第16回
「ローカル・チャイニーズのPC環境 その三」
鈴村 瞬
 小生は元々ローマ字入力で日本語をタイプしていた。今は親指シフト入力である。なぜ、ローマ字入力から親指シフトにわざわざ変えたのかというと、日本語をアルファベッドで入力することに違和感を覚えたからだ。直接ひらがなを入力するというのであれば、JISかな入力という選択肢もあった。しかしキー配列が自分にはあまりにもいびつで覚える気がしなかった。親指シフト入力は、もともと富士通のオアシスというワープロで採用された方式である。左右の親指近くにシフトキーを二つ持ってきて、そのシフトキーを巧みに操って入力する。リズムよく打鍵出来るのが特徴である。しかし、主要なOSは標準で親指シフトをサポートしていない。したがって親指シフト入力環境の構築は極めて敷居が高い。現状では、一部に熱狂的な支持者のいる、極めてマイナーな日本語入力方法といえる。親指シフト入力支持者は「思考をそのまま文章にできる」とよく口にするのだが、確かにそのような気もする。少なくともローマ字入力よりは運指は楽である。個人的には気持ちよくパタパタ打鍵できるので、文章が饒舌になるような気がする。いずれにせよ、親指シフト入力はこのまま廃れてしまうにはもったいない入力方法だと思う。かりに小生が内閣総理大臣になったとしたら、親指シフト入力普及法を国会にかける。それが否決されるようならば、もちろん解散総選挙である。

 日本語入力には他にも色々とあるのだが、それらはおおむね「かな漢字変換方式」と呼ばれるものだ。この入力方式では、文字通り、まずはひらがなを入力し、それを漢字に変換していく。ローマ字入力も、かな入力も、親指シフト入力も、ひらがなの入力方法が異なるだけで、かな漢字変換方式である。ところでこのかな漢字変換方式は、変換確定作業があるので、ディスプレイを見ることなしに入力することは不可能である。一方、ひらがなから漢字に変換するのではなく、直接漢字を入力する方法がある。直接漢字入力と呼ばれる入力方式だ。T-Codeという入力方式が有名である。このような変換作業の必要がない入力方式を「無連想入力」と言うのだが、これだと、ディスプレイを見ることなく漢字を入力することが可能である。習熟するのは大変らしいが、入力するテキストだけを見てタイプすることができるので、手書き文書の入力などでは威力を発揮するらしい。

 日本語の入力方式には「発音」にもとづいたかな漢字変換方式と「字形」にもとづいた直接漢字入力方式の二つがあり、日本では「発音」によるものが圧倒しているのだが、それでは中国語の入力方法はどうなっているのか。「発音」によるものと「字形」によるものの二つの方法があるのは日本と同様である。しかし日本と違い「字形」による入力方式も中国大陸ではかなり普及しているようだ。ただしマレーシアのチャイニーズの場合は、後述する「発音」による入力方式、ピンイン入力が一般的である。

 話はそれるが、中国語の場合、中国大陸で用いられる「簡体字」と、台湾で使われる「繁体字」の二種類の文字がある。「簡体字」はその名のごとく、簡略化された漢字である。日本でも戦後、当用漢字として何ともけったいな新字体が定められたが、漢字の本場では、もっと激しく漢字を簡略化している。それなりに体系的に簡略化しているようだが、長年連れ添った妻とある日を境に一言も口をきかないほどに、過去と絶縁しているように思う。陽気な李白も、自分の五言絶句が簡体字にされてしまっているのを見た日には、杜甫のように重苦しくなってしまうかもしれない。漢字の本場では、戦後、漢字が親の敵であったようだ。それに対して「繁体字」は、簡略化する前の漢字。したがって、画数は多いが、通史的な一般性と、国際的な通用性は、我らが日本の新字体よりはるかに優れていると思う。ちなみに、マレーシアのチャイニーズは、古い世代は繁体字で、若い世代は簡体字で教育を受けている。その境目はおおむね三十代前半。パソコンで文字入力をするのは、どうしても若い世代であるから、マレーシアでは簡体字による中国語入力がメインになっているようだ。

 それはさておき、まずは大陸中国での中国語入力方法について。「発音」入力で一般的なのは、ピンインによる入力方式である。そもそもピンインとは中国語のローマ字表記。ピンイン入力は中国語ローマ字入力と言って差支えないだろう。日本語のローマ字入力同様、アルファベットで「発音」を入力し、それを漢字に変換していく。変換作業があるため入力速度には限界がある。

 「字形」によるものでは、「五筆字型輸入法」と呼ばれる入力方式が一般的だ。「五筆字型輸入法」はすべての漢字を最初の筆画によって五種類に分類し入力する方法である。打鍵数がピンイン方式に比べ少なく、慣れると分速百字くらいは軽く打てるらしい。無連想入力ではないのだが、ピンイン方式と異なり、ディスプレイを見なくてもスイスイ入力できるそうである。この入力方式は漢字を書けることが前提なので、漢字の仕組みを理解していないことには入力できない。マレーシアでピンイン入力が好まれる背景には、漢字の苦手なローカルチャイニーズが少なからずいることと無関係ではないと思う。

 台湾では「注音法」とよばれる「発音」入力が親しまれている。「注音(ちゅういん)」とはピンインとは異なる発音記号で、漢字の一部をとってつくられたもの。字母の先頭4文字をとって「ポポモフォ」とも呼ばれている。習得が容易で、台湾ではパソコンだけでなく携帯電話での文字入力にも利用されている。また台湾には「倉頡法」という「字形」入力方式もある。部首を24種の字根に分類したものをキーボードに割り当て、部首の組合せで文字を入力する。配列を記憶すれば打鍵速度が速く正確なため、プロに好まれる入力方式である。また香港やマカオなどの広東語圏では、公的な広東語の発音表記がないにもかかわらず、発音にもとづいた入力方法があるそうだ。さすがカントニーズ、そう簡単には北京に迎合しないところが実に痛快。ちなみに「劉錫祥式」と呼ばれる方式が有名らしい。
 以上のように、色々と入力方法を勉強して、ローカルチャイニーズの中国語入力環境構築に備えた。予習は完璧。こちらとしてはマニアックな要求も大いにウェルカムである。知人のチャイニーズは、日頃「サハラ物語」の三毛をよく読んでいる。「倉頡法」あたりをオファーしてくるのかなと大いに期待していた。そして、そのようなオファーに「ホワット?」と答え、困った顔をしながら、すんなりセットアップして「アイヤー」と言われることを想像し、一人妄想にふけっていたのだが、結局オファーは、入力はピンイン、文字は味も素っ気もない簡体字と、全然「萌えない」内容であった。

 さてさて、そのような入力方式をどのようなプログラムで実現するのかというと、まずは「中国之星 (Chinese Star)」である。これが現在世界一有名な中国語入力プログラムであるようだ。また「南極星全球通 (NJStar Communicator)」も有名。言えることは中国語入力プログラムは「星」の字がつく。中国之星は、中国の星だけに、大陸中国のプログラム。マレーシアでも一番人気がある中国語入力プログラムだ。中国語入力に関するものは全てつめこんだといった感じで、かなりゴチャゴチャしている。しかもWindowsのインプットメソッドという概念は完全に無視、と私には思える。インプットメソッドというよりはアプリケーションソフトであり、したがって中国之星を起動して初めて中国語入力が可能となる。「日本之星」ATOKのほうが、プログラムとして断然洗練されていると思う。
「中国之星 (Chinese Star)」
 
 南極星は、南極の星だからといって南極でつくられているわけではない。南極のお隣オーストラリアの製品である。この「南極星全球通 (NJStar Communicator)」を用いると、中国語だけでなく、日本語やハングルの入力も可能だ。Windows2000が出る前、マレーシアのインターネットカフェでは、中国語、日本語、ハングルの入力のために南極星を採用しているところが圧倒的に多かった。ただし当時の南極星での日本語入力は、一度ATOKを知ってしまうと耐えられるものではなかった。それが、いつの間にか中国之星と立場が逆転。話はそれるがこの南極星「日語文書處理系統」という日本語ワープロも販売している、なかなか日本びいきな会社である。しかし日本びいきは良いのだが、この南極星もWindowsのインプットメソッドの流儀はやっぱり無視しているように思える。ATOKなどのマイクロソフトの決めた約束事をきちんと守ってつくった入力プログラムにいったん慣れてしまうと、どうしても使いにくい。こういうのは中国と日本の文化の違いなのであろうか。それともチャイニーズもやっぱりマイクロソフトが嫌いなのだろうか。
「南極星全球通 (NJStar Communicator)」
 
中国之星といい、南極星といい、どれもこれも、郷に入ってもちっとも郷に従っていない。やっぱり、もっとWindowsのIMEらしい中国語入力システムが欲しい。じつは、Windows2000やWindowsXPには、簡体字入力のための「微軟PINYIN輸入法」と繁体字入力のための「微軟新注音輸入法」という中国語入力システムが標準でついてくる。また、それらをアップグレードした最新版「微軟PINYIN輸入法2003(MSPY2003)」や「微軟新注音輸入法2003」をマイクロソフトのウェブサイトからダウンロードすることも可能だ。微軟PINYIN輸入法2003をインストールしてみたのだが、ファイルサイズが75MBのわりには動きは軽快である。さすが本家マイクロソフトがつくっただけあって、ふつうのIMEとして振舞ってくれる。それだけの理由ではあるが、結局「微軟PINYIN輸入法2003」を採用することに決定した。
「微軟PINYIN輸入法2003」
 オファーも「萌えない」オファーだったが、小生の選択も、マイクロソフト純正の中国語入力プログラムという、さらに「萌えない」選択。しかし、中国語入力プログラムが全般的にイケてないのも事実。ここは徳島が誇るジャストシステムに中国語入力プログラムを作ってもらうしかあるまい。冗談抜きで売れるのではないか。その場合、名前は是非とも「ATOC(Advanced Technology Of Chinese transfer)」にしていただきたい。
 
  「ローカル・チャイニーズのPC環境 その一」  
「ローカル・チャイニーズのPC環境 その二」
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