| |
| |
 |
#05 |
 |
カマちゃんの
やさしさを知った |
| 小田島小百合 |
| |
|
 |
|
 |
|
月末、ホテルから1回目の給料をもらった。
カマちやんが甘えるような顔で話しかけてきた。
「今月はぼくの給料を渡さなくてもいいだろう」
「工ツ!どうして?」
「車の口―ンもあるし、ガソリン代もあるし、お父さんにお金を返さなくちやならないし」
「修理のお金は出してもらったんでしょう。違うの?」
「小百合のサラリーだけで、生活費は十分でしょう」
「じゃあ、これから先、生活費をだす気はないの?」
「うん。できれば」
「何言ってんのよ。わたしを何だと思ってるの」
はらわたが煮えくり返ってきた。
カマちやんは髪結いの亭主になろうとしている。
「じゃあ、500リンギだすよ」
「ダメ!1000りンギだしなさい」
「うん」
カマちやんはうつむいて、小さな声でうなずいた。
高校時代の同級生の美登里が結婚した男性が、勤めていた会社を辞めて、それっきりプラプラしているって嘆いていたけど、そんな日本の男より、働いているだけましだわ。わたしがしっかりしなきゃ、カマちやんはダメになっちやう。それに、失敗して日本に帰ったら笑いもんだもの。頑張らなくっちゃ
「小百合さん。あなた犬山さんってお客さん知っているでしょう」
アシスタント・セールス・マネージャーのジェーンが話しかけてきた。
犬山健という名は、このホテルのすべてのスタッフにとっては「恐怖の大魔人」であり、「腫れ物」であり、「いつか殺してやりたい奴」でもあるのです。
髭をはやした口元から、浪速節調に低音をふるわせて英語で恫喝する声を聞いただけで鳥肌が立つというスタッフが多い。
白っぽいシャツに、白っぽいズボン、胸元には金のネックレス、手首には金のブレスレット、そして、靴はエナメル。こごまで言えば、ヤではじまる職業人(ヤ印)か、ヤ印関係業種もしくは自称ヤ印だということはわかるでしょう。
いずれにしても、何かを買ったり、サービスを受けたら約束した金を払うという資本主義経済の原則を無視したがる人たちである確率が高い。
わたしは、初めて会ったときに
「オレの名前は犬山健太。ケンケンって呼んでくれ」て言われた。
ローカルスタッフには威圧的に、日本人のわたしには軽いノリ、いるんだよな、この手のタイプが・・・。
「あなた日本人でしょ。集金にいってきてよ。支払いが滞っているのよね」とジェーンがあっけらかんと言う。
「エーッ、あの」って言つている間に、
「これ請求書。お願いね」だって。
ガラスのドアに会社名が金色に輝いていた。
これで、墨で『仁侠』って書いた額が壁に掛かっていたら、典型的なヤ印の事務所なんだなあって思いながら、恐る恐るドアの脇のポタンを押して、ホテルと自分の名前を告げた。
「失礼しまーす」
ドアの向こうに受付があつて、けばい女性がすわっていた。
どうみても、接客業系のお姉さんとしか見えない。彼女のうしろには墨黒々とした額が。そこには大きく『友愛』と書かれ、小さく『アジアの友へ』と書いてある。
さすが国際的ヤ印は違う。でも、どういう友達なんだろうな。接客業系のお姉さんが応接室に案内してくれた。
「よー。何の用だ」、犬山氏がにこやかに入ってきた。
「実は、集金にお伺いしたんですけれど‥‥」と言って請求書を手渡そうとした。
「何だ、そりゃあ。あんたは日本人だろ。俺たちも日本人だ。日本人なら俺たちがこれっぽっちの金を踏み倒すわけがないだろう。俺たちを疑ってるんかい。もしそうなら、俺たちにも考えがある」きたきた、いきなりすごんできた。
「わたしはわかるんですけど、ホテルはマレーシアですから。それにわたしは入ったばかりで発言カありませんから」日本人、日本人って聞いているうちに、わたしは冷めてしまった。
「日本人には日本人同士の信頼関係があるんだって、お前の上司に言っておけ」
アホちやあうかと思った。でも、さすがに、
「何が日本人よ。あんたみたいな日本人がいるから、日本の評判が落ちるのよ。いい死に方しないよ」とは言えなかった。
家に帰り、カマちやんに犬山氏との出来事を話した。
「う一ん。奴等がマレーシアのどういう連中と付き合っているかが問題だな」と難しそうな顔をした。
数日後、犬山氏が電話してきた。
「小百合さん。俺を病院に連れていってくれ」苦しそうな声が聞こえた。
声が変わった。
「犬山の兄貴が腹を抱えて苦しんでいるんだ。俺たち英語がわからんし、どこの病院に行っていいかわからない。助けてくれ」、業界用語でいう舎弟分らしい。
と言われても、「はい、わかりました」とは危なくってとても言えない。
「上司が許可してくれたら、行きます」と時間稼ぎをした。
「おい、人が生きるか死ぬかで苦しんでいるんだぞ。すぐこいよ」、
「そんな言い方をするんでしたら、お断りします」。
これには応えたらしい。
「そんなこと言わないで頼むよ」、猫なで声に変わった。
こういうときは、何といっても、わが愛する、そして信頼する(ちょっと崩れかかってきたけど)カマちやんに聞くのが一番と電話した。
「かわいそうだから、行ってあげなよ。病院はジェネラル・ホスピタルじゃあないほうがいいかも知れないな。看護婦たちがマレー語しかしゃべれないのが多いから、小百合も困ると思うよ。金額は高いけど私立病院でいいかって、本人に確認して××病院に電話して病院の救急車で運んでもらいなよ。行くときに、クレジットカードを忘れないようにね。そうしないと治療してもらえないから」と丁寧な説明があった。
やさしいんだよね、カマちゃんは。
犬山氏がヤ印業界の人だってて知っているのに‥‥。
ジェーンが心配そうに、
「大丈夫?あんな奴放っておけばいいのに‥‥」と言った。
「でも、お客様だし、苦しんでいるのを知っていて、知らぬふりはできないわ」と答えた。
「小百合って、やさしいのね」だって。
やさしいのはカマちゃんよ―だ。
犬山氏は胆嚢炎と診断された。単身で東南アジアにやってきて、会社を立ちあげ、事務所を構え、ビジネスを始めるということは、心身に大変なストレスを抱え込むことになるらしい。ヤ印とはいえ、しょせんは人間、ストレスと過労には勝てっこない。入院3日で退院した。
退院の手続きを手伝いに行くと、
「あんたには借りができた」と、犬山氏が頭を下げた。
「明日、事務所にきてくれ。金を払う」と言った。
犬山氏がトイレに行ったスキに舎弟社員がぽつりと言った。
「あんたのホテルに泊まっていた大阪からきた連中が、カジノで遊んだ金まで出させておいて、金を送ってこないんだよ。資金繰りが苦しいらしいんだ。兄貴は意地っぱりだから‥‥。兄貴と兄弟付き合いしているAB商事のC支店長も、D社のEさんも冷てえよ。兄貴が病気だって知らん顔だもんな」。
大企業の支店長やら詐欺っぽいので有名なコンサルタント会社の日本人マネージャーの名前をだした。
ヘ一。兄弟なんだ。 |
|
|
 |
|
 |
|
| 本稿は日馬プレス第174号(2000年3月16日)に掲載されたものです。 |
|
 |
|
| |
| |
ここに掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
著作権はA. P. PRESS (M) SDN. BHD.またはその情報提供者に帰属します。
POWERED by Minamikaze
Digital Animation Studio Enterprise |