マレーシアの第12回総選挙は連立与党の国民戦線(BN)が下院222議席のうちの63%の140議席と過半数を獲得したものの勝敗ラインとしていた3分の2の148議席に届かなかった。対する野党はいくつかのスキャンダルとマハティール前首相との確執で失脚していたアンワール・イブラヒム元首相が選挙協力を呼びかけ、候補者の一本化を図るなどした結果、アンワール氏がアドバイザーをする国民正義党(PKR)が改選前の1議席から31議席に躍進させ野党第一党になった。中国系野党の民主行動党(DAP)も改選前の12議席から28議席に倍以上の議席増となった。野党全体で82議席を獲得した。
州議会選挙(サラワク州を除く)も野党が躍進し、教条主義的なイスラム政党であるPAS(全マレーシア・イスラム党)の牙城のクランタン州だけが州政府を野党が握っていたが、今回の選挙でケダ州、ペナン州、ぺラ州、セランゴール州の4州で野党が州議会の多数を占め、半島部5州の州政府の実権を野党に奪われた。
連立与党BNはとくに大都市部で支持を失った。クアラルンプール連邦特別区(州議会はない)では、下院13議席のうちBNが3議席、DAPが5議席、PASが1議席、PKRが4議席を獲得し、野党が10議席となった。
クアラルンプール連邦特別区(下院議席数与党3:野党10)、セランゴール州(下院議席数5:17)、ペナン州(下院議席数2:11)と大都市部、マレーシア経済のけん引役である工業地帯のある、中流階級の多い州で野党が多数の議席を獲得したことから、経済成長は経済成長として受け止めているものの、与党連合BNの政権運営、硬直化した行政府に対し不平不満が多いことが裏付けられた。
この選挙結果を受け、マレーシアの株式市場(KLSF)は前日比7.5%減の大暴落となった。投資家の間では、BNの長期経済計画の先行きを懸念しているとともに、イスラム教条主義政党のPASが議席数を増やしたこと、イスラム急進派の支持者が多いとみなされているアンワール・イブラヒム氏の影響力が高まったことへの警戒感があるからと見られている。もちろん前回2004年の総選挙で与党BNが90%、199の議席を独占したことへのゆり戻しもあるだろう。
しかし、株式市場の警戒感は杞憂に終わるだろう。PASの指導者のニック・アジズ氏は温厚で実直な人格者であり(直接会って、インタビューしたときの印象)、銃火器をもって人を傷つけるような人ではまったくない。ニック・アジズ氏は、イスラムの教えに従い、平和に穏やかにすごし、子供たちの健全な育成のために、欧米流の節操のない線香花火のような文化を廃除していこうとしているだけだと信じている。
アンワール・イブラヒム氏も、マハティール首相の元で副首相だった頃はアメリカ経済に造詣がふかく、人脈もあり、経済政策通として知られた。1997年のアジア経済危機の対処法などをめぐってマハティール前首相との意見の対立はあったが、高馬力で強引にマレーシア全体を引っ張っていくエンジンのようなマハティール前首相の、ほどよいブレーキ役でもあった。そして、アンワール氏ブミプトラ政策を信奉し、利権を甘受するUMNOのシンボル的存在だった。大学生時代のイメージからイスラム急進派的な人たちに担ぎ上げられたが、アンワール氏はもっと現実を冷静に見て分析している。政治的能力は十分に評価できる人物だ。
そして、アンワール氏が引きつけた票はマレー人ばかりではない、中国系、インド系も多い。彼らを裏切ることはできないし、してほしくない。多民族の支持を受けたリーダーになってほしい。そして、わたしたち外国人が平和で安全に暮らせる国にしてほしい。同じことを与党連合BNにも言いたい。「マレーシアは住みやすい、いい国だよ」と日本に帰ったときに、自信を持っていえる国にしてほしい。
アブドゥル・バダウィ首相は続投の意思を表明している。高度経済成長を引っぱった偉大だったマハティール前首相の後を引き継いだだけに、難しい舵取りだったはずだ。マハティール体制を維持しながら、アブドゥラ・バダウィ流の安定した走りに慎重に移行してく中で、様々な問題が発生してきた。メディアが今回の選挙結果の理由として掲げた、物価高や犯罪発生率の増加、汚職の蔓延などに対する失望感、ブミプトラ政策への不満などをあげている。しかし、経済が発展すれば、物価が上がり、一時的に犯罪発生率も高くなるのはしかたのないことだ。現実には大多数のマレーシア人は、マレー人も中国系もインド系も、この国の経済発展の恩恵に浴している。平和で安全な社会に浸っている。不満を抱えている中国人も、インド人も不安定要素が充満した中国やインドに戻りたいと思う人はいないだろう。誰もが、「マレーシアはいい国である。自分たちの国だ」と認識している。だからこそ、言いたいこともあるのだろう。
経済発展、社会の発展に乗り遅れた人たちが犯罪者になるのは極自然のことだ。もちろん、警察の充実、社会的な啓蒙活動が必要であることは言うまでもない。連立与党に課せられた仕事だ。
ブミプトラ政策について外国人であるわたしには物申すことはない。ただ、わたしは多民族国家であるマレーシアには必要な政策だと思う。セルビアやモンテネグロ、コソボのような地で血を洗う民族抗争を防ぐための防護壁だと思う。たしかに批判は多い。しかし、システム的にはゴルフのハンディキャップと同じことだ。ゴルフを楽しんでいる人たちにブミプトラ政策を批判する資格はない。
今回の選挙結果は与党連合の国民戦線BNにとっては深刻な事態だろう。多民族多宗教国家の運営には3分の2以上の絶対多数が必要だというが、マレーシアの政党も国民も平和で安全な暮らしをしながら、着実に経済的に豊かになっているという現実の前に、新たな火種をもちだすことはない。マレーシアのいい面を認識し、なおかつ現在よりよい社会にしたいという希望がつよいということだろう。
しかし、こうした結果が公明正大にでたということは、マレーシアという国の民主主義、選挙制度が健全に機能しているということの証拠だ。マレーシアは世界に誇っていいと思う。
多くの発展途上国では、大きな選挙があると支持者同士の喧嘩や殺し合いがある。パキスタンのブット元首相のように有力候補者が暗殺されてしまうこともしばしばだ。自分の応援する候補者に不利な地区の投票箱を持って逃げてしまう国もあるし、開票作業で奥の手を使い得票数を操作する国も多い。警察の幹部が応援する候補者の対立候補を冤罪で逮捕してしまう国もある。
公正な選挙、開票をしたから、与党に不利な結果が出た。閣僚を三人失った。だからこそ、マレーシアの選挙結果は信用できることが、世界にアピールできたと思う。反対勢力がある程度の力をもつことはいいことだ。議会で、いろいろな意見が出て議論が白熱する。役人たちも、これまでのように片一方にばかり密着していたら、そんな役所はいらないということになってしまうから真剣になる。これは日本の政治のことを言っているのだが、勝ちすぎはおごりにつながる。力のある野党が出てきて、国民もいろいろな意見を聞き、自分の意見を持つようになる。
マレーシアのいいところは、対立しても血まみれにならないことだ。一度は表舞台から消えた人であっても、数年後には再度挑戦することができる。アンワール氏もその一人だ。
アブドゥル・バダウィ首相の政権運営は、それ行け、やれ行け時代が終わって、もう一度、マレーシアという国の発展する方向やスピードを見直しているという感じがする。
日本もそうだが、「地方の経済発展のために道路を造れ」と騒いでいる勢力がある。地方の発展を口は言いながら、財布を広げて待っている、議員や自治体の長、官僚、土建業者が口をパクパクさせている。マレーシアにとっても、そういう政治家や官僚を駆逐するにはいい機会だったのではないだろうか。 |