#21
台風一過、
元のオフィスに
小田島小百合
 
ならぬ堪忍、するが堪忍
 “ならぬ堪忍、するが堪忍"、今は亡きおばあちやんの教えを思い出して、大手通商株式会社、通商オオツウに残ることに決めました。
 「軟弱もの!」なんて思わないでください。
 わたしだって生きていくのに必死なんですから。
 軟弱ものだと疑っていた、わが夫カマちやんことカマルディンには金はないけど強力な人脈があるということがわかったし、まあ、「捨てる神あれば、拾う神あり」ってところかな。
 愛する息子のアブ・バカール・ビン・カマルディン、愛称新ちやんも順調に育って、笑ったり、転がったり、抱き上げるとピョンピョン脚を延ばしたりしてはししゃいでいるのを見ると、この子のためにもって元気がわくんです。
 思えば、マレーシアで過ごした短期間に、よく言えば新鮮な、悪く言えばとんでもない経験を数多くしてきたおかげで、ずいふん神経が太くなりました。
 お嬢さん学校をでた世間知らずのわたしなのに、胃の壁がとっても丈夫にできているみたいで、キリキリ痛むことはあったけど、穴もあかないし、痩せもしないし、ノイローゼにもならないというのは、お父さん、お母さんのおかげかな。でもね、忘れないでください。わたしはちよっと前までかよわい乙女だったんです。ただひたすら生きている、野辺に咲く一輪のけなげな大和撫子なんです。(と信じているんです。)
 
台風一過、オフィスは元どおりに
 さすがに権田原社長は、2、3日だけ豪快さを潜めていましたが、チャンネルの切替えが早いのもジャパニーズ・ビジネスマンの本領とばかりに典型的日本人おじさん体型の胴長短足が 真夏の国でスーツを着て、冷房から冷房へ汗を流すことなくいつも通り過ごしています。
 もちろん、週に1度はゴルフで調整しているようで、部下のSさんよりスコアが悪かったといっては悔しがっています。
 社長にしたつて、Sさんにしたって、学生時代にはスポ−ツのスの字もやったことがないくせに、今ではいっぱしのスポーツマン気取りでいるから笑っちゃうんです。
そのくせ、「幾ら儲けた」とか、「あそこで入ってれば××さんとの二ギりに勝てたのに」といってるんです。                              
 「へ―。社長たちのゴルフって賭けてやるんですか?スポーツなのに」って聞いたら、     !                             
 「えっ!賭けないでやる人いるの?」ですって。  
この人たちは、きっとパチンコも麻雀もスポーツなんでしょうね。 
 おしゃべりマッチポンプの大榎実沙恵さんはあいかわらず日本人若手サラリーマンとの交流に努めているみたい。最近は商売敵の中堅、と言ってもオオツウよりずうっと大きい大きい商社の日光商事の有明さんにお熱をあげているくせに、
 「日本人の若い男って調子ばっかりよくって、中味がないのよね。一緒に食事したり飲んだりディスコで遊んだりするのはいいけど、結婚相手にはね―」って、言うんです。
 「日本人の若い男を女に置換えればあなたの評価よ」って教えてやりたいくらい。   
有明さんは体格は貧弱なのにゴルフ焼けという、マレーシアにきて初めて身体を使うということを覚えたような男性。学生時代はきっと一日中勉強していたんだろうな。エリートなのかもしれない。でも、いくらなんでも実沙恵さんとねえ。    !                            
 KLでは日本人の女の子は引く手あまたなのに、それに、ちよっと見は可愛いのに、だれからも結婚を申し込まれたことがないみたい。その原因は、言わなくてもわかるわよね。軽いの。軽すぎて、清潔感がないというか、ちょっとだらしないというか、無神経というか、常識がないというか、とにかく敬遠されちゃってるみたい。
 
Sさんの憂うつの原因を知り、反省
 わたしの向かい側に座っているSさんは、時折経済新聞を見ながら深刻な顔をしています。「なにかあったんですか?」って聞くと、「いや。なんでもない」と、いつものさわやか笑顔のSさんに戻ろうと、表情を作り直すんです。そういうことが何回かありました。
 トイレの帰りに、Sさんの背後を通りながら、チラッと新聞紙面をのぞくと株式欄が開いていたんです。
 「よ一し、わたしは探偵の心境で昼休みを待ちました。キャンティーンでさっさと昼食を取り、Sさんが広げていた新聞紙面を見ました。わたしだって、株価が200円を切ったらその企業の経営にイエローカードが、100円を切ったらレッドカードが投資家に突きつけられているくらいのことはわかるんです。中堅商社として、経済音痴のわたしでも知っていたオオツウの株価は?って探してみました。細かい数字がたくさん並んで、まず、商業という項目の中にオオツウという文字を探しました。
ヒャー!びっくりたまげた。
なんと、オオツウの株価が100円ちょっとなんです。いつかある日突然に、NHKの二ュースで「中堅商社のオオツウは今日、会社更生法の適用を裁判所に申請しました」なんて発表されても、不思議でもなんでもなかったんです。
 100円を超えているオオツウはいいほうで、100円を切っている企業がたくさんあるんです。Aホテル時代に付き合いのあったラッキードロー事件のYさんのF商事なんか100円以下、上得意だった某ゼネコンなんて50円を大きく下回っているんです。 20円台なんて、つぶれないのが不思議なくらい。
会社の株価がこうなっちやうと嫌だろうな。
自分じゃどうしようもないものね。
いつつぶれてもいいように、敵を作らず、なにを言われても怒らず、屈辱にも耐えていくっきゃないんだ。駐在員なんてカッコいいんだけど、内心はひやひやなんだ。
 オオツウの取引先はというと、これは結構しっかりしているので安心したけれど。
取引先の取引先がつぶれてしまうとその煽りでどうなっちやうかわからないから、数字がよくても信用できないかもね。
日本経済が不況だって話には聞いていたけれど、たいへんな状況なんだってことが改めてわかったような気がします。
 これよね。わたしみたいな現地採用が、しょせん現地採用なのは、こんな常識さえ知らないでいても平気でいられるからなのよね。
日本からきている人達は、マレーシア国内の状況だけじやなくて、日本やら世界やらを見ていないといけないのよね。反省。
 Sさんがマレーシア人スタッフと一緒に戻ってきました。感心するのは、Sさんはできる限り口―カルスタッフと一緒に食事をしたり、遊んだりしていることです。
でもね、仕事人間のSさんにとって、口―カルスタッフと仲よくすることも仕事だって割り切っているんですって。
 
やった−!実沙恵さんがふられた
 実沙恵さんが泣いていました。
どうせ、また男にふられたんだ、と思いながら、
「どうしたの?なにかあったの?」つて聞くと、
「聞いてよ。わたしの彼、知ってるでしょ、有明さん。わたしね、タベ、結婚してって言つたの。そうしたらなんて言つたと思う。なんでそんなこと言うの?ですって。ぼくたちそんな関係じゃないでしょ。それにぼくの会社、日光商事って知ってるでしょ、有名な商社の。その日光商事が危ないんですって。だから、今は日光商事がつぶれたときのことを考えて、いつでも再就職できるように根回ししなきやならないんで、結婚なんて考える暇はないって断られちやったの」。
 ウーン。
 有明さんの実沙恵さんに対する本心は、“ぼくたちそんな関係じやないでしょ”に集約されてるな。
とってつけた会社の経営状況ってのも同情するけど、こんなこと外部の人、おしやべり実沙恵さんに話していいのかしら。
これって背信行為じやない。
 そういえば、日光商事の株価は70円だか80円だったから、かなり深刻なんだけどね。
でも、有明さんて会社運はないみたいだけど、結婚運はいいみたい。
実沙恵さんに心ひかれなかっただけでも幸運だと思うわ。それに、実沙恵さんがエリートと結婚なんて許せないもの。
 「やった一!実沙恵さんがふられた」、ついつい心の中で喝采をしてしまったわたしです。  
本稿は日馬プレス第190号(2000年11月16日)に掲載されたものです。
 
  ここに掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
著作権はA. P. PRESS (M) SDN. BHD.またはその情報提供者に帰属します。
POWERED by Minamikaze Digital Animation Studio Enterprise