#07
日本人客と
旅行会社マレーシア人、
ボレ!
小田島小百合
 
 前の晩に到着した日本人のグループがバスに乗って市内ツアーにでかけた。
 その日に出発する日本人のお客さんをすべて送り出して、ほっと一息ついた。
「タオルがない」。「お湯が出ない」。
「ルームサービスが間違えたものを持ってきた」。
「備え付けの石鹸が肌に合わない」。
「セーフティー・ボックスの使い方がわからない」。
「ペッドの上に置いておいたお金が減っている」。
とにかく、わたしが日本人だってことで、日本人客からいろんな苦情がくるので、結構しんどい。
 トラブルを起こすお客様には、起こすだけの理由があるんじやないかと思うんです。
「お金が減っている」って中年の日本人女性客に、「お幾らはいっていたんですか」と聞いたら、
 「千ドル位だと思うのよね」ですって。
 「お幾らはいっていて、幾ら減ったかが正確にわかりませんとどうしようもありません」と言ったら、
「あなた。わたしの言うことが信用できないんですか。減ったと言ったら減ったんです」って急に怒りだしたんです。
 ゲスト・リレーション担当マネージャーのエミーさんにきてもらったんですけど、                 「ペッドの上に置いていたんですね。当ホテルでは貴重品は室内に備え付けてありますセーフティー・ボックスにお入れくださいと、お客様にお願いしています。ですから、当ホテルでは責任を負うことはできません」と素っ気なく突き放したもんだから、中年女性は旅行会社の現地駐在員を呼び出して、猛烈な勢いで抗議を始めた。
旅行会社の青山さんは困り果てたという表情で、「お客様の言うことを信用してくれなきゃ困りますよ。お客さんが現金がなくなったっていってるんですよ。このホテルのスタッフが盗んだんじゃないんですか」って言って、わたしたちにつっかかってきた。
「だから、小百合さんぱ正確に教えてって頼んだんじゃないですか。そうしたら怒りだしたんですよ。怒る理由はないと思います。それに、ホテルに着いたら貴重品はセーフティー・ボックスに入れてくださいっていうのは、あなたたちの仕事でしょう」、エミーさんが言った。
 「わたしたちは言ってますよ。それでも、こういうことがあると、このホテルは使えなくなっちやうかもしれませんよ」と、青山さんは暗に脅してきた。
 わがマネージャーのエミーさんが、「わかりました。 じゃあ、警察にいって調べてもらいましょう。わたしも一緒に行きます」と外に出るしぐさをした。 旅行会社の青山さんが翻訳して中年女性の了解を求めた。そうしたら、その中年女性がタガタ震えだしたんです。
「警察にいったら、幾ら持っていて、幾ら減ったかを聞かれるんでしょ。わたしは何となく減ったように感じたから文句を言っただけなの。もういいわ」と青い顔をして言った。何て人なんだろ。言い掛かりをつければ小遣い銭くらい稼げるとでも思ったのかしら。
 青山さんは不愉快そうにわたしたちのほうをにらんで、それから女性のほうを見てニッコリほほ笑みながら、
 「それじゃあいいんですね」と言って帰ろうとした。
 「ちょっと待ってください。あなたは何年この仕事をやってるのですか。こういうときにはどうすればいいか習ってこなかったのですか。あなたはお客様の言うことだけを信用して、わたしたちの言うことをまったく聞いてくれなかった。小百合さんもわたしもどこのホテルでも同じようにすると思われることを言っただけです。それなのに、あなたはこのホテルのスタッフが盗んだのではないかと疑った。そして、このホテルは使えなくなるかもしれないと言った。謝罪するべきでしょう」、エミーさんが強い調子で言った。
中年女性はエミーさんの剣幕に下を向いてしまった。
青山さんは口をとがらせて、無言でふて、くされた表情をした。
「いいですか。ペッドの上に現金を放り出しておけば、手が出てしまうことだってあるんじゃないですか。あなたは道路で拾ったお金を、いちいち警察に届けますか。現金を他人が見えるところに置いておくということは、善人を悪人にしてしまうことになるのです。やってはいけないことなのです。それを注意するのはあなたがたの仕事です。わたしは次のこのホテル・グループのミーティングで、今日あったことを、あなたの名前を挙げて報告します」、エミーさんがクールにきめた。
 「えっ。それはどういうことですか。わたしの名前がでたらどうなるんですか」、今度は青山さんの顔が青くなつた。
 「少なくとも、アジア地域のグループホテルでは、あなたの会社とあなたという人物についての悪い情報を手に入れるということは確かです。それ以上のことはわかりません」。
ウ〜ン、カッコいい。エミーさんは女の鏡ね。すごい!
 「わたしの言い方が悪かったかも知れません。あなたがたを信用しなかったわけじゃあありませんし、このホテルのスタッフを疑ったわけでもないんです。ぼくはお客様のことを考えていただけなんです。ごめんなさい」って、いかにも小心ものといった風にペコペコしはじめた。
 本当のことをいうと、駐在員の青山さんを除けば、この旅行会社の人たちはみんないい人たちなんです。
だから、エミーさんは、「こんなことミーテイングでいう訳ないじやないの」ってペロリと舌を出した。
 ある日の午後6時すぎ、この旅行会社がテイク・ケアしている日本人のグループがバスに乗って帰ってきた。
乗降日の下で「お疲れ様でした」と頭を下げているガイドのジェワァードに、降りてくるグループのメンバーが口々に、「大変だったね」
「よくやったね」と慰めたり、励ましたりしていた。最後に降りてきた20代の茶髪のお姉さん2人組が、
「ごめんなさい。わたしたちが悪かったわ」って謝ってる。なにがあったんだろ。
ジェファードは泣きそうな顔をしていた。
「あのガイドは偉いよ」と中年のおじさんが言った。
おじさんから聞いた話によると、茶髪のお姉さん2人組は、まず朝の集合時間に遅れてきた。そして、バスの中ではウォークマンから流れる音楽がイヤホーンからチャッチャッカチャツチャッカはみ出して、おじさんやおばさんたちの不興をかっていた。動物園でも、バツ・ケイプでも、KLCCでも、どこででも、集合時間に必ず10分から15分遅れてきた。それなのに悪びれもしないし、謝りもしない。その上、バスの中ではチャツチャツカチャツチャツカ。
おじさんやおばさんたちは待っている間に
「わたしたちがジェファード君の会社に謝ってやるから、置いていってしまおう」と衆議一決してしまった。
困り果てたジェファードは、遅れて戻ってきた茶髪2人組に、「お願いがあります」と言って深々と頭をさげた。
「ほかのお客様たちは、あなたたち2人に大変怒っています。ウォークマンの音が周りの皆さんに迷惑を掛けています。集合時間に何度も遅れてくることも、わがまますぎると怒っています。わたしたちが旅行を楽しむ権利を2人の無法者にこれ以上壊されたくないと言っています。わたしもそう思います。遅れてきて、ほかの人に迷惑をかけたら、最低限謝るのが当たり前だと思います。でも、あなたたちは謝りもしない。だから、ほかの皆さんが怒るのは当たり前です」、
2人のお姉さんにジェファードは必死で語り掛けたという。
「でも、わたしには、あなたがた2人が時間に遅れるのはマレーシアを気にいってくれて夢中になってしまったから、時間に間に合わなかったんだと思っています。わたしの仕事は、皆さんにマレーシアを好きになってもらうことだと考えています。だから、マレーシアを好きになってくれた、あなたがたをここに置いていくなんてことはできません。置いていってしまえば、あなたがたはマレーシアを嫌いになってしまうでしょう。わたしにはそんなことはできません。ですから、お願いします。皆さんに謝ってください。そして、皆さん全員がマレーシアを好きになって帰ってもらいたいんです」、ジェファードは何度も何度も頭を下げたのだという。
「ごめんなさい」、ほとんど同時に茶髪2人組が言った。
「皆さん、ごめんなさい」、2人がほかの乗客たちのほうに向き直って頭を下げた。
 拍手が沸き上がったのだという。
「はじめはふてくされて聞いていた2人が、段々真剣になっていってね。最後のほうではうなづきながら聞いていた。あいつは偉い。ガイドの鏡だ」、おじさんの目に涙がにじんでいた。
「明日もジェファードがガイドをしてくれるんだろ」、別のおじさんが声をかけた。
「今晩もご一緒します 皆さんでおいしい食事をしましょう」。
本稿は日馬プレス第176号(2000年4月16日)に掲載されたものです。
 
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