憲法改正を視野に入れた国民投票法案が政府自由民主党内でしきりに論議され、7月の参議院選挙前までに国会で成立する見通しだ。
1947年5月3日に施行された現在の『日本国憲法』は60年の節目を迎える。現行憲法は敗戦国日本を占領していたマッカーサー元帥をトップに頂く連合国軍総司令部(GHQ)の指示で、GHQの意向を受けた当時の内務省官僚などが昼夜をいとわず作成したものだ。マッカーサー元帥は日本を統合していく上で「天皇」の存在は欠かせないとして、「国民統合の象徴である天皇」を残した。そして、もっとも画期的だったのは世界で類を見ない「戦争放棄」を謳った第九条だった。
「二度と他国への侵略戦争をしない」という第九条は、戦勝国の連合国にとっても第二次世界大戦まで世界の潮流だった帝国主義、侵略にとって自国の領地を広げていくという国家運営のやり方の限界を自ら示したことに他ならない。とはいえ、「戦争の放棄」を謳った平和憲法は世界の潮流にはならなかった。主だった連合国軍の五カ国で形成された国際連合の安全保障理事会常任理事国(中国は遅れたが)は核兵器を保有する突出した軍備をもつ強国となった。アメリカとソ連、自由主義・民主主義国家群と共産主義・社会主義国家群とが対立する冷戦時代に入った。日本に「平和国家」建設を命じた連合国側は、「核兵器保有国家」へと変身した。
戦後生まれのわたしたちにとって「戦争放棄」を謳った第九条は世界に誇るものとして心の支えとなった。天皇崇拝、軍国主義によって、具体的には天皇崇拝という宗教と軍国主義という暴力による強制によって、日本国民のことごとくは自分の意思や考えをもたない、命ぜられればよろこんで銃弾に向かって突撃していく兵器となっていった。敗戦によって、国民の多くは「悪いのは戦争に向かって突っ走った軍の偉い人たち」、「自分たちを苦しめたのは、虎の威を借りて威張りくさっていた憲兵や軍におもねっていた人たち」と自分自身も戦争の被害者、犠牲者であると信じるようになった。わたしの父母の兄弟姉妹のだれからも「戦争をしたのはわたしたち国民の責任」という言葉を聞いたことはない。「国が悪い、時代が悪い」で責任を回避してしまうのが日本人の特性なのだろう。その象徴が「戦争放棄」、つまり第九条だった。
明治憲法時代と大きく変わったのは「基本的人権」と「民主主義」だった。軍政下、基本的人権はなきに等しかった。戦争や政府に批判的な言動をすると「非国民」と呼ばれ、弾圧され、暴行され、拷問にかけられ、ひどい場合は死に至らしめられた。「表現の自由」、「言論の自由」はなく、「思想信条の自由」、「集会結社の自由」もなかった。法文解釈上はあったのかもしれないが、現実的にはないに等しかった。「男女平等」、「教育の機会均等」という概念も新しい思想だった。日本は太平洋戦争が終了し、新憲法が施行されたた1947年5月3日を境に、すべての価値観が180度転換した。軍国主義者が一夜にして人権主義者、平和主義者に生まれ変わった。まさにコペルニクス的転換だった。
大多数の日本人は静かにこの大転換を受け入れた。数十万人、数百万人という同胞、親族の血という代償を払って得た、「恒久平和」と「民主主義」、「主権在民」は人々の心に深く刻まれた。
「戦争は二度とご免だ」、「戦争なんかをしていいことは一つもない」、父や母の正直な感想だった。小学校時代、子供心に「なんてすばらしい憲法なんだろう」と感じ入った記憶がある。
共産主義者や宗教指導者の中には狂喜乱舞した者もいた。終戦の日まで憲兵だった男が、共産主義を標榜し、赤旗を振るものまでいた。現在の日本共産党幹部の父君がそうだったことをわたしは知っている。逆に、この憲法は進駐軍のGHQ、連合国軍の押し付けであると論じるグループもあった。安倍晋三首相の祖父の岸信介元首相もその一人だった。憲法改正、自主憲法制定は岸元首相から安倍首相へと三代つづいた悲願でもある。
昭和憲法がGHQによって押し付けられた憲法であることは間違いない。そして、終戦後間もない、価値観が大混乱し、超インフレで経済が困窮し、治安も最悪だった1947年5月3日の日本と、60年たった2007年5月3日の日本とほとんどのものが大きく変わった。経済力だけでなく、国民の教育レベルもモラリティーも価値観も、そして、日本を取り巻く国際環境も大きく変わった。これだけ変わったのに憲法だけが60年前と一言一句変わらないというのは異常だ。欧米諸国でも憲法も他の法律も頻繁に変化していく。それが健全な法治国家だという考えもある。
改憲論者の論点は大きく分けて「GHQによる押し付け憲法だから」と「時代に合わせ環境に合わせて変化するのが法律だ」の二点だ。いきなり、「第九条を変えろ。自衛隊に自衛のためなら他国への侵攻も可能にすべきだ」という議論に入るという愚かさは一部の閣僚以外にはない。
わたしも前述の二点で憲法を改正することには賛成だ。わたしは法律学者ではないので具体的にどこをどうすればいいのかという論議をここでしたくない。だた、「天皇は国家統合の象徴」というのは残したほうがいいと思う。天皇崇拝をよしとするわけではないが、否定する理由もない。わたしの知人の社会党(現在の社民党)国会議員の秘書だった男性が、「天皇なんかいらない」とか「日の丸、君が代もいらない」とよく言っていた。社会党党首だった土井たか子元衆議院議長は社会党は護憲政党とよく叫んでいた。わたしはこの秘書に「お前らは憲法を守れと言っている。それなのに象徴天皇を明文化した憲法の条文に反することを言っているのはおかしい」といい、「今の日本人の大多数は『日の丸・君が代』から日本の軍国化を連想する人は皆無だ。『日の丸・君が代』反対などと、どうでもいいことを声高に叫ぶから、右よりの人たちが賛成とか起立すべきだと叫ぶんだ」と言った記憶がある。
海外にいて、日本だけではなく、どこの国の国家・国旗に対しても起立して敬意を表するのが常識になっている。右翼とか左翼とかいうのではなく、それが国際人の守るべきマナーだとわたしは信じている。「天皇」、「日の丸」、「君が代」と聞いて、自分や自分の家族が銃器を背負って戦場におもむく姿を連想する日本人は皆無だろう。一部の自民党国会議員がそう思ったとしても、大多数の国民は動かないだろう。
正常な判断力のない指導者をもつ隣国北朝鮮が、核兵器をもち、日本全土を射程距離内にする核弾頭搭載可能なミサイルを着々と準備しているのが分っていても、現実に核弾頭が日本に向けられているとは思わないのが日本国民だ。国家の使命を国民の生命と財産を守ることを第一義とするなら、核弾頭搭載のミサイルが北朝鮮から飛んでくるというシナリオを考え、真剣に対応策を練るのが内閣の仕事だ。
そこで憲法第九条の改正をどうすればいいかという論議になる。日本国内に核弾頭が落ちて大爆発し数万人の犠牲者が出た。それでも戦争放棄、恒久平和かという議論だ。自衛隊が米軍と協力して、どの時点で、どのように対応していけばいいのか?
仮にミサイル発射の直前に先制攻撃をかけて、北朝鮮と戦火を交えるのがいいのか、数万人の死者が出るまで待つのか、あるいは他の時点で他の手段をとるのか、これは政府と内閣の仕事だ。しかい、先制攻撃が許されるとなると、世界の誇る恒久平和を謳った第九条は死文化する。個人的には第九条は尊重したい。かといって、核弾頭ミサイル攻撃を受けるまで待つというのも困る。
どうするのがいいのか、結論は出ない。そんな議論が必要ない状況に北朝鮮が変化してくれればいいのだが、そんなに甘くはないだろう。平和ボケ日本人が平和ボケではいられない状況になりつつある。
それでも、海外に住んでいると、日本という国は世界でもっとも平和な国だと思うし、日本人は戦争とか、核兵器とか、大量破壊兵器などとはもっとも縁遠い民族だと思う。わたしはそのことを誇りに思う。その意味で言えば、このマレーシアという国は平和そのものだし、マレーシア人も戦争やテロとはまったく無縁な人たちだと思う。すばらしい国だと信頼している。日本とマレーシア、経済協力もいいけれど、共通項が「平和」であるのだから、二つの平和国家同士が世界に向かって、もっと大きな声で平和、戦争放棄を呼びかけていってくれたらと思う。そうした努力をした上で、憲法改正、第九条の解釈の変更をしてほしい。 |