日本車いすテニス連絡協議会が発足したのは1986年だった。1988年には日本車いすテニス・プレイヤーズ協会が設立され、国際車いすテニス連盟に加盟。その後、日本では急速に普及している。2バウンド・ルールを採用してから、世界的に急速に普及するようになった。さらに、競技用車いすの軽量化がすすみ、ラケットも反発力が向上して、躍動感あふれるスポーツに進歩してきた。
日本国内での大会はもちろん、世界中で大会が盛んに行なわれている。国際的にはオランダ、フランス、ポーランド、オーストラリアなど白人の国がランキング上位を占めているが、ここ数年、日本選手がベスト10に選ばれるようになった。
また、『NEC』は車いすテニスの国際団体である『国際テニス連盟(ITF)』の主催する“NEC車いすテニスツアー”を1992年から、“世界選手権「NEC車いすテニスマスターズ」”を94年から支援している。また、国内でも、『日本車いすテニス協会』と『吉田記念テニス研修センター』が主催する“NEC全日本選抜車いすテニス選手権大会”を91年の第1回から支援している。
NECグループは、「社会の一員であることを深く自覚し、良き企業市民として積極的に社会貢献を行なう」という理念により、障害者スポーツの振興と社会進出の支援、兼コルづくりを目的として車いすテニスを支援している。
“NEC車いすテニスツアー”は1992年には13カ国21大会だったが、2006年には31カ国124大会にと普及、活動が拡大されている。
国際テニス連盟
車いすテニス・ランキング(2006年4月)
男子 5位 斉田悟司
10位 国枝慎吾
女子 8位 八筬(やおさ) 美恵
10位 猪級(ちょきゅう)由佳
車いすテニス規則
車いすテニスは2バウンドで返球してよいということを除いて、国際テニス連盟(ITF)の「テニス規則」を適用する。プレイヤーはボールが3バウンドする前に相手コートに返球しなければならない。車いすはプレイヤーの身体の一部と見なされる。
車いすテニス・プレイヤーとは
a.医学的にたやすく動くことができないと認められた者のみが、車いすテニス・プレイヤーになることができる。手足の1本以上が本質的に機能を失っている者で、健常者と同様にコート上で素早いプレーができない者。
b.たやすく動くことができない機能障害とは、麻痺、手足の切断、手足の短縮(レントゲン写真で証明する。)、部分的又は完全な間接の強着や人工関節、不安定なじん帯、浮腫、不使用による萎縮、痺れ又は痛みの兆候等。
c.したい麻痺プレイヤーとは、3本以上の手足をたやすく動かせない者をいう。
フェスピック発祥の『社会福祉法人・太陽の家』
「世に心身障害者(児)はあっても、仕事に障害はありえない」、「保護より機会を」を理念に掲げて1965年10月5日に創立された『社会福祉法人・太陽の家』は、太陽の家の創立者である故中村裕博士は障害者の社会参加、職業への参加だけでなく、スポーツへの参加も目標に掲げてきた。
故中村裕博士に共鳴した秋山ちえ子さんなどの呼びかけで、1972年に『オムロン』の創業者故立石一真氏が『オムロン太陽(株)』を大分県別府市に設立し、障害者の雇用を促進した。
つづいて、1978年『ソニー太陽』、1981年『ホンダ太陽』、1983年には『三菱商事太陽』、 1984年に『デンソー太陽』、同年『オムロン京都太陽』、1992年に『ホンダ・アールアンドデー』、1995年に『富士通エフサス太陽』が合弁企業として障害者の雇用を積極的に行なっている。また、小規模だが地元の企業や金融機関なども障害者に門戸を開いている。
『オムロン』の障害者への社会福祉活動
1971年、『太陽の家』の創立者故中村裕博士と、『立石電気(現在のオムロン)』の創立者の故立石一真さんが出会い、中村博士の理念に共鳴した立石さんは翌年、『オムロン太陽』を別府市に設立した。車いすのある工場はのちに京都にも造られた。『オムロン』は『太陽の家』との共同事業によって、障害者たちが技術を覚え、社会に参加する基盤を作った。
さらに1988年からは“大分国際車いすマラソン”へのサポートをサポートするようになった。1990年からは京都で催される“全国車いす駅伝競争大会”のサポートもしている。
*『デンソー』の障害者福祉活動
『デンソー』は1999年会社設立50周年事業として、NPO法人『アジア車いす交流センター(WAFCA)』を創設し、アジアの障害をもつ人々に車いすの普及活動を通じて、障害者が社会で自立できる環境を作り、スポーツ、教育の分野での交流を通して、健康な人々と障害のある人々が一緒に生活できるバリアフリー社会の実現に寄与することを目的とした活動をしている。
『アジア車いす交流センター(WAFCA)』はタイを主な活動拠点としている。車いす生産工場を造り、生産技術の指導をして、障害者たちが自分たちの力で車いすを生産している。『デンソー』は生産された車いすを買い上げ、アジアの障害児に寄贈している。
また、『WAFCA』は車いすバスケットボールを支援し、日本やタイなどで車いすバスケットボールの交流大会を実施したり、指導者の養成研修を行なっている。
フェスピック連盟加盟国・地域
◆アジア地区:27カ国
アゼルバイジャン、バングラディシュ、ブータン 、ブルネイ、カンボジア、中国、東チモール、香港、インド、インドネシア、日本、カザフスタン、韓国、キルギス、ラオス、マカオ、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、ネパール、パキスタン、フィリピン、シンガポール、スリランカ、中国・台北、タイ、ベトナム
◆南太平洋地域:18カ国
オーストラリア、フィージー、グァム、キリバティ、マーシャル諸島、ミクロネシア、ナウル、ニューカレドニア、ニュージーランド、北マリアナ諸島、パラウ、パプア・ニューギニア、サモア、ソロモン諸島、トンガ、ツヴァル、ヴァヌアツ、ウォーリス・エト・フツナ |