『ハンカチ王子』、『不敗神話』、
スポーツ・メディアの馬鹿さ加減
 7月8日、アメリカのノースカロライナ州で行われていた日米大学野球第五戦で、ことごとくのスポーツ・メディアが枕詞にする「ハンカチ王子こと斉藤祐樹投手」が7回、救援で登場し、連打され、連続四球で二者連続押し出しという惨憺たる内容で失点し、敗戦投手になった。スポーツ・メディアは「『不敗神話』が終わったと大見出しで写真付きでクローズアップした。

 スポーツ・メディアは読者の目を引き、関心を呼ぶために「女神」とか「女王」、「皇帝」、「王者」といった言葉を使いたがる。ベテランの域に達し、風格もあり、ある意味で名人、達人の境地に達したスポーツ選手を、敬意の念をこめて、そのように称してクリーズアップをするのは許されると思う。しかし、それでも、いつかはトップ・アスリートも力が衰え、若い気鋭の選手の前に屈服する日が来る。偉大な記録、偉大な功績を残したスポーツ選手の末路を汚すような表記は避けるのが礼儀だ。

 長い間、巨人のエースとして君臨した桑田真澄投手が、実力の衰えを見透かして冷遇する巨人を自発的に去って、大リーグパイレーツにマイナー契約で入団し、やっとメジャーのマウンドまで這い上がったところでアキシデントによる怪我で躓いて、もう一度這い上がった。淡々と、今日ここのマウンドで投げられることを素直によろこんでいる。40歳に近くなって往年の速球はない。投球術、コントロールをいのち綱に桑田投手は頑張っている。それでも、失敗が二回もつづけば、いつ、球団から解雇されるかも知れない。「それでもいい」という思いが伝わってくる。PL学園時代、清原とともに甲子園で大活躍し、巨人に入った頃は、どちらかというと爽やかなスポーツ選手というイメージではなかった。それは巨人という球団の持つ優勝するためなら何でもありの金権主義的風土がかもし出す雰囲気だったのだろう。正直言って、そういう雰囲気の桑田投手を好きではなかった。

 20年の年輪と家族の支えが、桑田投手を枯淡の境地にまで成長させたのだろうか。桑田投手にとって幸運だったのはスポーツ・メディアの関心が鳴り物入りで大リーグ入りした松坂大輔投手や、実力以上の評価でヤンキース入りした井川投手の陰にかくれていたということだ。過度の期待、過度の関心がなければ、静かに自分と向かい合える、それが余計な負担を遠ざけて、いい結果を生んだのだと、わたしは思う。

 クライアントの関心と、視聴率と購読者数にのみ関心を奪われている、最近の日本のスポーツメディアはめったやたらと、「××王子」、「○×姫」といった視聴者や購読者好みの単語を使って、十代後半の若い選手に注目をあつめさせようとしている。最近では、前述の、去年夏の甲子園大会優勝投手の斉藤祐樹投手をハンカチ王子と命名した。そのあとが高校一年生のアマチュアゴルファー石川遼選手を「ハニカミ王子」などと名付けている。スポーツ。メディアは自分たちで勝手に名付けておいて、「ハンカチ王子こと斎藤祐樹投手」、「ハニカミ王子こと石川遼選手」などと、読者や視聴者の関心を引こうと、大々的に枕詞のように使っている。

 これだけやられれば、どんなに冷静で理性的な斎藤投手でも、もちろん、両親の忠告はあっても所詮は十代後半の若者、野球の技量も体力も精神力も未完成で発展途上にある斎藤投手が舞い上がらないわけがない。メディアに煽られた女子高生から中年のおばちゃんたちまで、昨日まで野球のやの字も知らなかった人たちがワーワーキャーキャーやる。それどころか、冷静に普通の一年生部員として考えるべき、早大野球部の指導者や先輩たち、同僚までもが一目置くようになっている。これで気持ちが乱れないわけがない。

 挙句が「不敗神話」だ。どんなスポーツでも、若い、伸び盛りの選手が10連勝、20連勝することがある。それは無名だから、過度の期待をされていないから、無心で勝利をつかみながら、一試合ごとに成長しているからであって、当然、勝ちつづけているわけではない。柔道の山下康裕選手でさえ高校時代には敗れている。若い選手には、必ず負ける日が来る。負けることによって成長していくのがスポーツ選手だ。ところが、過度の期待をされている選手は、負けると自分を見失ってしまい、そのまま消えてしまう選手もいる。冷静で理性的な斎藤投手なら、十分に負けたことから一段の飛躍が望めるだろうが、普通のと言うか、野球しかできない、思考回路の未発達な選手だったらつぶれている。

 「ハニカミ王子こと石川遼選手」には、スポーツ・メディアとともに韓国の俳優を追っかけていたようなおばちゃんたちのギャラリーがまとわり着いた。石川選手はもちろん、一緒にプレーをする選手たちも迷惑を被った。

 「不敗神話」はないけれど、スポーツ・メディアは試合にでるたびに、優勝を匂わせたり、石川選手にそれと思わせる発言を引き出している。ゴルフは野球よりもはるかにメンタルなスポーツだし、運不運が勝敗を左右するスポーツだ。騒ぎ立て過度の期待をすることが15、6歳の少年ゴルファーにいい影響を与えるわけがない。プロの超一流選手でさえ連勝するのが難しい競技なのだ。

 ゴルフ界も大学野球界と同じように、メディアに踊らされてはしゃいでいた。一時的には人気回復の起爆剤になるだろうし、王子たちにつられて、ゴルフ選手を目指す少年たちもふえるだろう。石川選手をそのための犠牲者にする気なら、スポーツ・メディアと一緒になって踊っていればいいが、石川選手を金の卵として大事に育てたいなら、そっとしておくほうがいい。十代の選手なんだから、一流になるかも知れないし、ありふれた実力の選手で終わるかも知れない。どちらも彼の人生なのだ。愚かなメディアに踊らされてしまうのは、愚かというものだ。

 スポーツ・メディアにかかると、すべてのスポーツで十代の大きく伸びるはずの若者が、札束に見えるのだろう。一方で注目されていなかった四十歳前後のおじさん選手がいぶし銀のように浮かび上がってくる。スポーツとは、改めて考え直す価値があるだろう。無限の可能性をもつ若いスポーツ選手を舞い上がらせて、つぶしてしまうのは「ひいきの引き倒し」というものだ。
 
     
 
 
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