柳沢厚生労働大臣の女性蔑視発言から思うこと
旧暦の1月1日の2月18日は“チャイニーズ・ニューイヤー”いわゆる中華正月、中国式に言えば“春節”だ。今年は、春節が日曜日のため、暦の上では前日の土曜日17日から振替え休日の20日まで四連休となった。華人系のスタッフの多い会社や店では翌週の日曜日まで九連休になってしまうところもある。わが社でも、華人系スタッフは九連休をとっている。
例年のことながら、いつも昼食をとる近所のコーヒーハウス、ホッカセンターは軒並み休みで困ってしまった。朝、昼、晩と外食ですましている独身者や単身赴任族には堪えるロングホリデーだ。わたしがマレーシアにきた14、5年前は、華人系の店が多い街の中心外には人影もまばら、車もほとんど走っていなかった。クアラルンプールの銀座通り(当時だけど)ともいえるブキッ・ビンタン通りなど車道の真ん中をのんびり歩いている外国人旅行者もあったし、とにかく、どこに行ってもレストランも店は閉っていたし、もちろん、スーパーマーケットも、ウェットマーケットと呼ばれる地元の市場も閉っていて、つらい日々を送った記憶がある。こんな日々が三日も四日もつづいたら、飢え死にしてしまう日本人もでるのではないかと思えるほどだった。
ただ、チャイニーズ・ニューイヤーも3日目くらいになるとクアラルンプールの空が澄みきって遠くゲンティン・ハイランドがくっきりと浮かび上がっていた。人口の30%が商業活動をやめてしまうと、こんなにも何もない世界になってしまうのかと、「マレーシアにおける華人パワー恐るべし」と感じさせる一週間だった。保存できる食糧を確保し、独身者、単身赴任者のネットワークでいかに飢えることなく、退屈することなくすごすのができるかを考えた。だから、チャイニーズ・ニューイヤーのときは華人の少ない町に行くか外国に出てしまうに限ると逃げ出すのが常だった。
ここ数年、チャイニーズ・ニューイヤーでも営業する店やスーパーマーケットがふえている。『ジャスコ』は18日、19日も、19日には『イセタン』やっていた。独身者、単身赴任族には大いにすくわれる。自炊族のわたしにも、一人暮らしなだけに大量に食材を買い込めないので、少しずつ買い物ができるので実に助かっている。マレーシアの人々も「他の人が休んでいるんだから、自分も休もう」という考えから、「人が休んでいるときに働けば儲かる」という日本的なサービス産業の発想が浸透しているのだろう。ただ、退屈病は重症になってしまった。今年は遊び相手がいないので仕方なく、オフィスに行って原稿書きをしていた。
三日に華人たちは、近所の寺院に参拝します。この日は「物乞い」の人たちの仕事始め。寺院の前には「物乞い」の人たちがずらっと並んで、参拝に訪れた善男善女に手を差し出しています。ふだんは、行列の割り込みを平気でする華人たちが「物乞い」の人たちに小銭を差し出しているのを見ると、見て見ぬふりをして足早に行きすぎようとするわたしを含めた日本人に比べると、彼らの奉仕の精神、喜捨の精神はすばらしいと思う。
ただ、わたしには重い障害を持った人たちであってもただ寝そべって手をさし出して缶からの音を立てているだけの「物乞い」が商売として横着すぎると思える。昭和20年代、30年代には日本でも繁華街の人通りの多いところに傷痍軍人という「物乞い」がいた。でも彼らはアコーディオンを弾き、歌を歌っている人もいた。障害に負けずに才能を活かして生きていこうという意志があった。
話しは変わりますが
内戦で荒廃したカンボジアには大勢の障害をもった「物乞い」がいるし、生活費や学費を稼ぐ子供の「物乞い」もいる。彼らは簡単な細工をした花飾りや写真などの売り物を差し出してくる。観光地の駐車場などで一人から買うと、われもわれもと後から後から怒涛のように押しかけてくる。だから、わたしは「物乞い」のロケーションとしてはマイナーな場所にいる、つまり、政治力がなくいい場所に陣どれなかった子供から何かを買ってあげることにしている。そして、その後で「これは君へのプレゼント」といって渡してやるのです。この子達を「物乞い」と思いたくないのだ。
話はとんでもない方向に行ってしまいますが、カンボジアに学校を寄付しようとしている篤志家やNPOの人たちが大勢います。内戦で校舎を失い勉強する場をなくした子供たちに校舎をプレゼントしようというのはすばらしいことです。でも、校舎があっても子供たちが学校に行けないのです。学校に行く時間がったら少しでも家計の足しになることをしなければ生きていけない。教科書も買えないのです。彼らが学校に行くために本当に必要なものは、親たちが働く場所、お金を手に入れる仕事が必要なのです。
日本政府も政府開発援助(ODA)にからめて大きな援助をしています。カンボジア政府の行政機関からの要請を請けて場面ごとの援助をしています。プノンペンで一緒に酒を飲んだフランス大使館の館員は「カンボジアに10年いる」と言っていました。「10年いて、本当に必要なものは何かが分る。」と言っていました。日本の外交官も国際協力機構(JICA)の職員は2、3年でいなくなってしまうから、ざるで水をすくうような援助しかできないと言われているような気がしました。
春節にはお年玉『紅包』がつきものです。アジアの子供たちに本当に必要な何かを『紅包』としてプレゼントしてやれたらいいと願っています。 |