#12
パパラッチ、
小百合の巻
小田島小百合
 
出産間近。カマちゃんの浮気が発覚。モスリム女性に変身したわたし
 妊娠退職をしたわたしは、次第に大きくなっていくおなかを愛しいと思い、でも、みっともないとも感じたのです。
 人間の心理って不思議だなって思いました。
 自分の子供が順調に育っているということを、インサイド・キック(赤ちやんが、おなかの中で足を伸ばして蹴るのを、わたしが名付けたんです。)で知り、日毎に生命の誕生が近付いているという興奮を感じていました。
 子供の名前を考えたり、カマちやんと親子3人でピクニックに行く光景を夢見たり、幸せいっぱいだったことは間違いないんです。でも、腰のというか、身体全体に横幅がないせいか、おなかが前に向かって、まるでスイカのようにつきでてきたんです。鏡に映る自分の姿を見ると、自分が他人だったら笑っちやうだろうなってくらい、滑稽なスタイルなんです。
 「こりや、いかん。学生時代には、スリムでセクシー、それでいてそこはかとなくインテリジェンスを感じさせるチャーミングな女という評判だったわたしが、こんなおかしな姿を衆目に晒してはいけない」と自分にきつく言い聞かせたのです。
 そうです。わたしはモスリム、外出の時にはペールを目深にかぶり、わたしであることを悟られないようにしようと決めたんです。
 バジュクロンとベールに変身したわたしには、新しい世界が広がりました。
そう、だれも、わたしが小田鳥小百合だということに気がつかないんです。
街中の日系ショッピングセンターを歩いて、何人もホテル時代のお得意さん達に遭っても、だれも気がつかない。ただの、妊娠中のマレー人女性という目で見られている。
 
ヤッター!変身大成功。
 でも、この変身が思いがけない真実をわたしに知らしめ、そして、幸せの絶頂から、怒りと絶望のどん底に突き落とす結果をもたらすとは、神ならぬ身には気がつかなかったのです。
 
デート中のカマちゃんを発見
 妊娠7ケ月目のある日、「産まれてくる子供のためにも、おしゃれ感覚を忘れちゃだめよね」と、日系デパートをヨタヨタと屋内に造られた人口の滝の前で肩を寄せ合って囁きあっているマレー人の若い男女。わたしの目線は引きつけられていきました。
 「あのヤロー!カマルディンめ。妻が妊娠中だというのに女とデートしているとは、ふざけやがって」と、いつもは淑やかなわたしとは思えない、不良言葉が胸の内にこみあげてきたのです。
 どう見ても親密な男女関係を感じさせる雰囲気で、ベールに覆われた女性は「全面的にお慕いしています」って感じ。
 「キーッ!!!」となりつつも、「冷静にならなきゃ」って自分に言い聞かせて、動かぬ証拠を残すべく3階下のカメラ屋さんに使い捨てカメラを買いに行ったんです。使い捨てカメラをいじくりながら、エスカレーターで人工滝に上がって行く途中、なんど、カマ ちゃんといちゃいちゃ関係にある女性がピッタリより添って下りのエスカレーターで降りてきたんです。
 「しまった。見つかった」と思わず下を向いたわたしの傍らを、そしらぬ顔ですれ違っていったのです。二人の世界に没頭していたのか、パジュクロンとベールに包まれていたわたしを別人と思ったのか、たぶん、その両方の理由で、あいつメ、気がつかなかったんです。
 当然、カメラを片手にわたしは二人の後をつけました。使い捨てカメラだということを差し引いても、わたしは有名人のスキャンダルを迫いかけるパパラッチの心境でした。
 カマちゃんと愛人(に決ってる)はデパート内の日本レストランに入って行ったんです。
 「アイツー!わたしが日本レストランに行こうと誘っても、ポク、お金がないよって、わたしに払わせるくせに。コンチクショー」。 そして、二人は4人掛けのテープルなのに、隣に並んで座ったんです。
 「何で、向かい合って座らないんだ!わたしと一緒のときは向かい合って座るくせに。マレー人って恋人とはとなりに座るんでしょって聞くと、“小百合の顔を見ていたいから”なんてうまいことを言ってたくせに。クソーッ!キーッ!」   
 すいません。あの時のことを思い出すと、つい自分がしとやかなレディーだということを忘れてしまうのです。カマちやんはわたしに気がつかない。わたしは10メートル位はなれた正面に堂々と一人座って、一番安い定食を注文したのです。そして、わたしはパパラッチとなった 。
 
特捜検事小百合と被告人カマルディン
 やくざのケンケンが、「男という動物は、女房が妊娠中というと別の女にちょっかいを出してしまうもんだ。オレもそうだったし、堅気のサラリーマンの連中だってた―くさんいる。マレーシアにいる日本人駐在員にだっているんだよ。あんたの知ってるF商事のYだって、Z運輸の支店長だって、カラオケ屋のおねえ ちゃんと付き合って、しこたま巻き上げられたんだぜ。ああいう連中がいるから、オレたちの商売が成り立つんだけどな。とにかく、日本人だって、中国人だて、マレー人だって、男っていうのは信用しちゃあいけないよ」って言ってたけど、ほんと。
 まあ、息子の嫁にちょっかいをだしてくる親父の息子だから、しょうがないといえばしょうがないんだけど。
 でも、わたしはけじめをつけたんです。証拠写真を突き付けて、「この女性はなんですか?」って聞いたんです。浅黒い顔色が青黒く変わって、ほうけたような表情に。
「友達」、ってポツリ。
「どんな友達?」 
「ただの友達」       
「そんなわけないでしょ。ガ―ルフレンド(恋人という意味)でしょ。本当のことを言いなさい」。
わたしは東京地検の特捜検事のような厳しい口調でカマちゃんを問い詰めた。 
相当重症だったのか、予期せぬ出来事にショックでパニックにおちいってしまったのか、カマちゃんは、しどろもどろになって答えになっていない。
「どうやって撮ったの?」と写真を指差した。
わたしが自分たちの真正面のテーブルに座っていたことを知ると、ガックリと首を垂れ観念した。
「ずるいよ。変装するなんて」、
「変装じゃあありません。モスリム女性としての当然の身だしなみです。あなたのガールフレンドもそうだったじゃあありませんか?」
「グウ」、こいつ、まだグウの音がでるな、反省が足りない。
「わたしは仕事を辞めたのよ。あなたの給料だけで生活していかなきゃいけないの。ガールフレンドを作って、仕事時間に遊んで歩いて、日本レストランで高い食事をして、いいカッコして、いい加減なことを言って、どうやって生活していくの?赤 ちゃんができるっていうのにどうしたらいいのよ」、切実だった。
「もうしない。 ごめんなさい。遊びだったんだ。彼女にはさよならを言う。信じてよ。ボクには小百合しかいないんだ。小百合のいない生活なんて考えられない」。
フムフム、日本で見た『お昼のワイドショー』にでてくるような安っぽいセリフだ。
だまされないぞ。
帰るわけにはいかない
 とはいえ、お父さんと喧嘩をしてマレーシアに嫁いできてしまったわたしには、旦那の浮気が原因で7ケ月の身重の体で日本に帰るわけにはいかないんです。
あきらめるしかない。
お父さんの言う通りに、日本人と結婚したって亭主の浮気癖に泣かされる可能性は変わらないと思う。
カマちゃんには更生のチャンスを与えるしかない。
本稿は日馬プレス第179号(2000年6月1日)に掲載されたものです。
 
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