「Rashomon」
国際交流基金 滝口 健
 
 芝居の稽古にどのくらいの時間がかけられているか、ご存じでしょうか?1週間?そんなはずはありません。1ヶ月?まだまだ。半年?なかなか。
 現在でも俳優の訓練に広く使われている「スタニスラフスキー・システム」を考案した今世紀初めのロシアの演出家、コンスタンチン・スタニスラフスキーは1年の稽古期間が必要と主張していますが、現在ではそんなに長い稽古期間をとることは現実的には不可能です。2ヶ月を確保できれば御の字、というところでしょうか。ましてや、フルタイムの俳優が少なく、昼間に別の仕事を持ちながら活動する俳優が多いマレーシアの演劇界では、稽古の時間をいかに確保するかが、常に演出家の頭痛の種となっています。
 いま、中華街近くにあるMCPA劇場において、The Actors Studio作品、「Rashomon」の稽古が進んでいます。5月始めから稽古が始まり、現在は6月18日の公演初日に向け、最後の追い込みに入っているところです。この作品は、芥川龍之介の短編「藪の中」と、それを元にした黒澤明監督の名作「羅生門」を下敷きにしています。昨年、KL(The Actors Studio Bangsar)とペナンで上演され、好評を博したことから今回、マレーシア国立劇場(Istana Budaya)から再演の誘いがかかったものです。
Ramli Hassan
 主要キ ャストに変更はありませんが、ナレーター役となる「門番」が1名から4名に増えるなど、さらに強力な布陣になっています。また、衣装には日本から時広真吾氏を招き、舞台装置は国立劇場の大舞台にあわせて完全に新設計されるなど、非常に力の入った内容となっています。「キャッツ」や「アニー」などのミュージカルやオペラなど、海外の大がかりな舞台の上演が目立つ国立劇場において、マレーシアの劇団が公演を行う機会は非常に限られています。それだけに、劇団側の力の入れようも納得できようというものです。
 再演ということもあり、演出家からの指示は、主役3名については細かな所作などのディテールに集中しており、今回新しく加わった役者を中心に、脇役陣に様々のダメ出しがされています。しかし最近、最も重要な「盗賊」を演じるRamli Hassanが足の指の骨を折るというアクシデントが発生。幸い、歩けないほどの重傷ではなかったものの、チャンバラシーンの稽古は不可能になってしまいました。こうした突発事態に上手に対処することも演出家には求められます。
 
 このように、信じられないほどの手間と、労力と、ドラマを秘めた稽古の末に芝居が板に乗る(上演される)わけですが、今回の「Rashomon」の上演期間はわずかに10日間、8公演(月・火が休演のため)にすぎません。徹夜で仕込む(ことになるでしょう)舞台装置も照明も音響も、これが終われば跡形もなく消え去る運命です。同じものは二度と体験することができず、人々の記憶の中だけに残る。これこそが舞台の魅力であるともいえるでしょう。是非、劇場に足を運び、その「一期一会」を味わってみてはいかがでしょうか。
 
 
<本稿は日馬プレス第276号(2004年6月16日)に掲載されたものです。>
     
 
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