#15
男の子が
生まれました。
でも生活は・・・
小田島小百合
 
「アブ・バカール・ビン・カマルディン」の誕生
 生まれました。
 男の子です。
 名前は「アブ・バカール・ピン・カマルディン」。
 本人の名前は「アブ・バカール」で、要するにカマルディンの息子の「アブ・バカール」ということなのです。日本人のわたしには、「バカール」という音が「馬鹿」に聞こえるので反対したんですが、カマちやんの強い要望で押し切られてしまいました。     
 「バカちやん」て呼ぶわけにいかないし、「アブちゃん」っていうと、野球漫画の「あぶさん」の主人公のような大酒飲みのイメージがあって、モスリムの子供には似合わないように思えたんです。
 それはそれって割り切るしかないんで、わたしは生まれた子供のことを「新太郎」「新ちやん」と呼ぶことに決めたんです。
 「なんで、新太郎なんだ。小百合のポーイフレンドの名前か?」って、カマちやん、焼き餅を焼くこと、焼くこと、いい加減にして欲しいわ。クレヨン・しんちゃんに恨みでもあるのかしら。
 「ダメったら、絶対、ダメ1」
こんなときに強情を張らないで、仕事だとか、家計のこととかで強情を張ってよって言いたかったけれど…それから、どこへ行くのも一緒に連れていこうとするんです。
 生まれて2、3ケ月の子を連れて「サンウェー・ラグーンのピラミッドに行こう」とか、「一緒にシンガポールに買い物に行こう」とか、子供の健康なんて何にも考えていないんです。
 どこに行くのもわたしに反対されるので、やたらと自分の実家に行こうと、わたしと息子を車に乗せていくんです。怖いんです。
 放つておくと、アブ・バカールを膝の上において運耘しようとするんです。
 しょうがないから、わたしも一緒に乗るんだけど、運転しながら助手席に身体を乗り出してきて、わたしに抱かれた息子に顔を向けて
 「アブちやん、元気ィ」ってやるもんだから、他の車にぶつかりそうになるんです。
 「前を向いてしっかり運転してください」って、わたしが言うと、こんどは、、ビューンと飛ばしはじめるんです。
スキーの回転競技のように車と車の狭い間隙を縫って‥‥。これって日本人とマレーシア人の感性の違いなのかしら。わたしのお父さんの車の運転のモットーは、家族が一緒のときには「お前たちはお父さんにとって一番大切な存在なんだから、ふだんの2倍も3倍も慎重に運転するんだよ」ということでした。
 その時になって初めて気がついたんだけど、わたしの結婚については頑固で分からず屋のお父さんだったけれど、わたしたちのことを誰よりも大事にしてくれて、心配していてくれたんだと思うんです。
 「それが父親の愛なんだ」って、なんとなくまぶたの裏がじっとりとしてきたんです。
 「カマちやん。あなたはわたしとこの子が大切なんじゃないの?」つて聞いてみました。
 「大切だよ。だから、見つめていたい。話をしていたい。でも、君がダメっていうから、早くお父さんの家に行って、アブちやんと遊ばうと思ったんだ」、ですって。
 「あなた、わたしとこの子が大切だと思っているのだったら、これからどうしなきやいけないか、わかっているの?」、わたしは苛々していました。
 あまり話し相手にはなってくれませんでしたが、お父さんはわたしたちを育てるために一生懸命働いてくれました。
 「家族がいつも一緒にいて、たのしければそれでいいじゃないの」つていうのが、カマちやん。
 わたしのお父さんのように、父親が家族の犠牲となって必死に働くっていうのがいいとは思わないけど、一緒にいてたのしければいいというオーストラリア人みたいな考えかたにも問題があると思うんです。だって、それじゃあ、どっちが親だか子供だかわからない じやないですか。
いまどきの若い男は、といつもこいつも
 カマちやんの仕事仲間がときどき遊びにくるようになりました。
ザイナディンという、でっぷりとした体型で、鼻髭をはやしたカマちやんと同じ年格好の男性でした。
なんでも、日本留学の予備教育時代のクラスメートなんだそうです。でも、なにか変なんです。
わたしが聞いてもいないのに、
 「カマルディンは昔は女性にもてたけど、いまは小百合一筋になっちやって、付き合いが悪くてさ」なんてもってまわった言い方をするんです。
 「マレーシアという国は政治家や役人たちとの個人的なコネクションが大切な国なんだから、少しは自由にしてあげないとね。お義父さんみたいに“ダド”の称号をもらったりできないよ。だから、いろんな人との付き合いが必要なんだ」フムフム、だからなんなのよ。
 「出産が終わったら、小百合にもう一度働いてもらいたいんだって。いまの給料じゃ、家族の生活費を払ったら、だれとも付き合いができないんだ。それじやあ、偉くなれない」。
 やっぱりね。
 「あなたも友達なら、そういうことは本人が直接、わたしに言うように勧めるのが当然でしょ。カマちやんに言ってください。わたしに直接に言うように」って、キッパリ言つてやったんです。
 「でも、カマルディンは小百合に叱られるから、言えないっていうんだ」ですって。
 「いいから、伝えてください」
いい加減にしろ。
 まったく。
 いまどきの若い男達は、日本人もマレーシア人もみんな、自分の意見を自分ではっきりと言えないんだから。
 頭にきちやう。
 
日本が不況、現地採用にチャンスはあるか?
 ということで、わたしは再び働きに出なければならなくなり、何社か面接を受けにいきました。
求人をしていそうな日系企業に手当たり次第電話をかけてみましたが、なかなか面接までもたどりつくことができませんでした。
 『日馬プレス』にも電話をしたんですが、「履歴書を送ってください」と言われて、履歴書を送ったのですが、梨の榛(つぶて)でした。
 最近になって、『日馬プレス』でその話をしたら、
 「へ―、覚えてないよ」ですって。
 「たぶん、小さな予供がいるからダメだと思ったんじやないのかな」。
 「履歴書に写真を貼っていなかったんじゃないの。うちの社長は見てくれを気にするタイプだから」とか、「写真があれば、絶対に採用したよな」なんて、好き勝手なことを言つているんです。              
 失礼しちやう。
 仕方なく、ホテル時代の細いコネを使って、日系の機器や設備を販売している会社に、ちよっと強引に面接に行ってみました。                    
 日本も不況が長引いて、厳しいリストラを進めているらしくて、日本から給料の高い駐在員を送ってくるより、経費がはるかにやすくすむので現地採用のほうに切り換えている企業が多いって聞いていたからチャンスがあるかなって感じたんです。
世界にのめり込んでいく、二重人格の持ち主でした。
 新天地に移った恵美ちゃんは頑張りました。
同業種だったので、2年間の経験を積んだおかげで事務処理も早くなりましたし、企画会議でも積極的に発言できるようになっていました。まあ、ほとんどが前の会社の企画会議で聞いたのとそっくりのアイデアや嫌われもののSさんの受け売りだったりしたみたいだけれど、新しい会社だったので全員が経験不足だったせいもあって、通用したっていうのが現実なんですけどね。
 
 甲田社長は彼女にお得意さん回りの営業的な仕事も与えて、彼女のかわいらしさをビジネスに使おうと考えたようです。
 甲田社長の思惑通り、恵美ちやんは水を得た魚のように、今度は給料に見合った仕事をしているなと自分で実感したと親しい人たちに言つていたくらい、充実した日々を送っていました。
 社長は週に2、3度、食事に連れて行ってくれました。
最初のうちは
 「甲田社長って、エリートなんですよ。趣味がとっても洗練されてるの」、
 「社長と一緒だと美味しいものが食べられる」、
 「昨日の××レストランの日本食は最高!」とか言ってはしゃいでいたんですが、2か月がすぎた頃にはすっかり齢(うつ)状態になっていました。
 「アルコールを飲むと人格が変わるの。卑猥なことばかり言ってみたり、カラオケに行こうとか、一回ぐらい付き合えって言うの。やたらと触りたがったり。断ると、怒るのよ。あの変態親父」と怒り狂ってみたかと思うと、
 「でもね。この会社は働きやすいし、皆いい人たちだから辞めたくないのよね」とうつむいてしまったり、かわいそうなくらい落ち込むようになりました。
 そんな程度で落ちこんでいたんじゃ、勤まらないわよ。
 わたしなんかカマちやんの浮気だか本気だかわからない女癖やら、嫁を口説く義父にいつも接しているからたいしたことだとは思えないのよね。
『日馬プレス』だって、社長のWさんの目つきや態度を見てると、いかにも中年のすけべ親父って感じがするじやない。程度の差こそあれ、あるいは、本心を表にだすかださないかの違いはあっても、男なんてみんな同じ。
 
救いの神はナイスガイ
「捨てる神あれば、拾う神あり」
そう日本だけが神の国ではなかったのです。前の会社の瞭われものマネージャーのSさんが帰国という朗報が入ったのです。かってのマレーシア人の同僚が、「代わりに来た河谷さんはカッコいいのよ。日本の人気テレピ俳優にそっくり」って興奮して電話してきたくらい、河谷さんは評判のいい青年だったようです。
 かっての同僚たちは恵美ちやんに:河谷さんとの食事会をセットしてくれました。
前評判どおりに河谷さんは魅力的な男性でした。ソフトな語り口で、やさしさが伝わってくるようでした。
 不肖の父親のことがあって、日本人男性には生理的な嫌悪感をもっていた恵美ちやんも、さすがに胸がときめくのを感じたそうです。
河谷さんは彼女の耳元で、 「いろいろトラブルがあったようだけど、高梨支店長ももうじき日本に帰るし、どう、君さえよかったら、戻つてこないか」って、ささやいたんです。
 「アシスタント・マネージャーに推薦するよ。給料は今いくらもらってるの。3000リンギ、それじゃあ3500リンギで車付きでどう」
 「君みたいなかわいい女性と一緒に働けたら、毎日会社に行くのが楽しいだろうな」なんて歯の浮くような台詞も添えて。
 恵美ちやんは、普段から相談相手になってもらっていた華人系マレーシア人と結婚して20年余りの花村さんに相談したそうです。
 「そんなうまい話は危ないわよ。何か落とし穴がありそうな気がするな。前にも、恵美ちやんだけが特別に高級で優遇されているって、マレーシア人スタッフから白い目で見られたんでしょう。今度はもっと悲惨な結果になるわよ 。」花村さんはもう一度考え直すように言ったそうです。
 恵美ちやん、わたしのところにもやってきて、「どうしようかな―」って言うんです。
 「河谷さんって、信用できるの。それにそんな発言力あるのかしら」、河谷さんのカッコよさを得意になって話している 恵美ちやんに危うさを感じたのはわたしだけではありませんでした。でも、周りの人が河谷さんの話をうさん臭いと言えば言うほど恵美ちやんの心は河谷さんのほうに傾いていきました。
 
最悪の裏切り
 甲田社長に辞表を提出したのは、3か月間の試採用期間の終わる直前でした。
 そして、その翌日、河谷さんと一緒に昼食を食べながら、元の会社に戻ることに決めたことを報告しました。
 河谷さんの表情の変化に、すっかり舞い上がっていた彼女は気がつかなかったようです。
 「そう。高梨支店長に報告しておくよ。こちらから連絡するから待っててよね」、
 さすがに河谷さんのリアクションの素っ気なさに恵美ちやんは、「あれっ」と思ったそうです。
 「うれしい」とか、
 「一緒に働けるんだね。たのしいだろうな」、
 こんな答えが返ってくると思っていたのに‥‥。
  3日後の朝、河谷さんから恵美ちやんの自宅に電話がありました。
 「ごめん。支店長の気が変わって、一度辞めた奴を二度と使えるかって怒りだしたんだ。どうやら、甲田社長に焼き餅を焼いているらしい。それに、口―カルスタッフの問から、工ミが戻ってくるなら、自分達と同じかそれ以下の待遇じゃなかったら自分達が辞めるって言い出したんだ。そんな訳で、この話はたぶん駄目になっちやうな」
 と言うんです。
 「そんな」   
頭の中が真っ白になって、言葉につまっていました。
 「それじやあ」
 「ちょっと待ってよ。わたし前の仕事を辞めちやったんですよ。どうしたらいいんですか」
 怒りがこみあげてきました。
 「わたしをだましたんですか。はじめからだますつもりだったんでしょう」
 「そんなこと言ったって、ぼくにはどうしようもない。君を傷付けたくないから黙つていようと思つたけど、ぼくは君のお父さんのことを知っているんだよ。日本のきちんとした会社が君みたいな人を雇うわけがないでしよう」
 「‥‥」
 「ぼくのが―ルワレンドになってくれるなら、小遣い程度ならあげられるけど。でも、遊びでだよ」ですって。
 
人間不信、自己嫌悪、そして失踪
 河谷(さんという敬称はこの時点で廃棄処分されてしまいました。)へのメラメラと燃えるような怒りと、周囲の忠告も聞かずに舞い上がったあげくに裏切られてどん底に落とされた自分の愚かさに、恵美ちやんは自分の世界に閉じこもってしまいました。
わたしたちが電話してもでない。
自宅に行っても、電気はついているのに出てこない。まるで自閉症の子供のように心を閉ざしてしまったのです。
 わたしたちの間では、恵美ちやんは、ライバル!社への対抗意識と嫉妬から張り巡らされた蜘蛛の巣のような高梨支店長の陰謀に見事にひっかかったと推理されていました。
河谷という社員は、女をだます役目の美男俳優だったということなのでしよう。
「無責任」とか「恥知らず」とかいう言葉を、河谷のような男に浴びせてみても、蛙の顔にしょんべん程度にしか感じないと思うのです。
 人間不信と自己嫌悪、恵美ちやんにはきつ過ぎる試練だったのかもしれません。きそらく、涙も出なかったでしょう。父親のように他人から後ろ指を指されるような人生だけは送りたくないというのが、恵美ちやんの信条だったんだと思うんです。
 「ひとに信じられたい」
 「ひとを信じたい」
と彼女はいつも願っていたんだと思うんです。
そして、淡い恋心もあって‥‥。         
1か月も経たないうちに、恵美ちやんの電話が通じなくなりました。
そして、誰にも、何にも言わないで恵美ちやんの姿はクアラルンプールから消えてしまいました。
 高梨支店長も河谷も、そして甲田社長も、3人ともつつがなく任期を終えて日本に帰りました。
本稿は日馬プレス第184号(2000年8月16日)に掲載されたものです。
 
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