#13
悲惨だった現地採用
女性の話 1
小田島小百合
 
顔は日本人、考え方はマレーシア人
 日本企業の駐在員たちのエゴによって、もちうん本人の欲ももったのだけれど、悲惨な運命をたどってしまった友達の話をしましょう。
                     
 彼女の名前は恵美さん。
国籍は日本人だけど、生まれたのは東南アジアの某国、育ったのはマレーシアという、日本で生活した経験がほとんどないとないといっていました。
 恵美さんには、名字の違うお父さんがいました。でも、彼女はお父さんのことはほとんど口にしませんでした。噂では、お父さんはあまり好ましくないことで有名だったようです。そうは言っても彼女は彼女、海外育ちの子だけにしっかりと自分自身の行き方を模索していたと思うんです。
見かけは日本でいうアイドル系のかわい子ちやんタイプ、日常的には日本語をじょうずに話すし、英語もうまい。だから、若い日本人駐在員に人気があったんです。
 でも、日本人だと思い込んでつきあっていると、とんでもないどんでん返しが待っている。現実的というか、実利的というか、とにかく日本人だったら考えられないような思考回路の持ちぬしでした。
 ある時には日本人、ある時には典型的華人メンタリティーを前面にだす、そして、マレー人的にふるまったり、その時々の気分で使い分けていたみたい。
 ものおじしないヤング・ビジネスマンたちも最初は本気だったり、おもしろがったりで声を掛けていたのに、いつの間にか、一人去り、二人去り、アガサ・クリスティーー じゃないけれど、そして、だれもいなくなった。自分の都合でコロコロ変わるカメレオンみたいな女性と映ってしまったのかもしれない。
まあ、変わり者ではあったんですけどね。
 
支店長のお気に入り
 Pホテルのゲスト・リレーションで働いていた恵美さんに食指を動かしたのは、ある日系サービス産業のKL支店でした。Pホテルとの契約を更新しようと考えていた矢先にKL支店長の高梨さんから直接、「うちで働かないか」というアプ口一チがあつたそうです。
 Pホテルでの恵美さんの給料は1,800リンギ。
高梨さんは、「2,000リンギだす」と約束してくれたんだそうです。                            仕事の内容はオフィス・ワークで、日本人マーケツトヘの営業促進の企画立案と、日本人顧客からの問い合わせの対応が主な仕事でした。
 最初は若い日本人駐在員のSさんもマレーシア人スタッフも歓迎してくれたそうです。ところが、Sさんや取引関係にある企業の日本人駐在員たちがいくらデートに誘っても、食事まででそれ以上はつきあわなかったんですって。           
チャイニーズのポーイフレンドたちの方が話しもおもしろいし、遊び方もスマートなもんだから、どうしてもチャイ二一ズ指向になってしまっていたようなんです。
「あいつ、ろくな仕事もできないくせにチャイニーズの男達をとっかえひっかえやってる。電話ばかりかかってくるし、ふざけた女だ」とSさんがふれ歩いたのだそうです。おまけに、「マレーシア人スタッフや現地採用たちは、私用電話が多い」と高梨さんに言いつけたりしたんです。
 確かに、初めての仕事が多かったからすぐに一人前の仕事なんてできっこないし、それを承知で雇われたんだから、雇った側が教えるのが当然でしょ。     
私用電話ったって、勝手に掛かってきちゃうんだからしようがないじやない。
この国の男たちって、電話で話すのが好きじやない。それに、事務所の前で彼女が出てくるのを待ってるのもふつうでしょ。放っておくと事務所の中にまで入り込んで待とうとするんだから、それがなかっただけ上等じゃない。
 
 
日本人とマレーシア人スタッフが陰険に対立
 殿様タイプというか、我が道を行くタイプの高梨支店長は、日本人の部下の言うことは無視して、「恵美ちゃんはなかなかよく仕事ができるじゃないか」とダラーっと鼻の下を伸ばして、よせばいいのに入社3か月後に給料を2,500りンギに上げたんです。                          
 「ミスター高梨のお気に入りなんだから、エミに逆らってはいけない。告げ口されたらまずい」と、マレーシア人スタッフたちは彼女との距離を保つようになったそうです。なんと、『日馬プレス』にも彼女の紹介記事が載って、高梨支店長はすっかり舞い上がってしまいました。
 何を勘違いしたのか、一年後に再び昇給。
恵美はハッピーだったけれど、当然のように、この日系企業で何年も働いている同僚のマレーシア人スタッフたちはいっせいに不快感を露(あらわ)にしたんです。しかも、高梨支店長にでなく、恵美 ちゃんに白い目を向けたんです。
「日本人だってだけで、わたしたちよりも経験はない。学歴もない。業界の常識も知らない彼女が、入社1年で何でわたしたちよりいい給料がもらえるの?」
「きっと、支店長のが―ルフレンドだからよ」、
「支店長、彼女のことがよっぽど気にいったんだろうな」。
 この頃から、支店内ではマレーシア人スタッフの日本人スタッフに対する憎悪が渦巻き始めたようです。
 最初に狙われたのが、Sさんだったんです。高梨支店長、自分の就労ピザは仲間の(ちょっといんちき臭い)コンサルタント会社の林さんに頼んで、(会社の)金に物をいわせて急いで取得させたくせに、部下のSさんのビザについては、「お前はしょっちゆう日本や近所の国に行ってるんだから、必要ないだろう」と言って手続きしないでいたんです。
おまけに、Sさんは自己中心的で、自分の頭の中にあるマニュアル通りに物事が進まないとヒステリーを起こすんです。
会議中に、自分の気に食わないマネージャーを人差し指で指差して、「だいたい、お前はサービスというもの、この業界の常識が分かっていない。なにがマネージャーだ。態度ばかり偉そうにして‥‥」ってやったんです。
人前で糾弾されることを、恥とする文化があるのです。やられた人は恨むし、周りはやった人を人でなしと見る。
だから、この国で人差し指で指差すのはタブーなんです。
 しばらくして、事務所にイミグレーションの役人が現れてSさんを不法就労で拘束していってしまったんです。
高梨支店長も泡を食っていんちきコンサルタントの林さんに現金を渡して「なんとかしてよ」って頼んだらしいんです。ふだんは「金は取るけど、仕事はしない」で有名な 林さんも、「裏の世界の人脈」との親交を有効利用して、うまく処理してくれたみたい。2日後、Sさんは無事、放免されたんですが、出社したSさんに励ましの声を掛けるスタッフはいなかったようです。
 
嫉妬と憎悪の目に耐えきれず
 Sさんの就労ビザが取れても、日本人対マレーシア人の対立の原因がなくなったわけではないので、Sさんや恵美ちやんの周りでは陰湿ないやがらせが続発していました。そんな支店内の事情に、もっともうとかったのが高梨支店長でした。
相変わらず、「恵美ちゃん、恵美ちゃん」と大声で叫んでは自分の部屋に入れてお話をしていたし、昇給のペースも抜群だったんです。
 いくら日本人の顔をしたマレーシア人の恵美ちゃんでも、自分に向けられた嫉妬と憎悪の白い目は痛いほど感じていたのでしよう。
同業他社からの転職の誘いに乗ってしまったのです。転落の始まりでした。
本稿は日馬プレス第182号(2000年7月16日)に掲載されたものです。
 
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