12月に退任した国連のアナン前事務総長が12月4日放送された英BBCとのインタビューで、イラクを 「内戦状態」と断言した。さらに「一般国民が、残忍な独裁者がいても、
今よりもましだったと考えるのは理解できる」と述べ、イラク当局の治安能力の欠如を批判した。 アナン氏はこれまでイラクを「ほぼ内戦状態」としてきたが、この日は 「暴力のレベルなど、前にレバノンなどの地域で内戦と呼んでいた状態よりも ずっとひどい」とし、内戦にあたるとの判断を示した
つま、残虐で自分の意思に従わないグループを弾圧し虐殺したフセイン大統領時代のほうが現在よりはるかにまし、つまり、アメリカが介入し民主化を求める作業を始めてからのほうがイラク国民にとって、生活環境は著しく悪化し、生命の危機が高まったという事を言いたかったのだろう。
同じことはイスラム原理主義を掲げ、アフガニスタンを彼らの信ずる教義で国を治めようとしたタリバーンを駆逐した国連平和維持軍についても言える。タリバーン時代と現在とどっちが国民にとっていいか、なんともいえない。イラクにしろ、アフガニスタンにしろ、ソマリヤ、パレスチナ、こうした国々が普通の民主的な国になれるかというと、絶対になれないだろう。どこもイスラム国という共通性はあるが、宗教上の問題というより、多数の部族グループがあり、多数の宗教グループがある、国によってはいくつかの少数民族グループもあって、それぞれの指導者が自らの利権を主張し、他のグループを排除するために宗教的意味をもたせて、無差別テロを行ったり、弾圧、迫害、虐殺を行っている。
死亡したアラファト議長が指導者だったパレスチナでは、中東のイスラム諸国の援助をアラファト議長とそのファミリーが独占していたといわれていた。それでもアラファト議長がいるだけで、イスラム過激派の「ハマス」は一歩引いて、一応のまとまりを見せていた。フセイン元大統領時代、国際社会から孤立し、乏しい物資て生活していても、反抗したら虐殺されかねなくても、バグダットの街では子供が外で遊ぶ自由もあったし、市場は活気を帯びていた。
昨年暮れの2006年12月21日、アフガニスタンとイランと国境を接する中央アジアのトルクメニスタンの独裁者ニヤゾフ大統領が心不全で急逝した。トルクメニスタンは北朝鮮と共に世界でもっとも孤立した国と言われている。また、ニヤゾフ大統領は21年にわたって長期独裁、個人崇拝による絶対権力を誇示してきた。ニヤゾフ大統領は北朝鮮の金正日総書記と同類の指導者というのが欧米先進国の見方。
しかし、ソ連時代、共産党支配時代の悪癖である官僚の腐敗構造やマフィアの横行などをニヤゾフ大統領は独立と同時に一掃してしまった。トルクメニスタンは世界第五位の天然ガスの産出国であり綿花の生産国でもある。国土の大部分が土砂漠で人が住みにくく貧しい国だったが、水路を造り灌漑設備を充実させて綿花栽培を中心とした農業国となった。そして、高い経済成長率を誇っている。
鎖国国家に見られいるが、入国ビザの取得はそれほど困難ではない。また、国民の家の庭にはパラボラアンテナが会って、海外からの情報をふんだんに入手することができている。ただし、国営放送も新聞も政府公式発表のみを報道している。しかし、モスクワのテレビ放送を通じて様々な情報を手にしている。従って、北朝鮮とはまったく違い、閉鎖的でも、国家に収奪され国民が食糧危機、エネルギー危機におそわtれることはない。
トルクメニスタンの独裁者ニヤゾフ大統領は間違いなく、非民主主義的な独裁者だった。地政学的にもイスラム国に囲まれた内陸国ということで、閉鎖的国家に見られやすいということもあって、欧米先進国からは北朝鮮と共に最悪の独裁国家、独裁者という汚名を着せられていた。しかし、国民にとっては頼りがいのあるいい指導者だった。
マハティール前首相も欧米先進国から強権的「独裁者」と名指しされていた。マレーシアという国にとって、マレー人という民族にとってマハティール前首相は最高の指導者だったし、彼が指導者だったことは神から与えられた幸運だった。マハティール前首相は「アジアにはアジアの価値観がある」として、欧米式の民主主義こそが民主国家の普遍的理論ではないと主張した。多民族、多宗教国家が平和で安全な国家として生活レベルを向上させるために、どうしたらいいか?を追求した。
フセイン元大統領がいい独裁者だったとは思わない。しかし、彼以上の統治能力をもつ指導者がイラクにいたか、これから現れるかというと、まったく期待はできまいと思う。もちろん、北朝鮮の独裁者金正日総書記は論外だ。「やくざみたいだ」と言ったら、本物のやくざは怒るだろう。我がまま放題に育てられた悪餓鬼が世襲で指導者になっただけなのだから仕方がないが、北朝鮮の国民にとっては最低最悪の独裁者だ。
すべての独裁者が悪いというのではない。欧米先進国の価値観が普遍的だというのは間違いだ。どんな指導者がその国にとって、国民にとって最高であるか?そこが問題だ。 |