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希望と混乱と
〜2004年回顧 |
| 国際交流基金 滝口
健 |
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新年あけましておめでとうございます。民族ごとに異なる新年があるマレーシアではあまり盛り上がりませんが。おまけに、2005年の元旦は土曜日から始まるということもあり、この日が初日という芝居もあります。日本ではちょっと考えられないことですが。
とはいえ、年の変わり目というのは前の年を回顧するにはよい機会です。キャメロニアン・アーツアワードも2004年分の審査結果の集計がおこなわれ、間もなく受賞者を決定する審査会議が開かれます。この機会に、2004年のマレーシア演劇界を振り返っておきたいと思います。 |
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まず、演劇界を取り巻く状況から。2004年は、前年のInstant
Cafe Theatre Companyへの公演ライセンス発給停止で最高潮に達した当局による検閲強化の余韻の中で始まりました。3月の総選挙を控えた2月には、Five
Arts Centreによる「Election Day」に対する公演ライセンスが上演の2日前まで発給されないという異常事態が発生します。これに対し、アーティストたちは抗議アピールの発表やプレスへの働きかけなど、様々な方法で対抗しました。
しかし、その選挙を受けた省庁再編が意外な展開をもたらします。かつての文化芸術観光省から文化芸術部門が独立し、芸術・文化・遺産省が設立されたのです。ライス・ヤティム大臣はローカルアーティストとの協調路線を打ち出し、アーティストとの対話が開始されました。8月にはマラッカで2日間の集中討議が行われ、そこで得られたインプットは新たに制定される文化政策綱領に盛り込まれるとされました。アーティストたちが期待に色めき立ったのは当然です。「今までの政府の態度を考えると、まるで夢のようだ」と言った者もいました。 |
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| Election
Day |
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それから4カ月がたちます。残念ながら、現在のところ綱領が制定されたという話は聞こえてきません。集中討議においてアーティストから強い要望が出された検閲制度改革についても目立った動きはありません。討議の席上、芸術文化遺産省側から可能性が示された民間芸術団体への資金的支援についても具体化は進んでいないようです。「だまされた」と怒る者、「まだ希望を捨てるべきではない」とする者、アーティスト側の反応もまちまちです。「夢」は「夢」のままで終わってしまうのでしょうか。
演劇や劇団についても振り返ってみましょう。中国語劇では、従来頻繁に見られた身体表現に重きを置く傾向が影を潜め、台詞中心の芝居が目立つようになりました。日本で開催されている「フィジカルシアター・フェスティバル」に何度も参加していた老舗劇団、Dan
Dan Theatreが実質的に活動を停止してしまったのは象徴的です。代わって表舞台に出てきた若手演劇人による舞台は、よくも悪くもテレビのトレンディードラマのような作品でした。1月に上演された「Sam
& Jet」や8月の「Paradise」といった作品がその代表といえるでしょう。あまり「演劇的」ではないこうしたモチーフには正直なところ違和感を感じることが多いですし、表層的な捉え方にとどまっているようにも思われるのですが、こうしたアプローチが今後も続いていくのか、またその中から優れた作品が生まれてくるのか、引き続き注目です。 |
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英語劇については、御大Krishen
Jitが演出した、劇作家Huzir Sulaiman作品の再演が大きな収穫であったといえるでしょう。2 月の「Election
Day」と11月の「Notes on Life & Love & Painting」、「The Smell
of Language」、それに昨年のHuzir自身の出演による「Atomic Jaya」とをあわせて、現在マレーシアで最も優れた才能の一つを再確認することができました。ただ、他方で観客動員面での苦戦も目立ちました。「Notes...」は優れた舞台ではありましたが、動員面では惨憺たる結果でした。新しく旗揚げした劇団、Sumundaが10月に上演した「Five
Letters from an Eastern Empire」も意欲的な作品作りに見合うだけの集客が(非常に多くの広報努力が払われたにもかかわらず)得られなかったのは悲しいことです。
マレー語劇では、1月の「Anak Kerbau Mati Emak」や7月の「Tun Fatimah」など、国立劇場(Istana
Budaya)による大規模な作品が中心となりました。しかし、規模は小さいながらも若手の演出家の作品に見るべきものがありました。Nam
Ronが演出した8月の「Lembu」は高い評価を得ましたし、11月の「Superputuih!」は「今年の最大の収穫」とまでいう人もいます(私、この作品は見に行けなかったんです。残念)。また、シンガポールで高い評価を得ている劇作家、Haresh
Sharmaの作品をマレー語訳して上演した「Otak Tak Centre」も忘れがたい印象を残しました。
子供向け演劇も活発に上演されました。Gardner & Wifeによって12月に上演された「Little
Violet & The Angel」は3週間というマレーシアでは異例のロングランをおこないました。The
Actors Studio Academyは子供向けワークショップを数多く実施していますが、そこから生まれた作品が今年、富山でおこなわれた「アジア太平洋こども演劇祭」に招待されたのも大きなトピックです。 |
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全体として、今年はベテランの活躍が目立った年であったといえるかと思います。逆に言えば、若い才能があまり出てこなかったとも言えます。「なんだ、これは!?」というような刺激的な実験作品にはほとんど出会うことのなかった年ではありました。理由はいくつも考えられますが、一つには(貧乏な)若いアーティストが実験的な作品を上演できるスペースが少なくなってしまったことがあるように思われます。かつて独立広場の地下にあった劇場、The
Actors Studio Boxが去年の洪水で失われて以来、この劇場が果たしてきた「若手が手軽に作品を発表できる」という機能を果たすスペースが現れていません。2005年中にオープンする予定のKuala
Lumpur Performing Arts Centre(KL PAC)にはブラックボックス型の小劇場がありますが、これがかつてのBoxの機能を果たしてくれるのではないかと期待しています。
2005年のマレーシア演劇界には、このKL PACのオープンをはじめとして、夏頃に予定されている国立劇場でのマレーシア製ミュージカル特集上演など、多くの話題があります。しかし、検閲の問題など、暗い影を落とし続けている問題も未解決のまま残されています。設立2年目に入る芸術・文化・遺産省からは具体的な施策が示されることになるのでしょうか。期待と不安とが複雑に入り交じる年となりそうです。 |
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<本稿は日馬プレス第289号(2004年12月1日)に掲載されたものです。> |