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| ポスト安倍は元総理大臣の子や孫たちのお遊戯会? |
9月12日、安倍晋三総理大臣が首相官邸で行われた自民党の大島理森国対委員長との会談の席で「首相を辞めるので、代表質問はできない」と辞意を伝えた。
昨年9月26日に発足した安倍内閣は、発足直後の安倍首相の中国と韓国訪問による、小泉前首相の靖国参拝などでこじれていた両国との関係改善の姿勢が高く評価され、内閣支持率も63%ときわめて高かった。国民の期待は大きかったが、閣僚はお友達内閣と揶揄され、首相官邸は仲よし官邸団と小ばかにされる布陣は、与党内からも冷たく軽く見られていた。
政権発足のわずか3ヵ月後の昨年12月、政治と金の問題で佐田玄一郎行政改革担当大臣が辞任したあとは、次々と閣僚の不祥事や不適切な発言が続出し、問題が発生するたびに首相は問題閣僚をかばいつづけた。結果として、辞任させておけば自殺しないですんだかもしれない松岡元農水相を自殺にまで追い込んでしまった。次いで農水相に指名した赤城徳彦大臣も政治と金にまつわる問題と彼の物言いの幼稚さで国民世論の大きな反発を買った。消えた年金問題でも対応のまずさが際立っていた。菅元厚生相に責任転嫁しようとするなど、安倍首相側近の幼稚さが浮き彫りになった。やることなすことが裏目に出て、7月29日のの参院選に歴史的大敗を喫した。
辞めるなら、このときだった。衆議院を解散して、総選挙に打って出ればよかった。そうした潔さもなかった。
1960年5月、安倍首相が心酔する祖父の岸信介元首相は60年日米安全保障条約の批准を国会で強行採決した。賛否両論あるが、安保条約によってアメリカの軍事力の傘の下で戦争とは無縁な社会を形成し、日本は経済成長し、日本国民は世界でもっとも平和を愛する民族となった。中国、ソ連、北朝鮮といった共産国からの侵攻もなかった。50年近くたってみれば、結果オーライだが、60年安保反対闘争はすさまじいものだった。国会周辺では大規模なデモ隊と警官隊が衝突し、死者まででた。岸元首相は赤城宗徳防衛庁長官(当時)に自衛隊の治安維持出動を要請した。この要請を赤城長官は拒否、混乱は最小限に抑えられた。岸首相は自殺を考えるまで追い込まれた。そして、岸首相はこれ以上の混乱の拡大を避けるために、安保条約批准書交換の日に内閣を総辞職した。岸首相は辞任直前に暴漢に襲われ重傷をおっている。岸信介元首相の弟は佐藤栄作元首相。
安倍首相の祖父は、そうした身の危険をも顧みず、命を賭してでも、自らが正しいと信ずる道を選んだ政治家だった。赤城長官も首相の要請に毅然と断る骨のある政治家だった。
気骨ある政治家の孫が同じDNAの持ち主ではないことが、図らずも明らかになった。
潔さにしびれた鳩山邦夫法相の感覚も、「元首相の孫、元外相の子」だから?
国民の大多数も、野党民主党はもちろん、与党の公明党、自民党の中からからも、公然と「あきれた」、「無責任だ」などと批判が続出した安倍首相の辞任を、こともあろうに「潔さにしびれるような思いを抱く」とただ一人賛美した大臣がいた。鳩山邦夫法務相だ。鳩山法相は民主党の鳩山由紀夫幹事長の弟だが、安倍首相の血統とよく似ている。祖父の鳩山一郎は吉田茂内閣総辞職を受け、1954年12月10日から56年12月23日まで総理大臣を務め、ソ連との国交回復や国連加盟を果たした。父威一郎は参議院議員から外務大臣を務めた。母方の祖父はブリジストンの創業者の石橋正二郎だ。祖父が元首相、父が外相、そして、大金持ちの家系で、世襲議員、感覚的に浮世離れしているのだろう。よく似たものだと、笑ってしまう。
元首相の子の福田氏か?元首相の孫の麻生氏か?
ではポスト安倍の一番手といわれている麻生太郎自民党幹事長はというと、母方の曽祖父の父(高祖父)は明治の元勲、大久保利通、母方の曽祖父の妻の父が三島通庸。セメントで知られた麻生財閥の末裔で母方の祖父は吉田茂元首相、妻の父は鈴木善幸元首相と血筋から行けば、安倍晋三よりも上かも知れない。
いわゆる世襲政治家の中でも際だって名門一族出身だ。歯切れのいい言動で自民党支持者の一部に人気がある。しかし、だからと言って、「アルツハイマー患者を小ばかにする」ような発言をするなど、上品さとか弱者への思いやりと言う面では「?」がついてしまう。
次いで首班指名が有力になったのが、後から出てきた福田康夫元官房長官だ。この人はお祖父さんではないが、お父さんの福田赳夫氏が1976年12月24日から78年12月7日まで総理大臣を勤めている。福田家は江戸時代には現在の高崎市内で庄屋(名主)の地元では豪農で名門の家柄。父の赳夫は池田勇人内閣時代に自民党政調会長をを務めたが、池田首相の高度成長政策を批判し、反主流派に転じた。佐藤栄作首相には大蔵大臣、党幹事長、外務大臣と重用され、ポスト佐藤の有力候補だった。しかし、1972年、列島改造論、日中国交回復を掲げた田中角栄に敗れた。1976年自民党総裁に選出され、71歳で総理大臣になった。在任中の77年に起きたダッカ日航機ハイジャック事件で、「人名は地球より重い」という名言を残して日本赤軍側の要求を呑み、身代金を支払い、超法規的措置で拘留中の過激派メンバーの釈放に応じた。このやり方に、欧米諸国からは「テロリストの脅迫に屈した」との批判を浴びた。反面、日中平和友好条約に調印し、東南アジア諸国との関係改善にむけ、77年に発表された「福田ドクトリン」は高く評価されている。78年12月、総理大臣を辞任した。政治理念は岸信介元首相の流れを組んだ「タカ派」と見られていた。
福田康夫は1936年生まれの71歳。もし、総理大臣になれば父子二代つづけて71歳で首相という「遅咲き首相父子」になる。言動にとかくの問題が多かった森喜郎内閣の内閣官房長官、小泉純一郎内閣の官房長官を勤めた。本音をなかなか見せない人だ。
国会議員たちは、「政治信条、政策、主義主張よりも、勝ち馬に乗ろう」
だれが。総理大臣になっても、結局は首相経験者で、財閥との血脈もある大物議員の子や孫たち、お坊ちゃまたちが「次の総理大臣にオレがなる」、「いや、オレにしてくれ」と騒ぎまわっている周りで、陣笠議員たちが「どっちにつくのが得だろうか」を見極めようとうろついているだけなのだ。安倍首相が政策や人柄で選ばれた首相ならば、一年たっても安倍首相を選んだ議員たちは安倍首相を支持し、安倍首相の政治信条や政策の後継者となる人物を選ぶはずだ。
一年前、雪崩を打つように動いて、自民党の国会議員たちは党総裁に安倍晋三を選んだ。「勝ち馬に乗ろう。そして、あわよくば大臣の椅子に座ろう」という魂胆がありありの議員たちが大勢いた。その結果、論功行賞内閣、仲良し内閣が出来上がった。小泉元首相のやり方は信賞必罰、「オレのいうことを聞かないやつは切って捨てる」だったことへの反動だったのだろうが、安倍内閣はあまりにも幼稚だった。「やっていいこと、悪いこと」、「威っていいこと、悪いこと」の区別がつかない閣僚ばかりだった。首相本人は閣僚のいうことを無条件で鵜呑みにする「いい親分」のつもりだったのだろう。安倍首相は、いつの間にか「裸の王様」になっていた。側近の誰もがその琴を進言しなかった。
そして、今回も同じように自民党の議員、派閥は福田指名に雪崩を打つように動いている。「主義主張, 政策、政治信条、そんなものより、勝ち馬に乗って主流派になろう。あわよくば」と考えている議員たちばかりなのだろう。ここにきて、ふたたび派閥が活発に動き出した。小泉元首相によって、自民党は脱派閥をとげて、近代政党に生まれ変わったはずだった。安倍首相も脱派閥を主張した。それなのに、派閥が躍動している。自民党は後退している。
政治は国民のレベルを繁栄するもの。自民党や国会議員を馬鹿にするわたしたちのレベルが、あの人たちと同じということだろう。
アジア3カ国歴訪中、おかゆと点滴ほんとう?
9月12日、20時46分発出の時事通信によれば、「8月下旬のインドなど3カ国歴訪前からは食事もままならない状態となり、おかゆや点滴でもっぱら栄養を取ってきたという。」と書かれており、9月13日付けの朝日新聞にも、官邸関係者の談話として、同行した関係者は「期間中は常時、医者のお世話になっていた」と語るとえり、シドニーでも点滴を打っていたと書かれている。
ということは、ここクアラルンプールでもいかゆや点滴で栄養を取っていたというふうに聞こえる。同行の医師には通常、訪問国の医師免許はない。したがって、医療行為はできない。ところが、点滴は明らかな医療行為で治療でもある。もちろん、外国の首相がこの国を訪問中に体調を崩して、同行の医師に治療してもらうことにマレーシアは公式には抗議はしないだろう。しかし、そうした行為は、日本の首相や同行者は「この国の医療レベルが信用できない」と考えているのと同じと受けとるだろう。日本から外国に訪問中の医師は、大災害時などで特別の許可がない限り医療行為をしないのがマナーだ。せいぜい、患者本人のアレルギーなど特別な状況についてのアドバイスだけだ。治療行為は遠慮すべきだ。日本政府もそこまで傲慢ではないだろう。同行してきた外務省の役人たちを見ていると、いかにも杓子定規で、上司の命令どおりに忠実に動いているというふうに見える。相手国の敬意を表するかどうかは、上司しだいだなとも感じたから、マナー違反もありえないことではないと思う。でも、こういう役人根性の人ほど、あとで叩かれるかもしれない同行医師による点滴など、口が裂けても言わないだろう。
関係者の話では、おかゆをたべていたというのはほんとうらしい。しかし、点滴については誰も知らないという。点滴をしたなら、地元の医療機関が関与している可能性があるが、現時点ではそうした医療機関はない模様だ。
どうやら、12日の安倍首相の辞任表明後、首相が与謝野官房長官に、体調がわるいことをあえて明かすように頼んだらしい。おかゆに点滴は官房長官の記者会見後、官邸関係者の口から語られ、それを鵜呑みにした記者の何人かが記事にしたのだろう。
冷静に考えればおかしい。辞任声明の3日前、シドニーでの記者会見で、海上自衛隊の給油活動について「職を賭して取り組む。当然、職責にしがみつくということはない」と述べている。その本人が「実は体調が悪くて、職責を全うできない」なんて、どういう神経をしているのだろうと誰もが思う。国際公約である「テロ特別措置法」をどうしても通したかったら、最悪のケース、2カ月以上の国会開催が必要だということぐらい国会議員なら誰でも知っている。是が非でも11月1日までに法案を通すというなら、8月中旬に衆議院で可決しておかなければ、参議院での野党の引延し作戦に対抗できない。参議院戦後に開かれた臨時国会をそのまま継続すればいいことだった。それなのに、安倍首相はのんびりアジア3カ国歴訪の旅に出てしまった。自分で自分を追い込んでいる。それで体調が悪いもないだろうし、訪問国で同行の医師に点滴というのもおかしい。
クアラルンプールでの記者会見では、確かに体調はよくないようだった。しかし、自分が病気だということを、殊更に誇張することで国民の理解を得ようというのは甘い。官邸の記者会見にあつまる記者よりは辛らつに冷静に政治を見つめている国民だって数多くいる。国民のすべてがすべてお人よしで、だまされやすい性善説のもちぬしではないのだ。 |
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