死刑囚を死刑にした法相を「死に神」という
朝日新聞の異常な感覚
 6月18日の朝日新聞夕刊の「素粒子」に「永世死刑執行人、鳩山法相、またの名、死に神」と書かれていた。

 法相が、死刑判決が確定した死刑囚に対する死刑の執行を指揮するのは、法律に基づいた行為であり、法相には死刑執行を指揮する義務がある。殺人や強盗殺人、放火殺人など凶悪犯罪を犯した者には、裁判によって死刑に処することがあると明記されている。法に基づくこの行為を「死に神」と呼ぶのは、日本の刑法、裁判制度を否定するものだ。

 死刑囚の死刑執行の指揮をしなかった、あるいはほとんどしなかった法相を、あたかも人道主義者であるように思い込んでいる自称文化人、自称人権主義者が(素粒子に「死に神」と書いた人も含めて)いる。法相の義務を遂行しないで法相に座に留まるのは正常な神経ではない。それを賞賛するのは、被害者の生きる権利やその遺族の人としての苦渋を否定するものだ。

 いうまでもなく、宮崎勤死刑囚の犯した連続幼女誘拐殺人事件は、十分すぎるほど死刑に値する犯罪であって、宮崎死刑囚が更生の可能性があるとして、特別な恩赦によって社会に戻された場合を想定してみれば、彼が更生すると信じる法律家がいたら、売名意欲のつよい異常な精神の持ち主だと、誰もが考えるだろう。宮崎死刑囚や秋葉原歩行者天国の無差別大量殺人事件の加藤智大容疑者のように、人を人と思っていない犯罪者はけだものであって、人権など存在しないと考えるほうがいいだろう。

 「永世死刑執行人、鳩山法相、またの名、死に神」。こうした文章を臆面もなく載せる朝日新聞が、自社を襲撃され、記者が殺傷された事件を、20年余りたった今も執拗に掘り起こしている。もちろん、銃による暴力が「言論の自由」を奪おうとする行為は許しがたい。では、もし、(時効が成立しているが、)狙撃した犯人が見つかった場合、朝日新聞は時効によって消滅し、新たに発生した権利を素直に認めて、犯人の人権に十分な配慮をするというのだろうか。殺害された小尻記者の父親も「自分らには時効はない」と言っている。

 「言論の自由」だけが民主主主国家のもとめる人権ではない。少なくとも日本には、国民の大半が満足とはいえないまでも納得している憲法があり、憲法には国民の権利と義務がうたわれている。日本のすべての法律・条令は原則的に憲法の精神に則っている。

 死刑を廃止しろと叫んでいる人たちがいる。それでも、死刑は日本の法律できめたれている。死刑を廃止するには、まず刑法を改正しなければならない。一流であるはずの朝日新聞が、三流週刊誌の見出し並みの「永世死刑執行人、鳩山法相、またの名、死に神」は、大手メディアのおごりでしかない。センセーショナルな文章を載せて、文化的人権派のジャーナリストを気取ったつもりかもしれないが、三流週刊誌のフリーのルポライター以下の下劣な物書きとしか評しようがない。淡々と死刑廃止論を述べ、支持する人々とともに活動すればいいのだ。

 死刑撤廃は、国民投票が必要な法改正のレベルだ。現実には80%以上の国民は死刑制度の継続を支持するだろう。異常な犯罪がふえ、秋葉原通り魔事件のあった直後の今なら、もっと死刑賛成のパーセンテージは高いのではないか。

 朝日新聞に知識人の好む大新聞という誇りがあるのなら、一度、やらせではない世論調査をして、死刑の是非を問うてみればいい。ついでに鳩山法相は「死に神」かも問うて診ると面白い。2004年に政府が行った死刑制度に対する世論調査では、「廃止」6.0%、「存置」81.4%、その他12.6%となっている。「死刑を廃止すると凶悪犯罪はふえるか?」という問いには「ふえる」60.3%、「増えない」6.0%、「一概に言えない」29.0%となっている。

 願わくば三流週刊誌や民放の某テレビ局のように数字を捏造しないことを望みたい。
 
     
 
 
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