#04
ナンパおじさんの
手口
小田島小百合
 
 クアラルンプールの中堅どころのAホテルで働きはじめたわたし。ホテルマン、ホテルウーマンって、制服を着て、さっそうとしていて、気分のいい仕事だと思っていた。
 それが錯覚、幻想にすぎないということを知ったのは、勤めはじめて5日目の朝、カウンター業務を研修中のことだった。
 「どうなっているんだ、このホテルはモーニング・コールも満足にできないのか!」と、日本語の分からないマレーシア人スタッフに怒鳴っている日本人がいた。ネクタイをビシッとしめて、スーツにアタッシュケースできめた典型的な日本の会社員。失礼!ピジネスマンが怒りにふるえている。
 「いかがなされましたか?」
 「いかがも、くそもあるもんか。6時にモーニング・コールを頼んだのに、鳴らなかったんだ。おかげで、ビジネスの約束の時間に間に合わない。どうしてくれるんだ。責任者をだせ。」
凄い剣幕でわたしに向かってきた。
 「おまえは何なんだ。」って聞くから、
 「わたしは見習いです。」って答えたら、
 「そんな奴に用はない。責任者をだせ。」
取りつく島もない。
 ここでいきなりドュプティー・マネージャーに連絡してはわたしのプライドが許さない。新米とはいえ、過剰サービスの国で生まれ育った以上、基本は身についている、はずだ。
 「とりあえず、相手のかたにお電話差し上げましたか?」
 「そうだ、そうだ。電話をかしてくれ。」
 会社員、いやピジネスマンの興奮が少しだけおさまってきたように感じた。この調子、この調子。
 ピジネスマンが電話をかけながら、見えない相手にペコペコ頭を下げているのを横目で見ながら、ルーム・キーの番号を読み取りモーニングコールのノートをひっくり返した。
 「ルームNOx×× 6:00am」と書いてあり、コールしたという項目にはキチンと担当者のサインがあった。
 「お客様。昨夜はおつかれだったんじゃあありませか。モーニング・コールをしたという記録が残っています。」 
 「・・・・・・」
 怒りの表情が消え、ひょっとしたら、モーニングコールを聞いて、また寝てしまったのかも知れないという、うろたえた表情になった。    
 「わからん。記憶にない。ともかく、わたしの耳には聞こえなかったんだ。」
 「申し訳ありませんでした。今夜からお客様のモーニングコールは2度繰り返すように指示しておきますので、お許しください。」腹の中でベロをだしながら、丁重に答えた。
 「君、見習いのわりにはよくできた人だね。名前は何ていうの、名札を見せてよ。」
 きたな。ナンパしようという魂胆だな。
 「ん?Traineeさんっていうの。日本人じゃないんだ。」
 「すみません。わたし、さっきも申し上げましたが見習いで、自分の名札がないんです。わたし小百合といいます。」
 「小百合さんね。いい名前だ。君にピッタリだよ。」
 「ありがとうございます。」と言い残してわたしはその場を去った。
 その日から3日続けて、午後3時すぎになるとその日本人ビジネスマンから食事の誘いがあった。
 Traineeさんというくらいだから、日本人の知人としか付き合えないんだろうな。
 3度に1度くらい相手をしてやんなきゃかわいそうだからって、3日目に晩ご飯に付き合うことにした。
  マレーシアにきて初めて日本レストランの寿司カウンターにすわった。            
 「おいし〜い」、うかつにも頬を両手に挟んでつぶやいてしまった。少女時代のブリっ子ポーズをやってしまった。
 このポーズが誤解を生んだらしい。
 怒れるビジネスマンから、ふつうの日本のいやらしいおじさんに変身してニヤニヤして猫なで声で、
 「どうして、マレーシアで働いているの?」
 「東南アジアの国で働いてみたかったんです。」
まちがっても、結婚しているなんて言わない。
 「ホテルの仕事はたいへんでしょう?」
 「そう、あなたみたいな客がいるから。」と口をついてしまいそうになり、あわてて、
 「でも、日本人だってことで、みなさんよくしてくださいますから。」と無難にごまかした。
 「今度から、うちの会社が君のホテルを利用するときは君を通させるように、総務の連中に言っておくよ。」
きたきた。大企業の名前と職権を傘にわたしを手なずけようとしている。餌をぶらさげれば、魚は釣れるとおもっているんだ。いるんだよな、こういうおじさん。
 わたしはダポハゼじゃあないもん。内緒だけれど、カマちゃんっていう夫のある真面目な人妻なんですからね。
 「予約や営業は、わたしの仕事ではありませんから、担当者にいってくださいませんか。入ったばかりで出過ぎると、ローカル・スタッフに嫌われてしまいますから。」といって逃げた。
 「そうだよな。マレーシア人は嫉妬ぶかいからな。出過ぎないほうがいいかも知れないね。ところで、君はいくら給料もらっているの?」
 「おじさん。あんたには関係ないでしょ」と言いたいのをじっとこらえた。
 「安いんです。現地採用ですから。」
 「現地採用ね。ふ〜ん」
さげすむような視線を感じた。
  勘定をすませて、外に出た。帰ろうとするわたしに声がかかった。
 「君は若いんだから、遊びたいこともあるだろう。どうだい、これからディスコにでも行くかい?」だって。
10cm以内に接近してきた。タバコのヤニの匂いがしたと思うと、肩に手がまわってきた。
 「わたし、いったんホテルに戻らなければいけませんから。今日はごちそうさまでした。」
 冗談じゃない。ナンパする経費も会社につけまわすようなドグサレ親父になめられてたまるもんか。
 その夜、カマちやんは焼き餅を焼きまくった。なだめるのがたいへんだった。
本稿は日馬プレス第173号(2000年3月1日)に掲載されたものです。
 
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