#22
ぼろ雑巾になった実沙恵さん、でも、玉の輿に
小田島小百合
 
実沙恵さんは捨てられたぼろ雑巾
 ある日の午前中のことでした。権田原社長とSさんは、大阪からきたお客様たちとゴルフで、朝から会社にはきていません。鬼のいぬ間の洗濯とばかり、わたしは両隣りの席のローカルスタッフと無駄話をしながら、気楽な雰囲気で書類の整理や取引先との連絡をしていました。上司のマネージャー、ムティさんは電話大好き人間で、彼も知人もやっぱり電話が好きなんでしょう、朝から晩まで、仕事をする間も惜しむように受話器を耳にあてています。
だから、わたしたちもだれに気兼ねなくマイペース。
 営業スタッフが出払った10時すぎになって、スリムで超美人のインド系スタッフのサラさんがスーっとわたしの側に着て、耳元でささやいたんです。
 「実沙恵さんが泣いているの。どうしたのかしら?」、
 「えっ、気がつかなかった。ほんと?」といって実沙恵さんを見ると、ハンカチを瞼にあてて肩を小刻みにふるわせているんです。
 「また、恋人にふられたのかなあ?」とサラさん。
 「そうね。ほかに考えられないもの」とわたし。
 涙の訳を知りたい気持ちと、「触らぬ神に崇りなし」、「君子危うきに近よらず」という気持ちの葛藤がありました。
 わたしの葛藤などにお構いなく、神様も危うきも向こうからやってきました。
 「小百合ちやん。聞いてくれる?」、
 「えっ。でもまわりに口―カルスタッフがいるじやない」、
 「日本語がわからないんだから、大丈夫よ」って、わたしの脇に椅子をもってきて話しはじめました。延々と1時間も。
 
最低!おしゃべり男と実沙恵さん
 要するに、2か月前から加茂鹿精密機械という工場の跡取り息子の加茂鹿喜郎という青年と週に1度か2度、彼のコンドミニアムに泊ま るほどの深い関係になっていたのに、「結婚してくれる?」と聞いたら、「なに冗談を言ってるんだ」って突き飛ばされたらしい。
 加茂鹿さんに「きみは、僕の前に日光商事の有明睦四郎君と付き合っていただろう。その前にはスマトラ食品の諏訪流人君。 2人ともぼくの遊び仲間だって知ってるだろ。きみのことは2人から申し送り事項になっているんだ。諏訪君は自分の会社より商社の日光商事のほうがかっこいいから有明君に乗換えたんだろて言っていたし、有明君はたぶん僕の会社が危ないってことを知ったんで、将来性のあるIT産業の僕に乗換えたんじゃないかって言ってたよ」って言われたんですって。
 3人はどうやら、実沙恵さんとの夜の秘め事を酒の肴にして、聞くに耐えないことまで暴露し合い、笑い者にしていたらしいんです。
 「それが悔しい。恥ずかしい」って、泣いては愚痴り、泣いては愚痴りしていたんです。
 わたしは胸の中でぱ自分が悪いんじゃない。3人が遊び仲間だって知っているのに、とっかえひっかえするから全部ばれちやうのよ。自業自得じゃない"と、愚かな女性を見下していました。
 その一方で、親密な関係にあった女性との秘め事を酒の肴にして笑い者にしたり、申し送り事項などと言って品物のように扱った3人の男が許せないという怒りもあって、複雑な心境でした。
 
秘め事は秘密にしなきゃ
 男と女の問題は、その道の苦労人のケンケンこと犬山健さんに相談するに限ると思いました。  
 
最近の犬山さん、イメージチェンンを計っているんです。
 「わしはマレーシアではピジネスマンじゃけん、それなりの身嗜みをしなきゃおえん」などと言って、髭を剃り落とし、白っぽい上下と、金のネックレス、エナメルシューズというやくざスタイルをやめて、カラーシャツにネクタイ、地昧っぽいブレザーというスタイルに変身したんです。そのくせ、やくざ映画の見すぎのせいで、福岡弁だか、広島弁だか、へんな地方弁を使うんです。
 「それじやあ、見かけは変わっても、すぐにやくざだってわかっちやうわよ」って忠告したんですけど、治らないんです。
 笑っちやうのは、ネクタイの柄。だって、あるときはドナルドダック、あるときはスヌーピー、そして、あるときはキングコブラ。
 茶目っ気たっぷりに、「似合うだろう」って言うんです。
 その犬山さんが実沙恵さんの話を聞いて、まず最初に、
 「小百合ちやん。そんな話はだれにも話しちやいけないんだよ。まして、わしみたいなやくざもんに話すのは絶対に駄目だ。こういうのはわしらにとっては一番おいしい儲け話なんだ。脅せば、男からも女からも金がとれる。男の努めている会社からもね。男と女のあいだの出来事はなにがあっても、絶対に秘密にしておくほうがいいんだ。他人に知られていいことはまったくない。とくに女性のほうはつらい思いをする」と説得するように言うんです。
 「いいかい。彼女は小百合ちやんにだけ話したつもりでも、現実に小百合ちやんはわしに話をしている。わしがだれかに話さないという保証はないんだよ。わしがうちの若い衆に話したら、若い衆は男の会社に乗り込むだろうな。そんなことになったら大変だよ。でも、わしらは外国ではそんなケチなことはようせんわ。この国で本当に怖いのは、やくざよりもやくざもどきの日本人のトーシロ(=素人)だよ。あいつらは犯罪の基本を知らんで無茶しおるからな」と教えてくれました。
 「忘れるのが一番いいんだよ。 3人の男達と二度と会わないようにするんだね。日本に帰るのがいい。小百合ちやんも関わっちやだめだ」というのが結論でした。
 
Sさんよ、おまえもか?
 翌日から、実沙恵さんは会社にこなくなりました。
加茂鹿喜朗、有明睦四郎、諏訪流人の3人はSさんとも親しく、よく電話がかかってきたり、会社に遊びにくることもあります。そうしたこともあって、会社を辞めたんだと思います。
信じられないことに、ローカルスタッフたちは、耳をダンボにして聞いていた実沙恵さんの話をほぼ正確に理解していました。パラバラになつて発掘された縄文時代の土器を再現するように、ローカルスタッフたちは知っている日本語と日本人の名前と彼女の雰囲気をつなぎあわせて、ストーリーを完成させたようです。
オフィスで実沙恵さんのことが話題になると、Sさんは複雑な表情をして、そうっといなくなってしまいます。前日、わたしが犬山さんと会いに会社を出た5時すぎ、実沙恵さんゴルフから帰社してきたSさんの胸にすがりついて泣いたんだそうです。
2人は応接室に入って30分余りでてこなかったんで、帰るに帰れなかったといって、苦笑いしていた口―カルスタッフたちに言わせると、
「実沙恵はSさんの帰りを待っていたみたい。Sさんも絶対にあやしいわよ。これって日本語で“不倫”っていうんでしょ」という具合で、するどい観察力と感心しました。
 
恐喝事件も発生、でも、実沙恵さんは玉の輿
 2週間がすぎた頃、Sさんが、
 「どうも実沙恵さんが加茂鹿たち3人を脅しているらしい。3人とも金で片付けるって言っているけど、あいつらも高い買い物をしたよな」って言うんです。
 「買い物って実沙恵さんのことですか?それって女性差別じやあありませんか?それとも、現地採用の女性社員だから品物と同じ位に安っぽいでことですか?Sさんも買い物をしたひとりなんじゃありません?」、カッととして言ってしまいました。
 「実沙恵さんが恐喝したって証拠があるんですか?3人の馬鹿男がそう言ったんですか?」たじろいでいるSさんに、わたしは追い討ちをかけました。
 「ごめん。ごめん。そんなつもりで言ったんじやあない。実沙恵さんがそんなことをするわけがないよな」とうろたえて苦しい言い訳をSさんはしました。
 Sさんがセールスにでかけると、ロ−カルスタッフ全員が私に注目しました。
 もちろん、マネージャーのムティさんも耳がダンボになっています。
 わたしの説明に、
 「最低ね。日本人の男性って紳士だと思っていたのに。ねえ。みんな、そうなの?」という厳しい質問がきました。
 「日本もね、マレーシアと同じで男尊女卑なのよね。もちろんひとによってだけど。卑劣というより軽薄なのよね。なにも考えてないの。欲望のおもむくままだったり、これをしやべったら、相手や周りのひとがどう思うかなんて考えないのよね。ただ、女性にも問題があるのよね。実沙恵さんも悪いのよ」。
 数日後、犬山さんから電話がありました。
 「ほれ見ろ。やっぱりトーシロが3人を恐喝したじやないか。どうやら大堀って奴らしいんだけど。あいつ、Eメールで脅迫状を送ったらしい。証拠を残すところがトーシ口なんだ。日光商事の支店長から“なんとかならないか?”って言つてきたけど、“一度だけは払ってやれ。二度目がきたら、わしに知らせろ”って言っておいた」というのです。
 さらに数日後、      
 「どうやら大堀が勝手にやっているらしいんだ。男達が女に尋ねたら、女は”わたしは知らない。話はしたけど。訴えればいいでしょ”と言っているらしい。 3人とも授業料を払ったようだ」、
 ウーン、さすが蛇の道は蛇、大物やくざの目は確かだ。
 「おもしろいことを、教えてあげようか。先週の終わりに、大堀の女房と奴の留学中の娘がパリで落ち合って、ブランド品を大量に買い込んできたって噂だよ。どうやら金は女には一銭も渡ってないみたいだ」というオチまで教えてくれました。
 事件から2か月後、実沙恵さんから電話がありました。
 「わたし結婚するの。だれだと思う。オオツウとも取引があった、二ュー・サウス・ウェールズ証券投資の御曹司のヒーター・マックドナルドよ。知ってるでしょ。会社を辞めた3日あとに王宮ホテルのラウンジで飲んでいたら、“実沙恵さん”って声をかけられたの。覚えていてくれたのね。それだけじゃなくて、わたしのことずっと前から関心があったんですって。結婚してくれって口説かれちやったの。来週、オーストラリアに行くの。シドニーで結婚式をやるから招待するからご夫婦できてよね」ですって。
オーストラリアの財閥の御曹司か、羨ましい。
うちのカマちやんもマレーシアの財閥の息予なんだけどな。
せこいし、スケールが小さいのよね。
くぅー!悔し〜い。  
 
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