#170『妊娠・出産 近代化の中でも伝統を
    重んじるマレー(4)』
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 少なくとも3人はいる、と子沢山のマレーシアでは、保健省が運営しているローリスク産科センターという施設が各地にある。名称の通り、初産ではない、2人目からで健康体の妊婦さんが出産できるところで、医者は常駐しておらず、決まった時間にきて検診にあたる。出産に備えては助産婦さんが数人交代で勤務している。マレーシアでは、病院で出産をするのが一般化したのは1960年代で、それまでは、ビダンという伝統的な助産婦さんが、家まできてくれていた。ビダンは、妊娠中の伝統的儀式アドバイス、出産後の母子共々のお世話もしてくれた。
 田舎に行くと、コミュニティーナースというのもある。このシステムは1970年代から各地域に初歩的な治療や世話を目的として配置されていった。彼女たちは、家庭訪問で出産前後の検診、赤ちゃんの扱い方から予防接種までこなし、いざとなったら自宅での出産にも立ち会える心強い味方だ。またコミュニティーナースは、妊娠・出産のみではなく、高齢者や障害者の介護にも家庭を巡回しているのだ。
 また、職場に復帰するお母さんたちがどこに子供を預けるか、というのもマレーシアと日本の状況が少し違う。メイドさん、実家(土日だけ赤ちゃんを迎えに来るという人も)、保育所、ちょっぴり信頼できる近所のおばさん。近所のおばさんに預けている人は、食事とシャワーだけとか、洗濯物も一切やってあげる、とかその預けるお母さんとの取り決めで状況はまちまちだが、聞くと驚くほど安い。何か起こったら、その責任はどうするんだろう、なんて考えてしまうのは、私が日本人だからか、預ける人と預かる人の垣根は低く、全然身構えていないのが、ここの特徴だろう。
 また、今では塾や家庭教師など、教える側がきちんと値段を決めるのが主流だが、マレー系は助けるという精神が強く、昔からの風習で「そちらで払えるだけいくらでもいいから」と言う人もいまだに存在する。子供を地域で育てる意識が強く、子供が悪いことをしたら、例えよその子でも注意ができる。地方に行くほど、それは強い。
 マレーシアが近代化したとはいえ、一般人のメンタリティー、物質の豊かさは、まだ日本の現状に近いとはいえない。しかし、ここでは島国日本の特徴である、皆同じでならなければいけない理由など一切ない。多民族国家の中にいることは、人が生活する上で基本的な要素が皆同じである必要などなく、無理に同一視する必要ないことを彼らは知っている。そんな性質が、変な気使いをしない人間関係、気負いのない人間関係を築き、妊娠・出産・子育てという人間の基本的なドラマの課程にも自然なサポートができるのだろう。それを見た時に、マレーシアには、少子化が進む日本が忘れてしまった本当の生活があると感じる。
 
<筆者よりお知らせ>
 個人的な理由にて多忙になってしまい、残念ですが、しばらくの間休止することとなってしまいました。
 これまで読んでくださった読者のみなさん、本当に感謝しています。
またの登場の時まで、さらばです。
 
本稿は日馬プレス第310号(2005年11月16日)に掲載されたものです。
『妊娠・出産 近代化の中でも伝統を重んじるマレー(1)』
『妊娠・出産 近代化の中でも伝統を重んじるマレー(2)』
『妊娠・出産 近代化の中でも伝統を重んじるマレー(3)』
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