Krishenの魂は受け継がれる〜
Directors Workshop 5
国際交流基金 滝口 健
 
 クアラルンプールの中でも洒落た街として知られるバングサですが、その中にあって、ラッキーガーデン地区は、マーケットや屋台が立ち並ぶ非常に庶民的な地域です。一日中喧騒が絶えないこの地域のすぐ裏に、Suria KLCCやDataran Putrajaya、それに新しくオープンしたKuala Lumpur Performing Arts Centre(KLPAC)のデザインを手がけた建築家、Ng Sek Sanの自宅があります。

 この家の1階スペースを使い、6月9日〜11日、16日〜18日の2週間にわたり、Five Arts Centre主催の「Directors Workshop 5」の公演が実施されました。若手の演出家の発見・育成を目的とするこのワークショップシリーズは、Five Arts Centreの故Krishen Jitが中心となって1998年に開始したもので、これまでにNam Ron、Anne James、Reza Zainal Abidinといった、現在はマレーシア演劇界の中心的存在として活躍しているアーティストや、Amir MuhammadやJames Leeのように、インディーズ映画の旗手となっている者など、様々な才能を発掘してきています。

 また、2001年に実施された「Directors Workshop 4」では、上演作品が検閲により急遽上演禁止処分を受け、それに抗議するアーティストたちが団結して運動を起こす事態に発展するなど、単なる新人発掘の場としてだけでなく、既存の枠にとらわれない演劇の形を問う場としても機能してきたのです。ただ、その後、常に会場として使用されていた独立広場地下のThe Actors Studio Boxが洪水で失われたこともあり、3年半あまりにわたってプログラムは中断してきました。

 しかし、KrishenとFive Arts Centreは、劇場での上演という枠さえ飛び越えた形での再開を模索していたのでした。今回は、普通の(といってもかなりの広さのあるスペースではありますが)住居の1階という空間を自由に使った作品4本が上演されましたが、中でも、Fahmi Fadzilが演出した「A Chicken, A Communist, And A C-Cup Bra」は、台所で実際にチキンライスを調理しながら芝居が進行し、休憩の際に観客に出来上がったチキンライスが振舞われるというユニークなものでした。エグゼクティブ・プロデューサーを務めたMarion D'Cruzは、「我々は最近、楽をしすぎていた。何でも揃う劇場という空間を使うのが当たり前になっていた。でも、表現というのはあらゆる場所でできるものだ。今回、この空間を使うことが『制約』だとは全く思わない。むしろ、Fahmiが『実際に料理をしたい』と言い出したので、それが可能な場所を探したのだ」といっていましたが、確かに、Five Artsはかつて街頭や公共スペースでの公演を積極的に仕掛けていたのでした。

 その先頭に立っていたのが、最近なくなったKrishen Jitでした。Krishenが最後の最後に手がけたこのワークショップ、彼が直接にかかわった最後のプロジェクトであるこのワークショップは、まさに彼の自由な精神を受け継ぐ若者たちの表現の場となっていました。
 
 
<本稿は日馬プレス第301号(2005年7月1日)に掲載されたものです。>
     
 
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