自分を表現する言葉〜
The Actors Studio "Hamlet"
国際交流基金 滝口 健
 
 しばらく前、英字紙「The Star」が「正しい英語を話そう」と題したキャンペーンをおこなったことがありました。そのときに読んだ記事で、一つ記憶に残っているものがあります。大学に通う中華系の男子学生からの投書で、「自分の家族はマンダリンで通常会話しているが、自分は英語で話すときの方が自分を正しく表現できる気がする」というものです。日本語が絶対的な母語である私にはとても理解できない世界ですが。
 
 「多文化社会」であるマレーシアは「他言語社会』でもあります。「母語」はそれぞれの民族的バックグラウンドや家庭環境、受けてきた教育で異なっています。ほとんどの人たちは複数の言語を解します。中華系でも漢字の読み書きができない人もたくさんいますし、インド系なのに中国語がペラペラという人もいます。英語が第一言語だ、という人たちももちろんたくさんいます。
 でも、「話せる」というのと「自分を表現する」というのとは非常に異なることでしょう。2つ以上の言語を全く同等に操ることができるという、完全なマルチリンガルであればともかく、ほとんどの人にとっては「母語」こそが自分を最も正しく表現できるツールとなるはずです。だからこそ、「『母語』ではない英語の方が自分に取って自然である」ことが、前述の青年にとっては大きな悩みとなるのでしょう。
 
 さて、アクターズ・スタジオが2月初めに上演した『ハムレット』です。
 今回はマレー語による上演で、時代設定は現代に移されていました。登場人物は現代風の衣装に身を包み、剣の代わりにピストルやナイフで決闘がおこなわれます。
 
 この企画がスタートしたのは、昨年の6月頃だったと記憶しています。衣装デザインを日本のデザイナーに依頼しようとか、新しくオープンしているはずだったクアラルンプール舞台芸術センターのこけら落とし企画にしようとか、いくつかのアイデアが浮かんでは様々な要因で見送りとなりながらも、昨年12月にはキャストも決まって稽古に入っていました。
 
 今回のキャストで目を引くのは、主演のGavin Yapやポロニアス役のPatrick Teohなど、普段は英語で芝居をしている、いわば英語を「母語」とする役者たちが入っていることです。実生活でも、彼らはマレー語は「話せる」程度で、必要な場合以外にはほとんど使っていません。シェイクスピアという、語りがメインとなる演劇において、マレーと語いう、自分を表現するためには全く不完全なツールを使わなければならないというのはあまりにも大きなリスクであるように思われました。実際、当初稽古に参加していたある役者は、マレー語では自分が納得できる芝居ができないとして降板してしまっているのです。
 
 果たして、開演直後のPatrick Teohは、非常にやりにくそうに見えました。台詞がまず先にあり、台詞にすべてが規定され、役者は台詞に使われてしまっているような感じがしました。それが落ち着いてきたのは第1幕の中頃からだったように思われました。Gavin Yapは、英語で演じる際にもよく見られる、早口で畳み掛けるようにしゃべりまくる台詞回しは健在でしたが、やはりぎこちなさがあったように思われます。
 
 初日の講演が終わった後には、恒例の初日乾杯がおこなわれます。その席で、Patrickにマレー語で演じることについて聞いてみました。「最初の台詞がね、『Salah!(ちがう!)』っていうんだけどね、それを『Marah!(怒った!)』といわないようにだけ気をつけたよ」とおどけていた彼でしたが、真面目な顔になって、「リズムが大事なんだ。自分にとってマレー語で演じることは簡単なことじゃない。台詞のリズムだけに気をつけて演じていた」と言っていました。その横で、普段は芝居が終わるとビールを片手に大騒ぎするGavinが、憔悴しきった顔で座り込んでいたのが印象的でした。
 
 
 正直なところ、今回のキャスティングが最も正しい答えだったのかについてはよくわかりません。マレー語を母語とする役者だけで固めた方が、あるいはよい作品になったのかもしれません。しかし、多言語が共存するマレーシアにおいて、敢えて自分の母語ではない言葉で自分を表現することに挑んだ役者と演出家の勇気は称賛に値するのではないかと思いました。
<本稿は日馬プレス第293号(2005年3月1日)に掲載されたものです。>
 
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