在世界で最も使用されているのも、そのためと思う。そして、かくいう小生も、計算するときはアラビア数字、暗算でも頭のなかにアラビア数字が浮ぶ。決して漢数字ではない。そのような日本人は小生だけではあるまい。
 ただし漢数字にもよいところははある。日本語には、もともと、「ひとつ」、「ふたつ」、といった固有の数の表し方があった。それを、隅っこに追いやってしまったくらいだから、そもそも漢数字は実用的であるのだ。そのひとつが、漢数字の覚えやすさがある。十進法に忠実なぶん例外が少ない。中学生のときに英語を学び、11をなぜoneteenと呼ばないのか不思議に思った人は意外と多いはず。小生などは、マレー語の11をいまだにスプル・サトゥと言って、ティダ・ボレと言返される始末。10がスプルで、1がサトゥ、11はスブラス。小生がスプル・サトゥと言ってしまうのは、漢数字の感覚である。いやいや、それよりも自分の勉強不足、努力不足かな。
 また、冒頭の「100000000」。この数字をみて、瞬間的に「イチオク」と把握するのは困難だろう。しかし「一億」であれば、まさにそのもの。ただし「123456789」のような細かい数字の表現は漢数字は苦手である。要するに、漢数字は詳細な数字を表すのに適していないが、概数は極めて簡潔に表現できる。瞬間的にアバウトな数字を把握するときは、漢数字のほうがわかりやすい。その昔、商用のウェブサイトで、商品の値段を間違え、一桁少なく記述し、それをその破格値で売るべきか否か、話題になったことがあった。これは典型的なアラビア数字の弱点に由来する。漢数字であれば、ふつう「万円」を「千円」とミスすることはないだろう。漢数字でそう書いたとしたら、もはやミスというよりはサギである。また自分自身、インターネットで銀行振込をするときは、アラビア数字の表記ではいくら正しい金額を入力したとしても、実は桁を間違っていないかドキドキするものである。これが漢数字であれば、桁を間違っていないかドキドキすることはないはずだ。入力はアラビア数字でも、せめて確認用の画面ではアラビア数字と漢数字の二重表記にしてくれるとありがたいといつも思う。
 とはいえ、それでもなお日本語においてアラビア数字が漢数字より好んで使われている背景には、その短所に目をつぶるのがやぶさかではないほど、アラビア数字のほうが便利であるのだろう。そしてもうひとつ、アラビア数字と漢数字を使いわけることじたいが面倒であるという理由があるのかもしれない。表記が異なっても、つまるところ示すものは同じであるのだから、表記を一方に固定し、数字以外のことに集中したい。そのように考える人もいるのではないか。ただ、そういう消極的な単純化は言葉のもつ生々しさを失わせるときが多々ある。たとえ数字でもだ。「七五三」とするか「753」とするかは、些細なこととは思わない。少なくとも自分は、漢数字にも有益なところはあるわけだし、文脈に応じて使い分けることにしている。厳密な数字を記述するときはアラビア数字、それに対して概数を提示するときは、漢数字といった具合に。
 ところで、数字の表記については、小生いつも頭を悩ますことがある。「一億」を「1億」とアラビア数字と漢数字まぜこぜで表すことについてだ。さすがにローマ数字と漢数字のまぜこぜ「汢ュ」はみたことがないが。これは美的感覚の問題なのだろう。保守的かもしれないが漢字と一緒のときは漢数字のほうが、わたしには美しく見える。
 アラビア数字は、時の流れ、そして今風の言いかたをするならば勝ち組であろう。しかし、時流に反したり、遅れたり、廃れてゆくものの方にかえって愛着を感じる人もなかにはいる。わたしもそのひとりなのだと思う。だから、わたしは漢字と一緒のときは漢数字を使いたいのだろう。そして、同じ理由で、もっと廃れつつある「ひとつ」、「ふたつ」、といった和語に、わたしは愛着を感じるのだと思う。
 
     
 
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