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第19回
「ブログと平田弘史先生」 |
| 鈴村 瞬 |
ちょうど半年前にこの連載でブログのことを書いたのだけれど、その後ブログは等比級数的に増加している。マレーシアをテーマにしたものも激増した。前回はブログの肯定的な側面ばかり書いてしまったのだが、小生、そのことがノドに引っかかった小骨のように気になっていた。というのは、実のところ、自分はブログに対して違和感も大いに感じるのである。
ブログは、簡単なようで実は意外と難しいウェブサイト作成ツールではないかと思う。一言でいうと、ブログは意外にも文章を選ぶのではないか。ブログはもともとは電子メディアを対象にデザインされたものだから、パソコンの画面で見るのにある程度マッチした表現技法が要求されよう。紙面で読ませるのと、ディスプレイで読ませるのは、縦書きと横書きと同様に、異質であると思う。面白いなあと思うのは、パソコンの画面ならではの表現をしているものが多い。
もう一つ、ブログは自由に何でも書けるぶん自己抑制が難しい。更新が容易なので、書く人の素がついつい出てくる。そうすると、アフィリエイトで小金を稼ぐとか、日頃の憂さを晴らすとか、自分の存在を目立たせたいとか、現実の人間界さながらの情念が見え隠れしてきて、それが興醒めになるときがある。ブログは極めて私的なメディアであると同時に、公開されている限りは極めて公的なメディアでもある。したがって、そのパーソナルな部分とパブリックな部分のバランスが崩れると、読むのがつらくなる。
あまりにも手軽で簡単すぎるのが良くも悪くもブログである。どうせなら、どっかにサーバーをかりてきて、MovableTypeをインストールするなり、あるいはxoopsでコミュニティ・サイトをつくるなり、まずは土台そのものからつくったものの方が、時間と情熱をかける分、面白いものが多いと思う。そこでマレーシアに住む読者諸賢に是非とも紹介したいのが、ブログとは対極的なウェブ制作者、そして何よりも日本の漫画史に永遠に記憶されるであろう平田弘史先生である。
先生を知ったのは、札幌に住んでいるときだ。漫画と小説のため、あえて人生をドロップアウトした貸漫画屋の店主が、先生の「薩摩義士伝」を勧めてくれた。店主曰く、手塚治虫と白戸三平と同じくらいスゴイという。ついぞ知らなかった小生は読んでみて、口がアングリ。確かに未体験の内容、そして読後感だった。
平田弘史先生の漫画は侍劇画である。まず何よりも絵がスゴイ。最初から最後まで、気合いというか根性というか、とにかくハイテンションな絵が続く。そういう場合、得てして時に絵が荒くなるが、先生の場合は常に迫力満点なれど細部への心配りが決して失せることがない。小島剛夕よりも豪快で、大友克彦よりも精緻と言いたいくらいだ。しかもそのプロットはつげ義春よりも摩訶不思議とあえて言ってしまおう。奇をてらって書いたというよりは、誠実に現実をとらえようとて、それがあまりに誠実であるがゆえ常軌を逸してしまったという感じが先生の特徴。
画の壮絶な迫力と、凡人は決して立ち入ろうとしない危険な題材を正々堂々と書いてしまうその内容から、出版出来なくなった作品もある。そして一つの作品に常人の想像を絶するエネルギーを費やすせいか寡作だ。したがって、貧乏だったときも多々あるらしい。そのような極貧時代に書いたエッセイのような漫画がある。東京に住んでいたころ、マニアックな品揃えで有名な貸漫画屋で発見した「平田弘史のお父さん物語」である。
これもまた驚愕の一冊。一般的な読者よりも有名漫画家にそのファンが多く、当時すでに巨匠と言って差支えないはずの先生ではあったが、電話代も払えないほど窮乏していたのである。この作品ではその頃の生活が赤裸々に描かれる。お金が無くなった原因も、何とも先生らしく、家を伊豆に新築するため、その設計や施工に没頭し、しまいには自ら工事を始めてしまい前後三年間仕事をしなかったかららしい。しかも、そのような極限状態の中、漫画も描かずに、マッキントッシュに没頭し、シンセサイザーを弾いて、板金加工や機械工作にはげむ、何とも天真爛漫な生活がそこにはある。作中の主人公である先生は「53歳のオヤジが働かないで こんなことをしていて いイ〜〜〜イのだろうか・・・・」とつぶやくのだが、当然そんなこと、いいわけ無いのである。巨匠の巨匠らしからぬ、その何ともファンキーな生き方に、当時衝撃を覚えた。
そのときもう一つ驚いたのが、当時漫画をマックで、しかもフォトショップで描いていたことだ。フォトショップは写真のレタッチソフトである。絵を描くソフトとしてはペインターが定番だろう。漫画家がペインターを使うのは十分理解できる。しかし何故にフォトショップで絵を描くのかと思ったが、先生のレベルになると、ソフトは何でも良いのだろう。下書きからフィニッシュまですべてタブレットとフォトショップ。当時でも、極めてまれな全工程オール・デジタルである。
そして最後の驚きは、今年になって知った平田先生のウェブサイトである。先生がウェブサイトを運営していたこと自体驚きであるが、それはライト&イージーなブログとは正反対の、全てが手作りのサイトである。平田先生は高名な漫画家であるから、そこに、イラストや挿し絵があるのは理解できる。時代劇画製作、ビデオ編集、動画シアターもまあその延長かもしれない。しかしそこには何故か、映写機の製作について、ネジ一本から作られていく様が、延々と記録されている。そのネジ一本が作られていく過程の濃いこと。しかも、映写機によって映し出された映像も見ることができる。映像もまたかなりシブイのであるが、自作装置による映像とは思えない画像である。
それにしても先生のサイトは一体何なのだろう? そもそもウェブサイトとはこういう混沌としたものを、その混沌そのままに記述し共有するための手段であるのかもしれない。
先生のサイトは「宇宙の原理」という壮大な世界までひろがっていく。見ればわかるとしか言えない、不思議なサイトである。失礼ながら今年で68歳になられる方の制作とは思えない。ジェームス・ブラウンは72歳だから、先生はまだまだ年下。しかしこれは色んな意味で比較にはならない。
googleで「平田弘史」と入力して「I'm Feeling Lucky」をクリックしたら先生ご自身のホームページへたどりつく。「平田弘史先生」だと、竹熊健太郎氏のブログにたどり着く。竹熊氏はサブカルチャーに強い作家、編集者で、ご存じの方も多いはず。竹熊氏のブログにある「平田弘史先生訪問記」は、平田弘史先生への尊敬と、先生をもっと世間に知ってもらいたいという愛情、そして氏の圧倒的な知識と筆力が相まって、平田ファンならずとも必見だ。そして氏の情理にユーモアまで兼ねそなえた文章を読めば、平田弘史先生の漫画を読みたくなること間違いなしである。 |
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