2月19日午前4時7分ごろ、千葉県南房総市の野島崎の南南西約40キロの海上で、海上自衛隊のイージス護衛艦「あたご」(基準排水量7,750トン)が、千葉県勝浦市のマグロはえ縄漁船「清徳丸」(7トン)と衝突、清徳丸の船体は二つに折れ、乗組んでいた勝浦市の漁師吉清治夫さん(58)と治夫さんの長男で漁師の哲大さん(23)が行方不明になった。
個人的には、勝浦市にも野島崎にも、それぞれ数十回も行っているだけに思いいれがふかい。勝浦は平和でのどかな漁師町だ。太平洋に面した野島崎に近い江見、太海、和田浦、白浜はお花畑がきれいだ。沖合いを黒潮が流れる外房は、自然の雄大さ美しさと、のどかさと平和の象徴だった。そこで、自衛隊によって、二つの生命が失われようとしている。二人が生存している可能性はゼロではない。奇跡が起きてくれればいいと思うのだが・・・
自衛隊による事故というと、1971(昭和46)年7月30日午後2時2分ごろ、岩手県岩手郡雫石町付近の上空28,000フィート(約8,500m)で、定刻よりも45分遅れで札幌・千歳空港を離陸した全日空58便(ボーイング727‐200)が、訓練飛行中の航空自衛隊第一航空団松島派権隊所属のF‐86F戦闘機と接触、両機とも墜落した。自衛隊機は空中で分解し、田んぼに落下したが、訓練生はパラシュートで脱出し無事だった。全日空機は速度が急加速し、音速の壁を突破し、15,000フィート上空で空中分解した。乗員7名、乗客155名、全員が死亡した。
雫石事故は、訓練生を指導していた教官の発言や態度がマスコミの批判を浴び、国民の自衛隊への不信感を増幅させることになった。全日空機側にも過失があるという意見もあるが、主たる原因は自衛隊側にあるとされている。
1977年9月27日、在日米軍厚木基地(海軍飛行場)から太平洋上の航空母艦ミッドウェイに向かった訓練中の米海軍戦闘機ファントム戦術偵察機が、離陸直後にエンジン火災を起こして墜落、乗員2名はパラッシュートで脱出し横浜氏緑区に降りた。自衛隊の救難ヘリは2名の米兵を救出し、基地に移送したが、無事だった
放棄された機体は現在の横浜市青葉区の住宅地に墜落し、墜落地周辺は火災になり、市民9名が死傷した。男児2名の兄弟が翌日死亡した。兄弟の母親は事故から4年4ヵ月後に心因性の呼吸困難で死亡した。このニュースを伝えたNHKの加賀美幸子アナウンサーは号泣しながらニュースを読んだという。 「横浜米軍機墜落事故」は、日本の自衛隊が米兵のみの救出にあたり、民間人の死傷者を放置したことで問題になった。
1988(昭和63)年7月23日午後3時38分に、横須賀港北防波堤燈台の東約3キロ沖合いで起きた、海上自衛隊第2潜水艦群第2潜水艦隊所属の潜水艦「なだしお」(排水量2,250トン)と遊漁船「第一富士丸」(近藤万治船長・154総トン)が衝突し、「第一富士丸」が沈没し、乗客39名と乗員9名のうち30名が死亡、17名が重軽傷を負った事故では、高等海難審判庁は、第一富士丸には定員オーバーと、著しく接近してから左に舵を切ったという過失があるものの、潜水艦「なだしお」の回避の遅れが事故の主たる原因という裁決を下した。海難審判庁の審判の最中に「なだしお」の航海日誌の改ざんが発覚している。
自衛隊には「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持にあたる」のが任務だという。国民の生命や財産を脅かす権利はないのだ。戦闘機にしろ、潜水艦にしろ、イージス護衛艦にしろ、戦闘行為を目的としてつくられたものである以上、一般の国民に、どんなことがあっても被害を及ぼしてはならないはずだ。
戦闘機ならば故障や事故があっても脱出装置で安全に生還することができる。だからどこをどうやって飛んでもいいということではない。貨物船、客船、遊覧船、漁船、ヨット、クルーザーが行きかう海の銀座通りとも言える海域では、自衛隊の艦船はどういう航行をすればよいか、「なだしお」の事故で十分に学習したはずだ。野島崎沖から伊豆大島にかけては、漁場に向かい、あるいは漁を終えて帰る漁船が多く航行している海域だ。もちろん、東京港に出入りする船舶も多い。細心の注意が必要な海域なのだ。
海の守りを固める海上自衛隊の巨大な鉄の塊の艦船だから、木の葉のような漁船がよけるのが当然と思い込んで、「そこのけ、そこのけ、自衛隊様が通る」で押しのけていくのは傲慢というものだ。「ぶつかって沈没しても、避けなかったお前が悪い」というのでは、日本の国防を任せることはできない。
「横浜米軍機墜落事故」以来、自衛隊は日本人の生命よりも、米軍の兵士の救出のほうが優先するのかという疑念が多くの国民に残された。インド洋上の米軍への重油移送は、こうした防衛省(当時は庁)や自民党の感覚に起因するのだろう。
自衛隊は、自分たちは日本を守っているんだという自負があるのかもしれないが、国民の大多数は、平和な国ニッポンに安心しきっている。また。自衛隊に不信感を持っている。ただ、現実的には、北朝鮮や中国のような国を近くにもつ日本は、いつミサイルが飛んできても不思議はない状況なのだ。自衛隊も米軍も必要なのだ。米軍は必要悪と言ってもいい。隙があれば日本の領海を清反してくる中国軍だって油断がならない。金正日総書記がもっと思い切った言動をしてくれれば、自衛隊必要論がつよまるだろう。
しかし、現時点では、自衛隊の存在理由が分らない人のほうが多いのだ。だから、どんなことがあっても、日本の平和と同時に国民の生命を守るという心意気と、世論を大切にするという謙虚さが必要だ。自衛隊が思い上がって、一般の国民を無垢脱したような態度をとれば、ここぞとばかりに、マスコミは叩くに決まっている。そうしなければ、第二次世界大戦以前の日本の軍人さんが闊歩していた時代に後戻りしてしまう。できることなら、自衛隊なぞ必要のない国になってほしいというのが、大多数の国民の願いなのだ。
海上自衛隊は謙虚に冷静に事実を把握して包み隠さずに公表し、陳謝すべきはすみやかに陳謝しなければならない。そうでないと、もしも、いつものように記録を改ざんしたり、都合の悪い事実を隠したりすれば、自国民に銃口を向け死傷させてしまう、ミャンマーや中国、スーダンなどのアフリカの独裁国家の軍隊と、国民を死亡させたという結果だけ見れば同じになってしまう。そして、マスコミの論調はそうなる。ミャンマーやスーダンなどでは、兵士が上官の命令、自分の意思で自国民(日本人も殺されたが)を殺害している。明らかに殺人の意図があってのことで、自衛隊の事故とは異質なものだ。それでも、十分な注意を払っていれば、避けられた事故であることには間違いない。それでも、自国民に銃口を向けて殺戮する国の軍隊と同じレベルの軍隊と思われてしまうだろう。
事故発生後、案の定、「あたご」の説明は二転三転した。防衛庁内でも、制服組と背広組みの見解が分かれた。海上自衛隊のOBたちは、漁船などの多い野島崎沖の海域で迅速に操舵ができる手動航行でなく、障害となる小型船舶がほとんどない大海原航行するように自動航行で航海していたか理解できないという。
「あたご」は当初、衝突の2分前に「清徳丸」を発見し、逆
反戦思想のつよい日本では、マスコミが自衛隊の過失を徹底的に叩く。社民党が何と言おうと、自衛のための軍備は必要なのだ。話せば分かり合えると信じている人がいるなら、北朝鮮やスーダン、ジンバブエ、イラク、イランに行ってみるといい。日本人の多くは、「またかよ。バカな連中だな」と鼻で笑ってしまった先日の北朝鮮とのサッカーの試合の中国人のブーイング騒ぎ、そして、飛び蹴りまでやらかした中国戦での中国選手、北朝鮮人レフリーの態度を見れば、どういう国か分るだろう。かの国々はいつどんなときに、日本に向けてミサイル発射ボタンを押しても不思議のない国なのだ。
だから、イージス艦も必要なのだ。日本にとって必要な自衛隊なのだから、国民の大多数に愛され信頼される存在になって欲しいと願っている。 |