第18回
「シンガポール電脳街をゆく」
鈴村 瞬
 とある用でシンガポールに行って来た。実は、乗継ぎでシンガポールに寄ったことは度々あるのだが、空港の外に出るのは、かれこれ十年ぶり。その時の記憶は、もうフーナンセンターに行ったことぐらいになってしまっている。フーナンセンターはシンガポールが誇る電脳センターで、マレーシアでいえばちょうどローヤットプラザのようなもの。シンガポールの電脳街といえばシムリムスクェアも有名だが、これは当時その存在すら知らなかった。それゆえ今回は是非とも訪問しようと思っていた。

 シムリムスクェアはインド人街にある。MRTのリトル・インディア駅でおりて、駅隣のBukit Timah Roadをブギス方向に歩く。十分くらいでたどり着いた。インド人街ということで、KLのブリックフィールズを想像したが、ブリックフィールズには申し訳ないがこっちの方がずっと小綺麗。しかし、信号機を無視し、動物的直感で横断歩道を渡ろうとするインド人がいたのは、マレーシアと同じであった。もちろん、その数はずっと少なかった。

 シムリムスクェアの「シムリム」は漢字で書くと「森林」。さわやかな名前である。シムリムスクェアにシンガポールのダークサイドを期待していた小生としてはちょっと拍子抜け。規模的には、ローヤットプラザより大きいと思えた。ローヤットプラザのようにフロアごとにテーマが決まっているのではなく、下の階は一般のお客向けで、上の階に行けば行くほど品揃えがマニアックになっていった。最初は、iPodやその小物の店が目につき、途中からネットワークの店が多くなり、最上階になると、パソコンのパーツ屋、中古屋、そして、修理屋が多かった。値段はマレーシアとあまり変らない。高すぎるとも安すぎるとも思わなかった。いずれにせよ、この両者よりも、秋葉原のほうが、品揃え、そして、価格ともに圧倒している。ただし、マレーシアとの比較では、品数、新製品の流通速度はシムリムスクェアが上。くわえて、中古屋で扱っているパーツも、マレーシアよりも豊富で、価格も手頃だった。中古のノートブックがさかんに売られていたのはマレーシア同様であったが、マレーシアでしょっちゅう目にする日本の中古は、ほとんど見なかった。恐らくシンガポールで使用されたものが売られているのだろう。

 ところでローヤットプラザをはじめとして、マレーシアではソフトウェアの違法コピーが組織的に、そして体系的に、そしてなによりも正々堂々と売られている。それはまさしくビル・ゲイツが見たらめまいをおこし、リチャード・ストールマンであればそれ見たことかとニヤニヤする光景である。シムリムスクェアに入ったとき、小生、そのような邪の気配を野性的に感じた。しかしざっと見た限り、そのような店は全く無し。さすがは東南アジアの優等生である。一見さんにダークサイドは簡単に見せてくれない。
シムリムスクェア
 
 次は十年ぶりのフーナンセンター。MRTだとクラーク・キー駅でおりる。隣接するストリートをシンガポール・リバーの方に歩いていくと約五分ぐらいで見つかる。途中の交差点にあるカラフルなMICA Buildingが目印だ。シムリムスクェアとは異なり、ここは邪の気配は全く無く、健全で小綺麗なショップばかりである。そのせいか有名メーカーの専門店が多い。特に、マック専門店はシムリムスクェアにもあるのだが、フーナンセンターの方が優れていると思った。iPod用の小物から、PowerMac時代のアイテムまで豊富にそろえ、KLでは入手できないものも色々とあった。

 意外にも、フーナンセンターは、シムリムスクェアよりもマレーシアで入手できないものが多かった。マレーシアでは、とにかく安さである。次に速度。それ以外は四捨五入されているように思う。そしてシムリムスクェアもおおむねその路線だった。しかしフーナンセンターは、安さと速さ以外に重きをおいたアイテムが目についた。それは、フーナンセンターが、立地といい店舗の雰囲気といい、よりハイソなお客をターゲットにしているからなのだろう。
シムリムスクェア
 
 話はそれるが、十年ぶりに見るシンガポールの女性は美しかった。日頃、マレーシアの女性のアッケラカンとしたファッションを見慣れているだけに、シンガポール女性の清楚な身だしなみと、恥じらいあるしぐさはまぶしいばかり。恥じらいとは、実に大切なものであると、わたしは言いたい。そして、もちろん、マレーシアの女性にもある。絶対にあるはずだ。しかし、それがストレートに表現されていない。それが問題なのだ、などと、ある意味どうでもいいようなことを道すがら考えてしまった。

 いかがなものかと思うこともあった。短い滞在中時間を惜しんで、それこそ目玉をひんむいて歩いていると、マッタリと寄り添ったカップルと度々遭遇。それだけならまだいい。それがエスカレートして、ほっぺたをくっつけたり、そしてチューしたり。そうなのである、いたるところで「チュー」しているカップルに出会うのである。街全体が、マレーシアと違って洒落ているので、そういう気分になるのもわからないでないが、時に、かのリー・クワンユー氏はこの現状をどのようにお考えなのであろうか? タバコのポイ捨ては気になっても、チューは気にならないのだろうか? 無粋かもしれないが、わたしはすごく気になってしまった。
 
     
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