目次へ 10月16日のニュース
 
『未来ゆきの汽車にのって』
ペナン日本人学校が開校30周年
 ペナン日本人学校が開校30周年を迎え、コー・ツークーン・ペナン州首相、成宮敬人ペナン総領事ご夫妻などの臨席のもと、30周年を記念して改修された同校体育館で10月5日記念式典が催された。
 1970年代、マレーシア政府は鉱業・農業といった一次産業主体の経済構造を工業主体に変換し、積極的に海外企業の誘致をしはじめた。ペナンでも東レや日立、松下、ソニーなど家電メーカーなどの日本企業が進出しはじめ、日本人社会を形成しつつあった。ペナン日本人学校は補習校を経て、1974(昭和49)年10月5日、児童14名、教師2名で開校した。小学部だけのスタートだった。81(昭和56)年には児童生徒数が100名に達し、93(平成5)年には150名に達した。その後、95(平成7)年の207名をピークに、150名前後を推移している。現在は143名。
 同校は小規模校時代のよさを中規模校となった今も受け継ぎ、島内にある他のインターナショナルスクールや地元校との交流を積極的に勧めるなど国際性豊かな児童生徒の育成に努めてきた。また、豪雨によってペナン川が氾濫し、校舎が浸水するなど、ペナンならではの出来事もあった。
 式典では児童生徒を代表して中3の吉田詩慧理(しえり)さんがお祝いと感謝の言葉を述べた。開校30周年のスローガンは『未来ゆきの汽車にのって』。来賓のコー州首相もこのスローガンを聞いて「日本とマレーシアの人々が一緒に協力しあって、未来に向かって夢をかなえてゆきましょう」と挨拶し、「来年からは(恒例行事となった)盆踊りだけでなく、ジャパンウィークを設けて、日本とペナンの親善を深めていきたい」と述べた。
 式典のあと、児童生徒、及び保護者の皆さんによりアトラクションが行われた。児童生徒全員が一言ずつメッセージをつなぎながら、ペナン日本人学校での生活や希望などを語りかけ、そして『子供の世界』、『ふるさと』を合唱した。最後のマレーシアの国民歌『セジャテラ・マレーシア』の合唱をペナンの新聞社の記者やカメラマンが感動したように聞き入っていたのが印象的だった。

 
 

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