欧米マスメディアとの勝負
 

「西洋近代の価値観」と欧米メディア

 マハティールは、欧米主導の国際秩序を変革しようと試みてきた。それは、「個と全体」、「権利と責任」、「物質と精神」それぞれの均衡・調和を欠いた「西洋近代の価値観」を修正することでもある。
 ところが、物質文明における強者と、それに支えられた先進国の権力者たちは、自分たちの価値観が絶対であり、自分たちの政治経済の運営方法が勝っていると信じている。マハティールは、欧米の巨大メディアの多くも、物質文明における強者に支配されていると認識してきたのではなかろうか。だからこそ、欧米メディアは自らの価値観にそったニュースを大量にばら撒き、それに反するものを認めようとしない。
 マハティールは、欧米マスメディアは自由な報道を主張しつつ、実際には報道をコントロールしていると指摘している。「情報伝達の過程で、社主がコントロールし、編集長がコントロールし、さらには副編集長がコントロールする。コントロールには、必ずしも情報操作を必要としない。載せたくない情報は、黙殺すればそれでよいのである」とも書いている(『日本人よ。成功の原点に戻れ』)。
 例えば、欧米メディアは「アジア的価値観」という言葉を敵視し、それを個人の自由を否定する独裁体制、権威主義体制を擁護するための方便に使われているに過ぎないと曲解してきた。確かに、一部の発展途上国で十分に人権が保障されていないことは事実である。しかし、本来アジア的価値観はアジアの伝統思想や宗教が継承してきた人類普遍の価値観であり、むしろ特殊な「西洋近代の価値観」を修正する意図で使われている言葉である。

メディアの標的にされたマハティール

 だからこそ、アジア的な手法、イスラーム的な手法を賞揚し、欧米の手法に正面から異を唱えるマハティールの発言は、欧米メディアから叩かれ続けてきたのである。彼は、自らの主張が歪曲されたり、報道によって社会の安定を損なうことを容認しなかった。彼は、事実に反した報道に対しては断固たる姿勢を貫いてきたのである。
 遡って見れば、まず1986年9月下旬、マハティールは『アジア・ウォールストリート・ジャーナル』に対して、販売停止と同紙特派員の国外退去を命じた。記事が事実に反するとの理由である。彼は翌10月には「シオニストたちは、ときに新聞などをも利用してウソを流布し、われわれの社会を混乱させようと企てる」とも述べている。
 マハティールは、1987年には『ファー・イースタン・エコノミックレビュー』を名誉棄損で提訴している。同誌5月21日号が、マハティールのブルネイ行にふれ、サラワク州の一部をブルネイに売却することが狙いだったなどと報じたからである。確かに、事実無根の情報であり、悪意に満ちた報道であった。
 1990年秋には、オーストラリア放送の特集番組「大使館」が、マレーシアをモデルとして、腐敗、堕落した国として描き、イスラームを侮辱したとして、マハティールは強く反発した。両国共同プロジェクトの一部凍結、オーストラリア政府幹部の訪問延期を指示する事態にまで発展したのである。
 さらに1994年2月には、イギリスの『サンデー・タイムズ』が、「マハティールがイギリス企業から5万ドルの現金を受け取った」と報じた。これに対して、マレーシア政府は武器を含む政府調達と公共事業契約からイギリス企業をすべて締め出すという決定をした。

ユネスコにおける非同盟諸国の試み

 マハティールは、欧米メディアの偏向を批判するとともに、アジアの声、イスラームの声、途上国の声を世界に発信することに力を注いできた。
 それは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)を舞台として非同盟諸国が試みてきた運動を再び盛り上げることでもあった。非同盟諸国は、1970年代から「新国際情報秩序」(NWICO)確立をスローガンとして、先進国支配の国際情報秩序を攻撃するとともに、先進国と途上国の情報発信力の均衡を目指した。
 これに対して欧米先進国側はあくまで情報の自由流通を重視した。1978年11月にユネスコ第20回総会で採択された「マスメディア宣言」は、まさに両者の妥協の上に成り立っていた。
 途上国が目指したものは、欧米巨大メディアの報道姿勢が責任あるものに是正されることと、途上国の情報発信力が強化されることではなかったろうか。
 ところが、米ソ冷戦を反映して、ソ連が政治的意図から途上国側の主張を支持したことから、この論議に東西対立が持ち込まれてしまった。また当時、途上国の立場が反イスラエル的なものに傾斜していたことも、アメリカの立場に影響を与えた。さらに、当時のユネスコ事務局長のムボウ(セネガル)の運営は予算の際限ない肥大化をもたらしていた。
 結局、アメリカ政府は1984年12月にユネスコから脱退、アメリカに続いてイギリス、シンガポールもユネスコから脱退してしまう。

アジアの声、イスラームの声、途上国の声の発信

 1997年のアジア通貨危機に際して、CNN、ロイターといった欧米巨大メディアの報道がアジア各国に与えた影響の大きさから、それら報道機関の在り方が問題となり、再びNWICOに関する議論が展開されるようになった。
 こうした中で、毎日新聞の橋本晃記者は、「NWICO論争当時からこれまで、一体何が変わり、何が変わっていないのか」と問うて、次のように書いている。
 「まず、変わらないのは途上国が当時、非難したニュースの流れをとりまく世界の状況だ。当時も今も、世界4大通信社(現在、3大通信社)が一報ニュースの75%など、世界のニュースの流れを寡占支配している現実に変化はない。むしろ南北間の貧富の差の拡大、通信技術の飛躍的発展で状況はより悪くなっている」、「途上国報道はネガティブなものが多いという指摘も、おそらくそう外れてはいない」(『毎日新聞』1999年11月21日付朝刊)。
 新たなNWICO論争で、マハティールは重要な役割を演じた。2000年9月には、マレーシアのセランゴール州で「非同盟諸国のメディアの役割に関する国際会議」が開催された。会議は、非同盟諸国学生青年会議(NASYO)東アジア地域支部、マレー・ジャーナリスト協会とセランゴール州政府が主催、マレーシア政府情報省などの協賛によって開かれた。
 世界中の報道関係者約400人が集結したこの会議で基調講演したマハティールは、通貨危機の原因、投機家の評価、危機に対するマレーシア政府の対応等に関する欧米メディアの偏向に関して具体例を挙げて批判し、メディアの責任を強く求めた。彼は、欧米のメディアは自分たちが有色人種よりも優れていると仮定するのをやめ、謙虚になるべきだと述べて講演を締めくくっている。まさに、これは「西洋近代の価値観」の絶対視という本質的問題を突いたものである。
 この会議で、非同盟諸国のジャーナリスト育成、ニュース・ネットワークの構築などを目的とした非同盟諸国メディア協議会設立が決まった。さらに、2003年2月にマレーシアが主宰した非同盟諸国首脳会議でも、非同盟諸国新国際情報センターを早急に設置することが決定された。
 この間、ベルナマ、ニュー・ストレイト・タイムズをはじめ、マレーシアのメディアの情報発信力は強化されつつあり、途上国のメディアとの協力体制も進展している。アジアの声、イスラームの声、途上国の声がさらに大きくなることによって、国際社会の主流オピニオンは徐々に変化してくるに違いない。

 
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