自然災害?それとも天罰?
 ミャンマーの人々にすくいは

 5月2日から3日にかけてミャンマー(ビルマ)を襲ったサイクロンの猛威で1万人を超える人々が死亡したらしいというニュースが5日の午後に伝わってきた。
 ミャンマー人民は、北朝鮮人民や中国のチベット自治区や新疆ウィグル自治区、内モンゴル自治区の人々と同様に、軍政による人権弾圧、民主化弾圧で苦しみつづけている。中国や北朝鮮でもそうだが、人権弾圧や民主化の陰に隠れていた、政府による電気、水道、下水排水、災害対策などに対する社会基盤整備が致命的に遅れている。
 国家とは国民の生命と財産を守ることが最低限の責務だ。金日成・正日親子による北朝鮮の主体農業政策で北朝鮮の農地は疲弊し壊滅状態になっている。大雨が降っても、雨が降らなくても食糧危機に陥り、国民の多くが餓死する。平年並みの収穫があっても外国からの援助米なしには国民は飢餓状態になる。1990年代 直接的原因は水害、エネルギー不足による肥料生産減少と輸送の困難、非現実的な主体農法による農地の疲弊が原因で数十万人から数百万人が餓死したと言われている。中国では、1877〜78年に干ばつが原因で飢饉となり950〜1300万人が餓死したという。また、1958〜60年 毛沢東が推進した大躍進政策の失敗で少なくとも2000万人が餓死している。中国の餓死者は桁違いで驚くばかりだが、北朝鮮も中国も大飢饉によって国民が疲弊していること、大量に餓死していることを隠しとおそうとする。他国の援助によって自国民を救うことよりも、他国に弱みを見せないという国の面子や、独裁政権の政策のミスが国際社会にさらされるのを恐れるのだろう。ミャンマーも公表されていないが似たような状況にあると想像される。
 もっと現実的なのは、2004年12月26日に起こったスマトラ沖地震・津波の被害者数だ。インドネシア、スリランカ、インド、タイ、モルディブ、バングラディシュ、マレーシアなどインド洋沿岸諸国、アンダマン海、ベンガル湾などに面した国々で20数万人の死者をだしたのに、震源地と向かい合うミャンマーでは死者が60〜80人だったという。このときもミャンマーは各国の国際緊急援助を「不要」と断った。地形的に見て、数千人、数万人の死傷者がでても不思議ではないのに、隠しとおしてしまった。
 おそらく、アンダマン海やベンガル湾には中国の基地があったり、自国の軍事施設もあるので見られたくないというのと、欧米諸国、先進国の軍隊、国連や近隣の比較的裕福な国の人々が援助にやってきて、自国の情報が他国に伝わり、他国の情報が国民に知れるのが嫌なのだろう。軍事政権にとっては国民の生命や財産、権利よりも軍の利権確保、私利私欲を肥やすことのほうが重要のようだ。
 ほかの国では、エチオピアで1972〜74年の飢饉で約20万人が餓死している。サイクロンの被害では、バングラディシュで1970年(当時はパキスタン)に30〜50万人が死亡。1991年には約13万8000人が死亡している。また、インド・オリッサ州で1999年に 1万人以上が死亡した。
 これら大規模な自然災害の起こる国の大多数は、自己の利権確保だけに走る指導者が牛耳っている国だ。先進国と呼ばれる国々は、国家と国民のために、災害を未然に防ごう、災害による被害を最小限にとどめようとする努力をしている。国民の生命と財産を守り、自由で平和な国を構築する努力をしている。

 大型サイクロンは森林を破壊し、土壌を劣化させ。海岸地帯を侵食させて、食糧の生産の減少を招くなどの二次災害を招いている。今回のミャンマーのサイクロン被害も、まず、暴風による高波などによる一次被害で2万人以上の人が死亡し、家を失うなどした被災者は100万人以上とも言われている。そして、二次被害として、汚染された水などによる疫病、感染症の流行と、並行して起こる飢餓による衰弱などが一次災害以上の数の人々を苦しめるだろう。災害救助隊による被災者の救出、一刻も早い生活環境の回復には、数千人の諸外国の援助活動が必要だ。疫病や感染症などの治療をする医療チームの援助も一刻を争う。国連機関や米軍、日本の自衛隊の救援活動があれば、数万人の単位でミャンマー国民の生命は救われるだろう。
 しかし、軍事政権は援助金と援助物資は受け取るが、人的援助は必要ないと拒んでいる。一方で、軍政の首脳たちは援助物資を持って、恩着せがましく被災者を励ましに歩いている。軍もあたかも自分たちで物資を調達してきたかのようにふるまっている。自分たちだけが被災した国民の救援にあたっていると見せることで、10日の憲法の国民投票を有利にしようという魂胆だろう。軍政にしてみれば、サイクロンは降って湧いたような幸運だと勘違いし、国民のために働く軍というイメージを見せるために、この好機を逃すまいと必死なのだろう。
 国民の多くは、サイクロンに関する十分な予報を出さずに災害を拡大させたのは軍だということを知っているし、軍の力では被災者たちは救われないということも知っている。反発こそすれ、感謝する国民は皆無だろう。中国と北朝鮮を除く国際社会も、国際社会の人的援助を受け入れない軍政を非難する声が大きい。軍政とすれば、できるだけ援助物資はすべて軍がコントロールし、貯えに回したり、換金性の高いものは売って自分の懐を肥やそうとしたいのだろう。今なら、食糧などは北朝鮮やバングラディシュに高額で売ることが出来るからだ。もちろん、軍政には現金の援助が一番だ。
 スマトラ沖の地震・津波のときもそうだったが、援助物資が末端にまで届かない。どこかでネコババしている小役人がいる。ミャンマーでは軍がネコババするのだろう。現実に救援物資がすでにヤンゴンなどでマーケットに売りに出されているというニュースもある。せっかくの救援物資を軍政に渡してしまえば、彼らの懐を肥やすくらいわかりきっていることだ。国連機関もよくよく注意しないと、本当に必要な被災者が何万人のオーダーで死んでしまう。

 こういう低レベルの政府の国の大規模な自然災害の援助には、監視の目は絶対に必要だ。人的援助を受け付けないなら援助は見合わせるのが無難だ。ほんとうに援助が必要な国民に行きわたらない援助は意味がない。そのせいで、何万人という死者が増えたとしても、それはミャンマーという国が悪いのであって、国際社会に責任はない。もちろん、被災者には頑張って、一人でも多くが生き抜いてもらいたい。
 わたしたちには、祈ることしかできない。
 ミャンマーの人々も北朝鮮の人々も、中国のチベットや新疆ウィグル地区、内モンゴルに人々も、独裁国家に生まれたという先天的に不幸な運命を背負っている。政治が悪ければ、自然災害も増えるし、被害も膨らむ。わたしたち外国人には、所詮外野席の観客でしかない。福田首相にとっては、ミャンマーの人々が何万人死のうが、関心の外だ。
ミャンマーの人々は、「神が下した運命なんだよ」と思いたくても、信教の自由さえもない。悲しいかな、すくわれる道はない。仏様の国なのに、神も仏もない。悲しいことだ。

 
     
 
 
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