#10
期待と不安と
ケンケンの
励ましに感激
小田島小百合
 
 Aホテルのお客さんで、わたしの妊娠にいち早く気づいたのは、ケンケンことやくざの犬山健太さんでした。
 例によって白っぽいブレザーに白っぽいズボン、そして、エナメル・シューズ。わざとはだけた胸元には金の極太ネックレス、手首には金の極太ブレスレット、指には印鑑型の金の指輪でバッチリきめている。
 だれもが“This is the Yakuza” とうなずいてしまうファッションで玄関から入ってべると、わがAホテルのスタッフたちは、ニッコリとほほ笑んで、 「ハーイ、ケンケン。 ハウ・アー・ユー?」って軽く挨拶するんです。
 かっては「恐怖の大魔神」と呼ばれた忌み嫌われていた犬山さんも、今じゃすっかり人気者、わたしたちが困ったときの相談相手でもあるんです。
 「小百合ちゃん。君ねえ。妊娠しているんじやないの?」
 「するどいなあ。アッタリー」、軽るーく答えたんです。
 「そうか。おめでとう。よかったね」と言った後で、           
 「あれっ?小百合ちやん、結婚してたんだっけ?もしかして、未婚の妻かい?それとも不倫の子を身ごもった?」。
 「ん、も―。どうして、そんな発想するのかなー。犬山さんはマレーシアでわたしのことを一番理解してくれている日本人だと思っていたんだけどな。幻滅しちやったわ」。
 “おだてて、甘える。”これこそ小百合流ほめ殺しの極意。犬山さんタイプがもっとも弱いのがこれだ。
 でも、どうして分かったんだろう。 
 「それはねえ。オレも若い頃はけっこう軟派だったんだ。でね。女のちよっとしたしぐさで健康状態がわかるんだなあ」って得意そうな顔をしている。
 まあ、ヤのつく職業の人は多かれ少なかれ、女性心理とか体調を敏感に察知するのが商売みたいなもんだから、たぶんほんとうなんでしょうね。          
 「マレーシア人だろ?たぶんマレー人だな」。
ん、いい勘してる。
 「日本でお産しようなんて考えちやいけないよ。妻が妊娠中に女をこさえる男は五万といるからな。ちょっとでも離れて生活したら、絶対に女ができる」っていうんだもの、「うん。わたしもそう思う。だから、こっちで産むことにしたの。でも、出産費用とか、いろいろかかるでしよ。うちの旦那はお金はもってるだけ使っちやうから、お金のことを考えると気が重いの」って、身の上相談になってしまった。
 「それでも何とかなるのがマレーシアさ。小百合ちゃんは姉妹は何人かな?」。
 「姉さんと弟の3人姉弟なんです」。 
 「お姉さんは結婚してるの?」、
 「ええ」。
 「予供は?」、
 「まだです」。               
 「それじゃあ、初孫だ。大丈夫だよ。ご両親が出してくれるよ。心配ない」、ケンケンが太鼓判を押してくれた。
 「でもね。結婚する前、お父さんたちの世話にならないってタンカをきっちやたから、援助してなんて頼めない。それに、電話で妊娠のこと報告したのに、えらい素っ気なくて、。悲しくて涙がでちやった」。
 「初孫は別さ。親父さんも突っ張ってるんだよ。本心ではうれしくてうれしくてしょうがないんだよ。男親なんてそんなもんだよ」。
 犬山さんたら、目にうっすら涙を浮かべてる。
 「犬山さんもそうだったの」        
 「うん。オレの場合は自分の女だったけどね。わかれた後で子供ができたって知ったんだけどね。うれしいんだけど、会いにいくこともできない。つらかった。小百合ちやんを見ていると思い出すんだよ」だって。
 
現地探用の妊娠は無責任。ん?
 「なんだ、やっぱり結婚してたのか。で、仕事、続けるんだろ?」、
 「いいえ。赤ちゃんのうちは、やっぱり母親が育てる方がいいと思うから‥‥」。
 中国系の女性の友達とホテル内の日本レストランで昼食をしていたら、通りかかった、ラッキードロウの夕力リ青年のF商事のYさんが話しかけてきた。
 「E電子のHさんから聞いたんですか」、
 「そうだよ」。
 ゴルフ焼けだかソフトポール焼けだか知らないけれど、こいつら、男の癖にほんとにおしゃべり。
 会話っていうとゴルフの話と上司の悪口、それから女の噂くらいしかないんだから。
 いや、もう一つ、『日馬プレス』の悪口もあったわね。
 「いいよな、現地採用は。辞めたくなったらすぐに辞めちゃうんだもんな。無責任なんだよな。まったく会社側はたまんねえよな」ですって。 
 日本だって女子社員を消耗品だ考えて、結婚したとか、妊娠したとかいうと、何となく辞めなきゃまずいような雰囲気にして辞めるようにしむけるくせに。
 それに、あんたは会社の社長じゃあないだいろう。大きなお世話よ。こいつらほんとに勝手なんだから。にやけた醤油顔にマヨネーズをぶっかけてやりたい。このサキイカ野郎め!ソース顔なら、わたしの好きなお好み焼きになるのに。
 「この国の連中は出産する直前まで会社に来るもんな。あれも困ったもんだよな。スイ力を腹に抱えた上から生地の薄い洋服を着てるみたでひょうきんだよな。それに、ひょこひょこガニ股で歩いてるの見てると危なっかしくて、思わず笑っ ちゃう」ですって、この女の敵メ。
 「ところで、そちらの女性を紹介してよ。ぼく、F商事のYといいます。よろしく」って名刺を出した。
 ちょっといい女を見るとちょっかいをだす。
 『F商事』と名乗れば、若い女の子は皆、なびいてくるもんだと信じてるかだ。
 「パトリシアさんは、結婚してるから口説いても無駄よ」、
 「なあんだ。 じやあ、またね」。
 失礼しちゃうわ。
 強請り、たかり、賄賂だけじゃなくて、軟派もか。女性との癒着もうまい、さすが世界のF商事ね。
 わたしはF商事とYさんの悪口をパトリシアに言った。      
 「そうなの。でも、かっこいいわね。お付き合いしようかしら」だって。
 「だめ!わたしはあなたが結婚しているって言っちゃったんだから」、
 「いいじやない。わたしの旦那よりマッチペターじやない」
 なんて娘なの、じゃない、人妻なの。
 男は稼ぎや見掛けじゃないのに、っていったって、金が一番の民族だからな。
 しょうがないか。
本稿は日馬プレス第179号(2000年6月1日)に掲載されたものです。
 
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