マハティール前首相が鳴らした警鐘
 5月19日、マハティール前首相が与党連合のBNの中核である統一マレー国民組織(UMNO)を離党したという発表があった。
 マハティール前首相と、アブドゥル・バダウィ首相とは今年3月に催された総選挙で、与党連合が下院と州議会で大きく議席を減らし、絶対安定多数である三分の二の議席を割り込み、5つの州で州議会のイニシアティブを野党に奪われて以後、様々な確執が取りざたされていた。総選挙終了後から、前首相はアブドゥラ首相の退陣を求めていた。
 内閣改造では、(選挙で落選した主要閣僚もいたが)前首相に近いと見られていた閣僚たちが姿を消し、アブドゥラ色がより鮮明になり独自路線を走り始めた。アブドゥラ首相は辞任要求を拒否し、「なぜ辞任しなくてはならないのか。わたしにはやるべき仕事がある」と述べた。
 総選挙ではアンワール・イブラヒム元副首相が野党の人民正義党(PKR)民主行動党(DAP)、汎マレーシア・イスラム党(PAS)の連合の参謀的役割を担い、PKRは31議席、DAPは28議席、PASは20議席を獲得、前回の総選挙で野党が獲得した20議席の3倍を上回る79議席を獲得する大躍進となった。州議会でも、工業化が著しいペナン州、セランゴール州、ケダ州でも野党が政権を奪う結果となっていた。
 アンワール・イブラヒム氏はマラヤ大学の学生時代にはモスリムの学生組織であるABIMを結成し、会員数35,000人の組織のカリスマ的指導者だったことから、イスラム教条主義者、原理主義者と見られることが多かったが、実際には「西欧化や世俗化に代わりうる存在として、伝統的なイスラームにこだわらずに、近代的な宗教であり文化であるイスラームを考える」グループだった。つまり、キリスト教文化に敵対する宗教・文化ではない、もっと広い視点でイスラームを見つめる人だった。1974年、27歳のときにデモに参加したときに国内治安維持法で逮捕され、22ヶ月間拘束されている。その後、ラザク首相やマハティール首相の説得でアンワール氏はUMNOに参加し、頭角を現した。
 アンワール氏はマハティール首相の右腕として実力を発揮して、マハティールの後継はアンワール・イブラヒムで衆目が一致していた。1997年のアジアの通貨危機までは二人は蜜月状態だった。袂を分かつきっかけとなったのは、アジア通貨危機の対応策をめぐってだった。財務大臣だったアンワール氏は国際通貨基金(IMF)の経済復興策を受け入れて、18%の政府支出削減、大規模公共工事の凍結を打ち出そうとした。マハティール首相は、国家発展のためには大規模プロジェクトを継続するべくだと考えた。
 マハティール首相は、国際的な投機家のジョージ・ソロス氏のような存在を徹底的に批判し、マレーシア・リンギを守り、外国為替管理を統制した。自由主義経済を提唱するアンワール氏との対立は深まった。わたしたち外国人の目には、マハティール首相の選択は強引すぎると思えた、しかし、結果的には、マレーシア経済はスピードが少しおちたものの、沈没することなく順調に推移した。マハティール首相の決断は正しかった。
アジア通貨危機ではインドネシアのスハルト政権が崩壊し、クローニズム(政権の取りまき重視)、ネポティズム(縁故主義)が癒着を生み、汚職の温床となって国の成長を阻害しているとされた。同じ時期、マレーシアでも取りざたされた。しかし、現実にはマスコミはいっさい触れなかった。
 アメリカ式の自由主義経済を志向する進歩的モスリムであるアンワール氏にとって、マレーシア経済のみならず国家としてよりいっそうの活力をもつには何が必要か?それが、今回の総選挙のバックグラウンドにあったのだろう。アンワール氏の失脚後、彼の支持者たちは「改革」を叫んだ。改革とは既存のコローニズムやネポティズムの排除だった
 マハティール前首相は「欧米式の民主主義が普遍的に正しいのではない。アジアにはアジアの、マレーシアにはマレーシアの民主主義がある」。自由という概念も、「銃をもつ自由と権利によって多くの命が奪われるなどの社会不安があるアメリカの自由が普遍的なものではない」という考え方をする。欧米式の価値観では、この国は守れないし、発展できないと言いつづけていた。
 この国に必要不可欠なものは、多民族多宗教の国民をいかに統合するかという理念であって、その象徴がブミプトラ政策だ。無制限な自由と平等ではボスニア・ヘレツェゴビナやコソボのような血で血を洗う民族対立を引き起こす可能性がある。そうならないために、いかに批判されても、マレー人優遇政策であるブミプトラ政策は必要だ。優遇されている間にマレー人は自己の能力を拡大させ、他の民族よりも優れた企業家や学者を輩出すればいいと、マハティール前首相は主張していた。しかし、政権末期、マハティール前首相はブミプトラ政策によってもマレー人が育たなかった。逆に特権にあまえて努力をしなくなったと涙を流し嘆いていた。
わたしの個人的な意見としては「ブミプトラ政策」の廃止には反対だ。ただ、「ブミプトラ政策」の恩恵を利権としているやり方にはもっと反対だ。「ブミプトラ政策」を活用して、人種に縛られず、貧困家庭の子弟で向上心があり、才能がある子供の将来に明るい可能性を持たせてやってほしいと思うし、企業で働きながら卓越した才能があれば、どんどん公官庁の重要なポストを与えていってほしいとも思う。真にマレーシアの明日を担う若者を育てていく政策へと徐々に変革させていってほしいと思う。
 また、マハティール前首相が掲げた大規模な公共工事が悪いとは思わない。マレーシアは不況時にあっても、道路や橋梁、港湾の整備などを進めてきた。国家の骨格を丈夫で効率的なものにすれば、安定的な経済発展が望める。一方で大規模事業がもたらす経済効果も大きいし、それが若者を育てることにもつながる。日本のようにろくに車が通らない有料道路のような無駄な道路を作っているのではない。LRTも延伸している。必要なインフラ整備なのだから。
 マハティール元首相の「マレーシアで流血の民族対立だけは絶対に避けたい」という願いは切実だと思う。だからこそ、三民族を代表する連立与党が議席の三分の二以上の絶対多数をもって、政権運営をする必要があるというのだろう。与党連合が三分の二を大きく割り込み、野党三党が勢力を伸ばしつつある。しかも、三党の後ろにはアンワール氏がいる。野党三党は、ブミプトラ政策の利権や恩恵を一手にしてきたUMNOに対し批判的だ。アンワール氏もブミプトラ政策の利権によるクローニズムやネポティズムによって勢力を維持してきたUMNOの旧態依然とした体質を批判して野党勢力をまとめてきた。
 誰よりもマレーシアを愛し、驚異的な発展を遂げさせ、貧困に甘んじていたマレー人の生活レベルを著しく向上させてきたマハティール前首相からみれば、一歩間違えば第二のコソボになりかねない、自分とともに走ってきたマレーシアが危ないという懸念が起きたのだろう。それなのに、UMNOのリーダーたちは危機感をもたず安穏としていると思えて仕方がなかったのだろう。
 もちろん、アブドゥラ首相も重大な危機感をもって政権を運営している。そんなことはマハティール前首相はよく知っている。自分が後継に指名したアブドゥラ首相を厳しく非難することで、UMNOのリーダーたちの意識を変えさせようという思いがあるのだろうと思う。
 マハティール前首相のUMNO離党、アブドゥラ首相への辞任要求は、「これ以上、野党が勢力を拡大したら、ブミプトラ政策は急速な転換を迫られるかもしれない。そうしたらマレーシアはどうなるか?よく考えて、アンワール氏以上の知略をもって政権を運営しろ」という悲痛な叫びのように聞こえる。
 
     
 
 
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