| 7月29日に催された第21回参議院議員選挙が終わった。結果は安倍晋三自民党が64議席あった改選議席を37議席に減らすという歴史的大敗を喫した。安倍首相は「わたしを選ぶのか、小沢さんを選ぶのか」と叫び、最後には「わたしは負けるわけにいかない」と叫んでいた。安倍首相や自民党幹部は「参議院選挙は政権選択選挙ではない」と言いながら、その舌の根が乾かないうちに政権選択を国民に呼びかけていた。逆風が吹きまくる中、でも自分は日本にとって正しいことをやってきた、国民のためにも、これからも自分がやっていく、という自信と思い込みがあったのだろう。
多くの国民を不安に陥れた年金記録問題で「悪いのは、現在の民主党代表代行の菅直人元厚生相の責任」というパンフレットを作って自民党内部からも大顰蹙をかったのをはじめとする一連の対応ミス。また、多くの国民がもっとあきれたのは、「女性は産む器械」発言の柳沢厚生労働相、無料のはずの議員会館に多額の事務所経費を計上して、さらに緑資源開発の官製談合に関与している疑惑を残して自殺した松岡前農林水産相、「米軍による広島、長崎の原爆投下はしょうがないと思っている」発言の久間前防衛相、政治と金で叩かれた松岡前農水相の後任に選んだ赤城農水相がほとんど立ち寄らない実家を事務所につかって、高額の事務所経費を計上していることがばれてしまい、まともな弁明をしなかったこと、麻生外相のアルツハイマー患者を馬鹿にした発言問題、あとからあとから、閣僚が問題を起した。それらをすべて安倍首相はかばいつづけた。身内の閣僚の不始末に、毅然とした態度で叱責できない安倍首相に、多くの国民は「首相も同じ穴のムジナ」、「仲よしムジナ官邸団の親玉」と感じた。安倍首相は通常国会会期を延長し、投票日を一週間延期した。多くの人は、安倍内閣が「年金問題で興奮した国民の感情を沈静させよう。夏休みになれば、投票率が下がり、与党に有利に働くだろう」という読みで決めた姑息な手段と思われてしまった。実際、そうだったのだろう。笑ってしまったのは、せっかく伸ばした最後の一週間に。赤城農水相の事務所経費問題で、同一の郵便局の領収書のコピーが二つの団体で計上されていたことが発覚し、止めを刺した。
自民党と公明党の候補は閣僚の相次ぐ失策に、民主党は感謝しなければならない。松岡農水相の自殺で100万票、久間発言で100万票、赤城農水相問題では、最初の事務所問題で100万票、次の絆創膏で50万票、麻生外相のアルツハイマー発言で50万票、赤城農水相の二度目の事務諸問題で100万票と、安倍首相がかばうたびに50万票ずつというような感じで、自民党の支持は減っていった。一部では、赤城農水相は民主党が密かに送った柳生の草のような「刺客」ではないか?といわれるほどだった。現実には、国民感情を無視するような安倍首相の姿勢だったが、やっぱり民主党にとって最高の功労者は赤城徳彦農林水産相だろう。
安倍晋三という人は普通の人たちなら誰でも気づくようなことが分らないのだろうか。最近、『鈍感力』という言葉が流行っているが、鈍感も度が過ぎると、とんでもない『馬鹿殿』に見えてくる。『馬鹿殿』の取り巻きはイエスマンばかり、気がついたときは素っ裸で繁華街を歩いていることにも気がつかない。怖いのは安倍首相はそれでも「美しい国」なんてことにこだわっている。多くの人たちが、50才過ぎのお坊ちゃん首相を「美しい人」と感じたなら、こんな惨敗はしなかったはずだ。普通の人たちがどういうことを不安に思うか?普通の人たちは不信に思うかがわからない人が首相をしている。かばわなければ、辞めさせてやれば、しゃべらせてやれば松岡前農水相は自殺なんかしなかったかも知れない。「自分が死に追いやってしまったのかも知れない」と思うのが普通の人の感覚だ。
安倍首相は「自分は民社党の小沢代表よりも優れた指導者である」と考え、「国民は自分に好感を持っている」と思い込んでいた。新聞社などの内閣支持率が月を追って下がりつづけている。それを「メディアによる捏造」と言い募る自民党幹部もいた。安倍首相は身内のイエスマンたちの言葉のほうを信じたのだろう。国民の半数に自分が嫌われていることに気がつかなかった。
「改革か逆行か、実行か逆行か」、「成長か。逆行か」と叫んだのは、与党対野党の選択をもとめたものだった。
内閣の面々の相次ぐ不祥事が逆風になった。しかし、逆風、逆風といわれつづけたが、逆風の元になっているのは自分自身なのだ。自分が選んだ閣僚の不祥事を異口同音にかばいつづけた。だから、国民は「またか」と思い、安倍首相を見限っていった。それは逆風というよりは「自分が蒔いた種」だ。つまり逆境だと感じる状況を作り出したのは自分自身だ。
安倍首相はお盆すぎにはマレーシア、インドなどを歴訪する。そんなことより、赤城農水相や柳沢厚生労働相を首にして、新しい、普通の内閣に改造するべきだろう。
安倍晋三総理が絶対に辞めたくない理由は?
歴史的大敗を受けて、責任をとって安倍首相は退陣、あるいは衆議院解散、総選挙というシナリオが考えられた。予想通り、安倍首相は続投すると言い張った。「無責任だ」と失望する人も多かったが、安倍晋三個人として辞めるわけにいかないし、自民党のお偉いさんにも辞められては困る事情があった。
安倍家としては父の故晋太郎氏以来、総理大臣の座は親子二代にわたる悲願だった。だから、一年ももたずに辞めるわけには意地でもいかないのだろう。「自分は何も悪いことはしていない。ベストを尽くして、やるべきことをやってきた」という思いもあるだろう。そして、安倍晋三個人としては、歴代の自民党選出の首相がやりたくてもできなかった「憲法改正」を自分の手でやり遂げたいという切なる思いもあるに違いない。国を愛する心は誰にも負けないと思っている安倍首相としては「国を愛する教育」、「美しい国を創るための教育」をもとめて、日本のために教育改革を成し遂げる必要があると信じている。そして、来年、北海道で催される洞爺湖サミットの議長をやって歴史に名を残したいという思いもあるだろう。
今、辞めるには未練がいくつもありすぎるし、様々な思いがつよすぎる。そんな、安倍首相を外から見ていると、いかにも上流の家庭で育ったお坊ちゃんだと感じる。そして、「大人じゃないな」と思う。まるで私立の小学校で先生方がちやほやする地方官僚の息子みたいだ。たいして成績はよくないけど級長に選んでしまって、先生が一生懸命フォローしてくれるはずなのに、と安倍さんちの晋ちゃんの家族は思っていた。「それなのに」という思いだろう。
「野党の小沢さんか、実行力のあるわたしかを選択する選挙だ」と、愚かにも自ら政権選択選挙であると叫んでしまった。それなのに、選挙で大敗すると、「参議院選挙は政権選択選挙ではない」という理屈で安倍首相は保身に走った。さらに、愚かにも自民党の派閥の領袖たちのほとんどがわが身大事で「安倍さんごもっとも」と追認してしまった。自民党の行く末が見えてしまった。 |