#06
ラッキードロウと
日本人
景品を指定、
他社を出汁に、
これってタカリ?
小田島小百合
 
 テル勤めをはじめて半年たった頃、常連客というか常連企業というか、とにかくよく利用してくださる電子部品製造会社E電子の総務のH氏の紹介だというF商事のYさんという男性が電話をかけてきた。H氏は一昔前の醤油顔で、マリンスポーツ焼けなのか、ゴルフ焼けなのか、ソフトポール焼けなのか、とにかく醤油を塗ったくったような顔色をしている30代前半のビジネスマン。たぶんYさんも同系統の一見スポーツ青年なのだろう。明るく、さわやかそうに話しはじめた。
 「実は、わたしたちの所属している団体のアニュアル・ディナーが今月の××日にあるんだけど、そのときのラッキードロウの景品を君のホテルからも出してもらいたいんですよ」。
きたな。これが噂に聞ぐ日系団体の”おねだり”かと気がつき、一瞬、どうしようと思った。
Yさんはその会の規模や参加者(企業)について説明し、わたしのホテルからも毎年景品をもらっていると告げた。
 「わたしはパブリック・リレーションではありませんので、担当者に回しますので担当者とお話ししてください」
とやんわりと逃げようとした。
「君のホテルが君を入れたということは、日本人客をもっと増やしたいからだろう。この話を君がつないで日本人客が増えたら君の実績にもなるじゃあないの。現地採用はね、実績が一番大事なんだよ」だって。わたしが現地採用だろうとなんだろうと関係ないでしょ。そんな余計なことを言うのはHさんにきまってる。このおしやべり野郎め。
この人たちって何て恩着せがましいんだろ。要するに現地人スタッフが相手だと、書面で送ってくれとかいろいろ注文がつくし、英語で交渉しなきゃならないから面倒だと思ってんだ。
 それでも、食い下がってくるから、
「お話があったことは担当マネージャーにお伝えします」
と答えて受話器を置いた。
 数日後、再びYさんが電話をかけてきた。
「ラッキードロウの景品を出してくれるというレターをもらったんだけど、中華レストランの食事券なんだって。あのねえ。Gホテルは日本レストラン『蜘蛛の糸』の食事券を出してもらったし、Hホテルはペンペン島リゾートの2泊無料宿泊券を出してくれたんですよ。お宅のホテルだけ中華レストランじゃあ、バランスが悪いんじゃないの」。
 「えっ。景品をだしてほしいというお話はお間きしましたが、何にしてくれって話はお聞きしていませんでした。お気に召しませんでしたら担当者にその旨を申し伝えます」、
 「何にしてくれっていったら、それじゃあタカリになっちやうでしょう。そんなことできるわけがないでしょう。君は日本人でしょ。日本人が何を求めているかくらいわからないんですか」だって。
 これって、もろタカリじやない。
 「中華レストランの食事券じゃあ、もらってもうれしくありませんよ。ほかのホテルに比べてイメージダウンですよ。ぼくたちがそっぽを向いたら、日本人客が減るかも知れませんよ。それでもいいんですか」って言っているとしか思えないもの。
 わがホテルの中華レストランは味はいいと思うんだけど人気が今ひとつ。だから、パブリック・リレーションは宣伝の意味をこめて景品にだしたんだと思う。
いい判断じやないの。
 景品をだしてもらうんだから、もらった景品はどんなものでもありがたいと思うのが常識だと思うのだけどな。
F商事といえば、世界を股にかける日本の総合商社。国際感覚にあふれるピジネスエリートだと思っていたのに、「これはいやだ」、「あれじやなきゃいやだ」なんて、幼稚というか、卑しいというか、日本の恥さらしもいいとこだわ。マレーシア人スタッフに何て言い訳したらいいのよ。
 「やっぱりね」、パブリック・りレーションのスタッフがいかにも皮肉っぽく二タリと笑った。
 「毎年、同じなのよ。電話をかけてくる人は違うけど、話し方も交渉の仕方も一緒。最後には日本レストランの食事券を要求してくるの。まともに相手にしたら、ノイローゼになるわよ」ですって。
 「常習犯なんだ。質(たち)悪〜い。最低ね。一見スポーツマン。その実態はおもらいさんなんだ」と、つぶやいた。
 「ラツキード口ウの景品をお願いするときは、この国では正式な文書にして丁重にお願いするのがふつうなんだけど、あの日本人のグループは、いきなりくれっていつも言ってくるの。ほんとうに図々しいのよ。でも、日本人はホテルには大事なお客だから逆らえないのよね」ホテルのマレーシア人スタッフがこう感じるってことは、強請(ゆす)りと同じじゃない。乞食より質が悪いわ。  
 「日本人ビジネスマンってスーツを着てネクタイを締めてバリッとしている人が多くて、偉そうなことをいってるけど、やってることはヤクザみたいな人がいるのよね。小百合のお友達のヤクザの犬山さんのほうが、見掛けは怖いし、支払いも悪いけど、よっぽど信用できそうな気がするのが不思議ね」とゲスト・りレーションの同僚が言った。犬山さんね。入院事件以来、ホテルにくるときはケーキやジュース、アイスクリームを持ってきて、スタッフのみんなにプレゼントしてくれるもんだからすっかり人気者になっちやって、みんなが「サンキュー、ケンケン」って言うもんだから、舞い上がっちやてるの。でも、よかったなって思うんです。
 相談相手になってもらっている、Gホテルの日本人マネージャーのSさんに、このラツキードロウの話をした。
 「彼等は、前任者の申し送りにしたがってやっているだけで、何の悪気もないんだよ。ああいう会の幹事になると、はじめは君が感じたようにタカリや強請りにならないように気を配っているんだろうけど、そのうち、一々相手がどう感じるかなんて気にしていたんじゃ、先に進まなくなっちやうんじやないかな。損な役回りだと恩うよ」、彼等もふだんはきちんとした紳士で、気のいいビジネスマンなんだとSさんは言 った。
 「チャリティーに使ったり、企業が取引関係のある業者にお願いするっていうのならわかるんですけど、自分たちの仲間だけの八一ティーでしょ。自分たちで持ち寄るとか、自分の会社から出してもらうとかするのが、ふつうの人達の常識だと思うんです。数が多ければ、日本人を相手にしている業者は何でも言うことを聞くと思っているのって、すごく傲慢なことだと思うんです」、わたしは思いきり不満を言った。
 「でもね、景品をだしてくれって言われると、ノーと言えないのがサービス業だからね。日本人がよく泊まるホテルと日本レストランが一番狙われるんだよね。景品を出したって、何百人の人が記憶にとどめてくれるわけがない。もらった人だって、券を使う一度だけしかこない可能性があるからね。現実的にはビジネスにはほとんどメリットはないと思うよ。でも、日本人社会の独特のお付き合いってものがあるからね。何人かの人が覚えていてくれればいいと割り切るほうがいいよ。思ったことを言えば、彼等を敵に回すことになるからね。長いものには巻かれろだよ。それに、日本人なんてこの程度だと思えば、東南アジアの人達を蔑視することはなくなるだろ。そのほうがいいことだと思うよ」ですって。
 長いものには巻かれろというのは納得できないけれど、ああいう日本人がいるということを知ったのというは、国際結婚組としては悪くはないなと感じた。
 ただ、この仕事は長続きしないかもしれないと感じた。日本人って何なんだろ。
本稿は日馬プレス第175号(2000年4月1日)に掲載されたものです。
 
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