マレーシア 舞台芸術の
底上げのために〜
BOH Cameronian Arts Award をめぐる論争
国際交流基金
滝口 健
 
 四季のある日本から常夏のマレーシアに来て、一番戸惑ったのは?という質問に、「ある出来事がいつ起こったのか思い出せないこと」と答える人は多いのではないでしょうか。どうやら、我々日本人は物事を記憶するときに、季節も一緒に記憶しているようです。あの時は桜が咲いていたっけ、とか、あのマフラーを巻いてたっけ、といったことが手がかりになるのでしょう。一年中、同じ季節のマレーシアでは、だからこそ、年中行事が大事なのかもしれません。単調に続く日々に人為的に区切りをつけていくという意味で。
 
 2002年から始まった「BOH Cameronian Arts Award」も、3年目を迎えて、マレーシア舞台芸術の「年中行事」として定着してきたようです。今年は3月3日にノミネーションの発表がおこなわれ、授賞式は4月22日にマンダリン・オリエンタルホテルでおこなわれます。演劇、ダンス、音楽のそれぞれに7〜10部門が設定され、その年の最も優れた舞台芸術作品の座を競います。授賞式はマレーシア舞台芸術界の主だった面々が勢ぞろいし、華やかな雰囲気の中でおこなわれます。(編集部注:この原稿は授賞式前に執筆されました)
 しかし、このアワードの道のりは平坦ではありませんでした。むしろ、常に審査方法や賞のあり方、果ては「えこ贔屓」の存在まで、様々な批判・非難にさらされ続けてきたといったほうがよいかもしれません。第1回、2002年度に大きな批判の対象になったのは、中華系の審査員の数が少なかったことでした。中国語を解さない審査員が多数を占めることで、中国語劇が自動的に賞から締め出されているのではないかとの批判が新聞等でも指摘されました。これに対処するため、主催者側は翌年から審査員数を大幅に増加させ、中華系の審査員も十分な数が確保されるように変更しました。この若い演劇賞は、トライ&エラーによって少しずつ前進しています。
 
 今年も、ノミネーションが発表された直後から、多くの批判が出されました。賞の主催者であるウェブマガジン、Kakiseni.comにはあっという間に70近い書き込みがなされ、Kakiseniでは説明のために特別のページを用意しなければならないほどでした。書き込みの多くは選考結果に批判的なもので、非常に汚い言葉を使ったものも多かったことから、Kakiseniでは審査員に対して動揺しないようにというメールを配ったほどです。
 
 そうした批判の中でも、特に多かったのは演劇の照明部門の5件のノミネーションが、全てMac Chanという一人の照明家によるものであったという点に関するものでした。どの作品で受賞するにしろ、Macが受賞することは決まっているのではコンペティションとはいえないのではないかという意見、ノミネートさえされないのではMac以外の照明家が育つ可能性を奪ってしまうという意見、過去2回の同部門もMacが受賞していることから、審査員がMacの作品だけを贔屓しているのだという意見など、いろいろな意見が様々なメディアで取り上げられました。
 
 もちろん、審査員の間でも果たしてこうしたノミネーションをおこなうことがよいのかについては激論が戦わされました。しかし、「我々はそれぞれの作品について審査をおこなっているのであり、結果としてある特定のアーティストにノミネーションが集中することがあったとしても、それはそのまま受け入れるべきである。作品の本質以外の要素を考慮して結果を操作することは採るべき道ではない」という合意がなされ、こうしたノミネーションになったのです。
 
 この論争は、図らずもマレーシアの舞台技術者の層の薄さをクローズアップすることになりました。この問題を解決するには、温情で若い技術者に賞を与えるという安直な方法によるのではなく、きちんとしたトレーニングを積み重ねることによって、実力で賞を勝ち取れる人材を育てることこそが必要なのだろうと思います。論争の渦中に巻き込まれたMac Chanも、その点をよく理解しています。若い技術者のスキルアップを目標として設立された「マレーシア舞台技術者協会」の代表として東奔西走しているのは、まさにMacその人なのですから。
 
 10年後、「アワードの最初の何年かはMacしか受賞者がいなかったんだ」ということを笑い話として話すことができるようになっていればいいな、と思います。
 
<本稿は日馬プレス第297号(2005年5月1日)に掲載されたものです。>