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| 前田
利幸 |
「えっ、F1がマレーシアの新しいサーキットで開催?」
それは1999年のこと、当時F1の専門誌のスタッフだった私の元にこのニュースが飛び込んできた。
F1は数あるモータースポーツの中でも、誰もが認める世界最高峰のレースだ。特に発祥となったヨーロッパにおいては、その伝統や格式とともに特ハな思いが抱かれている。まぁ日本で言えば数ある格闘技の中における相撲のようなものだろうか。ただ単に、「一番速いレース」ということではないのだ。
シリーズは当然ヨーロッパの各国を中心にツアーが組まれており、日本をはじめとしたヨーロッパ以外の開催国は、当時全体の2割程。そして、それらはいずれも先進大国であり、信じられないほど巨額なお金が動くF1に、「まぁここだったら大丈夫でしょ」といえる国だった。
そして久々にレースカレンダーに新たに加わった国。それがマレーシアだという。しかもセパン・サーキットのこけらおとしというではないか。マレーシアに国際サーキットが建設されていて、かのヘルマン・ティルケ(※1)が設計。さらにF1を誘致しているという話は聞いていたが、そのころすでに自動車産業が活性を迎えていた中国、韓国なども同時に誘致を行っており、比較して申し訳ないが「正直マレーシアではどうだろう?」感があったもので、驚いてしまった。
そして心配も(大きなお世話だとは思うが)。マレーシアの国営企業であるペトロナス石油がチームスポンサーとしてすでにF1に参戦してはいたものの、やっぱりマレーシアってタイやフィリピンと同じようにあまり豊かでないイメージがあったし、チケット代が決まっているF1だけに(スタンド席は日本円で2万円〜5万円ハ)「お客さん来てくれるのかな?」という。
またここは赤道直下の国。もともとエンジン熱に晒されたコクピット内で、さらに耐火性スーツに身をつつみ2時間もの間レースをするF1ではレース後、ドライバーの体重は2〜3kg体重が落ちるといわれている。常温でそれなんだから、路ハ温度が50℃以上の条件で走ったらどうなるのよ!という心配も。
しかし、見事にやってのけましたね。マレーシア。チケットは国から補助が出されたことで割安になったという。おかげで近隣の国(日本も含め)からのお客さんも来やすくなった。モータリゼーションの活性以外に観光スポットを増やすことも目的であったのだろうが、国を挙げてのその努力は賞賛もの。レースも初年度は、ミカ・ハッキネン(※2)が脱水状態になったため、「ここは危険だ。やめたほうがいい」なんてドライバーが言い出す一幕もあったが、実はオープンホイール(※3)では慣れてしまえばなんてことない(のかな? 勝手な解釈)。というか、重くなるのでクールスーツなどは使わないらしい(これぞ世界最高峰、速さのためならなんでも出来るところはさすが。気合も世界最高峰ということか)。
その後、同じアジアの、中国、バーレーンはマレーシアに負けない立派なサーキットと施設を作りF1開催を成功させた。これはきっとマレーシアがその先陣を切ったことが大きいだろう。そして前にも言ったが、訪れるたびに感じるセパン独特のレースの雰囲気は年間20戦ほどの中で必要なエッセンスだとも思う。タバコ広告問題をはじめとする財政難により、ヨーロッパの数国では今F1撤退の噂が絶えない。そんな中、マレーシアが行った功績はとても大きいのだ。
F1が、危機を迎えている。と、いうことはそれで食っている私にも危機がせまっているということ。(レースが減ると、収入も減るのです)だからセパンよこれからも頑張ってF1続けてください! 私の将来はセパンにかかっていると言っても過言ではないのだから。 |
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※1:近代サーキットの設計者で、世界的に最も有名なひと。バーレーン、上海はもちろん日本の富士スピードウェイのリニューアルもこの人の作品。
※2:当時マクラーレンに在籍していたフィンランド人ドライバー(だから暑さに弱いのか)。ちなみにその後元気になり、その年見事にチャンピオンを獲得。
※3:屋根がついていない車。F1、インディなどフォーミュラレースの総称。風があたるので、暑さの負担がやや少ない。 |
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