7月29日付けの朝日新聞の一面に 政教分離の原則にはおかまいなく、1956年2月に戦没者の靖国神社への合祀者をきめる際に、国つまり旧厚生省の主導で合祀事務を実施するとの要綱原案が出されていたことが分かったという記事が掲載された。
「厚生省が合祀者を決めて神社に通知する」とされ、靖国神社が国の陸海軍省に管轄されていた戦前の合祀事務体系に準じて行われるというものだった。
2ヶ月後には靖国神社が合祀者を決め、国は照会に応じると変更された。憲法の政教分離を意識しての変更だった。しかし、実際には国が主導し、地方自治体が「祭神名票」というカードに戦没者の氏名、本籍、死亡地、死亡年月日などを書き込み、厚生省引揚援護局がまとめて神社側に送っていたという。
翌日の一面には『靖国「遊就館」展示の遺書/旧厚生省が出品依頼』という見出しがあった。61年4月に、廃止になっていた「宝物遺品館」が「遊就館」として復活する際に、旧厚生省援護局復員課が都道府県に「戦争裁判関係死没者の遺書等を靖国神社宝物遺品館に陳列するため出品のあっせんについて」という依頼書が送付された。これにさかのぼり、兵士として軍事裁判にかけられ死刑になったり、裁判中に自殺又は病死するなどした、通常の戦争犯罪人であるBC級戦犯825人が、59年に合祀されている。「遊就館」には戦死するなど戦没者である「祭神」の遺書などが展示されている。BC級戦犯についても遺書をあつめようと
したのだろう。
靖国神社は明治2(1869)年に戊辰戦争の朝廷方戦死者を慰霊するために「東京招魂社」として建立された。1979年に改称され「靖国神社」となった。ふつうの神社のように内務省の管轄ではなく、陸軍省と海軍省によって共同管理される別格弊社となった。太平洋戦争が終結するまでは国家神道の象徴であり、戦地に赴く兵士は「靖国神社に神として祀られる」ことを誇りとしていた。
靖国神社の「祭神」は神話に登場する神や天皇ではなく、「日本のために命を捧げた」戦没者、英霊が祀られている。陸海軍の審査で内定し、天皇の勅許を経て決定された。合祀祭には天皇自らが祭主として出席したこともある。合祀は死者とその遺族にとっては最高の名誉とされた。
わたしの叔父も旧満州で戦病死している。当然靖国の英霊として合祀されているのだろう。しかし、20年余り前に死んだ父も、父の兄弟姉妹も靖国神社に参拝したという話を聞いたことがない。父の家族は日本という国に誇りをもっていたし、この国を愛していた。父の兄弟姉妹、伯父、叔父、伯母、伯母、どの人も日本が太平洋戦争をはじめてしまったことを美化することも、卑下することもしなかった。兄弟を満州の地で戦病死させたことについても語ることはなかった。悲しかろうが、悔しかろうが、国民として消極的であれ戦争に協力していた、「万歳」と言って戦地に赴く兄弟を見送ったことを恥じて、語るのをやめたのだろうと思う。
父は銃をもって戦場には行きたくないと思っていたようだ。徴兵検査で丙種合格。つまり、「あまり健康ではないので自宅待機せよということだ」と父は言っていた。父の友人の中には徴兵検査の前に醤油をがぶ飲みしていった人もいたそうだ。その人も丙種合格だったという。当時としては好ましい国民ではなかったが、戦場であれ、どこであれ、人を殺したり、殺されたりすることをしないですんだということに心の安息を得ていたに違いない。
わたしは靖国に祀られているはずの叔父を思うとき、そこには叔父の霊はいないと信じている。わたしは「天皇を守り、国を守り、死ぬことによって英霊となり靖国神社に祀られることが、日本男子の本懐である」と説き、「神国日本は絶対に負けることはない。必ず神風が吹く」などと日本国民全体を洗脳し、これに従わない人たちを「非国民」とあざけり、「赤(共産党員)」と言ってののしった人たちが、この国の指導的役割りを果たしていたことこそ、戦争犯罪だと考えている。
わたしたちは北朝鮮の金正日体制を非難している。しかし、現在進行形で北朝鮮で行われていることは、太平洋戦争に敗れるまでの日本の体制がしたことと酷似している。戦争、相互監視、体制に従わないものは疑わしいというだけで拘束され、拷問を受け、拘置所や収容施設に入れられる。61年前までの日本に似ている。だから、よけいに嫌悪感がつのる。
戦後、政教分離の権利を謳った憲法の施行後も、靖国神社と国(厚生省)は密接な関係にあったことが証明された。遺族会と自由民主党の関係も深い。A級戦犯の合祀をしたのは靖国神社自身のようだ。ところがその結果、昭和天皇の不興を得て、天皇家の参拝は途絶えたままだ。「天皇陛下、万歳」と叫んで若い生命を散らしていった兵士たちの思いは、靖国神社自身の手で閉ざされてしまった。このままでは平成天皇も、つぎの天皇も靖国神社を参拝することはないだろう。代わりに、小泉首相やその後継首相が靖国神社を参拝するのだろうか。
そして、今、A級戦犯の分祀を要求する声が出ると「政教分離」を盾に、A級戦犯合祀を貫いている。都合のいいときには憲法を無視して政府や政治家を利用し、都合が悪くなると憲法を盾にして拒絶する。いかにも.国家神道として国家に寄りすがって生き抜いてきた靖国神社らしい考えだ。
A級戦犯は分祀すべきだ。だからと言って中国や韓国の言いなりになるということではない。日本という国の意思でそうすればいい。できなければ、別の場所に国立戦没者慰霊碑を建立すればいい。どっちにしても、中国政府も韓国政府も「日本を従わせた」と誇示するに決まっているし、その後も、何やかにやと難癖をつけてくるに決まっている。困惑したり、謝ったりする日本の文化人は放っておいて、毅然とした態度で中国と韓国に接すればいい。
自民党政府首脳たちも、A級戦犯の霊を参拝したければ、分祀された別の施設に参拝してくればいい。小泉首相が首相を辞めたあとも、靖国神社やA級戦犯の霊に参拝しつづけるのかどうかも見とどけたい。 |