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第14回
「ローカル・チャイニーズのPC環境」その一 |
| 鈴村 瞬 |
夏の甲子園がはじまった。今では、マレーシアに住んでいながら、試合を生中継でみることができる。昨年はstreamyxでインターネット中継を見ていた。決勝で駒大苫小牧が済美に勝ったものすごい試合も、インターネットで見た。今年はJaring
Wireless Internetに鞍替えしたのだが、Jaringのおかげか、それともストリーミングサーバのせいか、いずれにせよ、昨年以上にストレスなくサクサク見ることができる。
小さいころから高校野球が好きだった。プロ野球も好きだった。小学生のころはテレビを見ると頭が悪くなるという理由で夜八時以降のテレビを禁止されていたので、高校野球も、プロ野球も、最初は新聞からその楽しさを覚えた。おかげで学校でのテレビドラマの話題にまったくついてゆけず悔しい思いもした。その分、新聞が毎日の楽しみだった。新聞はまっさきにスポーツ欄を開いて、ハラハラしながら試合の結ハに目をハした。そして、各試合の詳細を読みながら、その試合の妄想にふけった。気になる選手の結ハや、自分のひいきの選手が活躍したかどうかを確認しながら、個人成績をくり返し読んだものである。当時は数字を見ているだけで、勝手にその試合を想像し、興奮していた。
中学生になってからは、テレビが解禁され、しかもラジカセも買ってもらったので、新聞だけでなく、選手年鑑片手にラジオ中継を聞いた。ナイターは主にラジオで聞いた。その方が、イマジネーション豊かに試合を堪能することができた。テレビドラマを見ていないばっかりに子供社会でさみしい思いもしたが、おかげでプロ野球のたいていの選手は、身長、体重、出身校などの選手データをそらんじることができるようになった。大学に入ると、学友と時にはナイター中継を見たりするわけだが、テレビに出てくる選手について、プロに入るまでどういう経緯をたどったか、そして、甲子園に出ているのであれば、そこでどんな試合をしたのか、よどみなく言うことができた。これだけは大いに尊敬された。当時は脳味噌もフレッシュでスポンジに水がしみこむがごとく覚えられた。使うならもっと有意義なことに使うべきであった。
閑話休題。昔は、野球が好きだったわけだが、マレーシアに来るまでは、ほとんど見ることはなかった。在りし日の野球データ小僧だったわたしもすっかりただの人となっていた。それが、マレーシアに来てから、野球への関心が復活しつつある。日本にいたとき仕事が忙し過ぎたこともあるが、マレーシアは日本語が環境が充実しているのも理由の一つだろう。これは、まさしく、インターネットのハ信速度と比例している。アナログモデムでハ信するようになり、日本語のテキストに不自由しなくなった。そして、ブロードバンドになってからは、日本語の映像と音声まで簡単に手にはいるようになった。十年前KLには、丸善があった。そして紀伊国屋書店が複数店舗をだしていた。すなわち日系の書店は今よりも多かったわけだが、それが現在のように少数精鋭になった背景には、インターネットの普及で、必要以上に費用をかけて日本語の本を買う必要がなくなってしまったということがあるのかもしれない。
マレーシアに住んでいながら、英語を使うのは買い物などのわずかなケースだけで、それ以外は日本語だけで生活しているという人は、案外多いのではないか。たとえば、わたしの経験でいえば、在馬の長さと外国語の力は、まったく比例しない。長さよりも、どういう環境で生活しているかに尽きる。十年以上マレーシアに住んでいながら開口一番「ぼくは英語が苦手ですから」といきなりエクスキューズする人は意外と多い。日本人社会の中でのみ生活し、日本語新聞とインターネットで、日本語に浸かっていれば、いかに十年住もうが、そうなってしまう。
と、ここで、本題に入りたいのだが、ローカル・マレーシアンのPC環境については、案外知らなかったりするのではないか。かくいう小生、チャイニーズの友人に、OSの再インストールを頼まれたのだが、そもそも、何を入れたらいいのかよく分からなかった。インプット・メソッド一つとってみても、中国語のそれはいくつか知ってはいたが、自分なりのパースペクティブは全くなし。日本語だったら、WindowsとMacであればATOK、unixならばsskと、自分なりにイメージできるのだけれども。次回は、再インストールで知った、ローカル・チャイニーズのPC環境を紹介したい。 |
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