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原点にもどりたい、シンプル・マレーシアンライフ その1
 

   本誌5月1日号のサイト紹介に出ていた、念願の<GKオーガニックファーム>に行ってきた。ここは、日本人の和美さんと、マレーシア華系ご主人のガンさんが営む、2次ジャングルを徐々に切り拓いた農場、オーガニックファームだ。
 場所は、KLからセレンバン方面に向けて高速で40分位の郊外、バンギにある。マレーシアのオーガニック(有機農業)はまだ歴史が浅く、商業的な生産が始まったのは、ここ数年とのこと。オーガニックファームの生産高は、天候やその他の自然条件に大きく左右される。即効力のある化学肥料と違い、自家製の堆肥での栽培は、生産量が不安定になる場合もよくある。

 長年の夢がやっとかなった、という感じだった。
夢といったらおおげさかもしれないが、私は1年ほど前に偶然、和美さんのホームページを見つけて、いっぺんに惚れてしまって以来、本人に会ってみたいなあと、ひそかに思いを抱いていたのだった。何がそんなに私を引きつけたのか。やっていること、生活スタイルこそは全く違うけど、私の心のどこかに潜在する、シンプルでムダを嫌う基本的な気持ちが同じだと、ピンとくるものがあったからだと思う。
 自分の好きな道を断固と生きるそのスタイル──。
 私達の年代は、高度経済成長期に生まれ育ち、バブル絶頂のサラリーウーマン 時代を日本で過ごしてきた。学生のときから家でぼうーっとするときがないほど、せかせかと忙しく動いていて、生き急いでいるようだともいわれたりした。私は多方面に渡ってとにかくいろんなことを経験した。いろんな情報を、最先端であるほどよいと勘違いしていた時代だ。ぼうーっとすることは恥と感じていたようなときだった。夜に繰り出すホットなディスコやコンサート、最新演劇や映画、海外旅行、音楽、買いものにでかけると、流行のファッション、本や最新アーティストのCD、おしゃれな雑貨。次に来る流行はなんだろう、もっともっと早くキ
ャッチしないと周りに乗り遅れてしまう・・・
 でも、そんなモノたち自体にも、物を購入して消費する満足度も、なんだか一方で、むなしさが心のどこかに残る、居心地のなさを感じていた。でも、いそがしさと物に溢れすぎて、お金を出せばなんでも手に入った不自由のない生活の中で、私はそれがあたりまえのように、また自分の感情がはっきりとはわからないでいた。──マレーシアに来るまでは、だ。
 思えば18年前、私が初めてマレーシアに足を踏んだ日に、そしてピュアで飾り気のないその土地柄と主人に恋をして結婚を決意し、16年前から住み着いてしまった運命も、和美さんの言っているような、東京のOL生活につかれ、そんなことにあきあきしていたからであり、これは本当の自分の生き方ではないと、疑問を感じていたからなのだろう、と今になって思う。
 あわあわと毎日電車にゆられて通う仕事。本当の幸せな生活って一体どんなものなのか?そんな疑問に、お金で計算できない、非常に満ち足りたものをおしえてくれたのは、まぎれもなく主人だった。
 何不自由ない中、なんとなく後ろめたいような浮遊感の中での日本での生活が、マレーシアに住むようになって、やっと自分の等身大の、心から納得のいく自分自身の存在を感じられるようになった。
 結婚をして、マレーシアに移り住むということに対して驚く人はたくさんいた。こんな本心が心のどこかにあったことはだれもまるで知らない。実の親でさえも。
ガンさんと和美さんにとってオーガニックとは、単に食物生産の方法だとか、生計をたてる生業というだけではない。それは、ライフスタイルであり、何を食べて生きるかの選択や、どんなものを買うか買わないかの消費パターン、さらには感じ方、考え方、行動様式にいたるまでの基準が、全てそこを原点にしてつながった意味を成してくる源なのだ。
 シンプルライフがモットーで、テレビも持っていない。観る暇がないし、観たいとも思わないという。現代人の生活に不可欠と勘違いされている便利な家電器機の多くを持ちあわせず、なしですませている。そのかわり、都会の暮らしが失ってしまった贅沢があると語っている。 (つづく)
 
 

本稿は日馬プレス第251号(2003年6月1日)に掲載されたものです。