![]() |
|
| 目次へ戻る |
|
シンプラン・バハサ(その6)------糞編 |
|
| 今回は、久しぶりにさぼり気味だったシンプラン・バハサを書いてみたい。 1回目から シンプラン・バハサ説明編(41)、風編(42)、にわとり(51)編、動物編その1(63)、動物編その2(67)編とやってきて、今度は何にしようと考えていたところ、中学生の子供とその友達がへんてこな話を持ってきた。「バッファローの糞みたいだったよな。絶対インド人のだよな。」と人の顔を見るなり興奮しきった様子でおしえてくれた。(インド人の方、別に悪気があっての発言ではありません。すいません。) その日、彼らは学校でトイレに行った時に、異様に臭かったので、ひとつづつドアを開けて覗いてみると、7色に輝く、なんととてつもなく巨大鏡餅のようなうんこが横たわっていたので、驚いたという極タンジュンな話なのだが、その大きさや色よりも、「絶対インド人のだ」と断言してしまうことに、何かインド人という民族は彼ら(マレーシア人一般)の思考で、どのように一般論化しているのだろうか?とそのあたりに興味を抱いたのだった。ということで、お食事中の読者には済まなかったが、民族別大便学を彼から講習を受けたところで、今回は思い切って<うんこ>についてのシンプラン・バハサに気ばって突入したい。 糞はマレー語でtahi(名詞)という。berak(より動詞)ともいうが、糞に限らず汚物はnajisとも言われる。 tahi judi judiは、ギャンブルで、tahiを使うことによって、より汚いイメージ、悪い物事という意味にするのが、tahiのシンプラン・バハサだ。ギャンブルを禁止しているイスラム教徒ならではの発想かもしれない。意味はギャンブル好きの人のことを指す。 tahi minyak minyakは油で、油のうんこ。油のうんことはなんやねん、というと、これは、人が言ったことにすぐ反することを言うトラブルメーカー的な存在の人を指す。 tahi lalat lalatはハエ これは、うまく出来ているなあ、と感じる。ほくろという意味だ。 tahi hidung masin hidungは鼻、masinはしょっぱいという意味で、tahi hidung というと、まさに鼻くそを指す。 これは、ケチな人という意味だ。何でしょっぱい鼻くそが、ケチに結びついているのか、正直言ってわからない。誰か知っている人がいたら、教えてください。 Ayam terlepas, tangan bau tahi Ayam(にわとり) terlepas(放す)tangan(手) bau(臭い)。直訳では、「鶏を放したら、手が糞で臭い」だが、意味は、悪いことを行えば、後で報復が来るということ。昔、鶏はめったに食べられなかったために、よく田舎では盗まれていたらしい。その盗人が鶏と掴み取って、やっとのところで放したら、手が糞で臭かった。バチがあたった、ということだろう。 Anjing biasa makan tahi ,jika tak makan mencium ada juga Anjing (犬)biasa (いつも)makan (食べる)jika(もし) mencium (臭いをかぐ)ada juga(〜もある).直訳では、犬は糞を食べても食べなくても、普通臭いをかぐ。普段、悪いことをしている人は、時々その悪事を思い出して、悪さを繰り返すだろう、という意味だ。 Bunganya dipersunting , pangkalnya diberaki. bunganya(その花)dipersunting(髪飾り)pangkalnya(根、植物の根というよりは、ルーツ) diberaki(糞をされる)直訳では、花は髪飾りにされ、根は糞をされる。妻はかわいがるが、舅・姑は嫌う人という意味だ。 「臭いものには蓋をしろ」ということわざが日本ではあるが、こんな臭い コラムなんて早くもみ消してくれ!という声が聞こえてきそうなので、 これにて、退散したい。 |
|
|
本稿は日馬プレス第254号(2003年7月16日)に掲載されたものです。 |