序文

 アジアの秘境と呼ばれるサラワク。多様な生態系、未開の熱帯雨林を育む土地。固有の言語、文化、生活習慣を有する20以上の部族が暮らす土地。神秘的でエキゾチックな母なる地球、あるいはバックパッカーのパラダイスへの入り口ー

 僕はサラワクのジプという小さな町で生まれた。川沿いの町並み、市場、カンポン。これが、レジャン川のデルタに位置するこの町の、ごく普通の風景だ。マレー人の僕は、オラン・ウル、マラナウなどの、様々な民族の人々に囲まれて育った。9人兄弟の末っ子として生まれて得したのは、兄、姉たちについて遊びに行くだけで友だちを2倍、3倍に増やせることだ。その頃、僕は自分とは違った言葉を話す友人がいることに気づいた。初めはおかしかったけれど、両親はいつも僕に彼らをからかわないようにと注意した。

 友人がたくさんいるっていうのは、サッカーチームを作るのに最高だ。僕たちのチームは強かった。強力なストライカーとディフェンスがいることで、周りのカンポンにもけっこう知られていた。僕はいつもイバン族の少年たちを相手にプレイするのが恐ろしかった。彼らの多くは頑強な脚をしていて、脚をさらに固くするためにあるオイルを塗っているといううわさもあった。んー、おもしろいでしょ!でも、僕はラッキーだった。僕のチームにはイバン族もマラナウ族もマレーもいた。イバン族のストライカー(彼のニックネームは「リザード」だ)が僕たちの主要兵器だった。彼はものすごく走るのが速かった。ほとんどフォレスト・ガンプ並みに速かった。(リザードはいつ止まればいいかも知っていたけどね。)そして、ドリブルがとってもうまかった。どうしたらこんなプレイができるんだろう?もしかしたら、何か特別な教壮剤かなんかを飲んでいたのかも知れない…。これは未だに謎のままだ!

 「天気雨(Ujan Panas)」についての話を覚えている。放課後になると、僕と兄はBMX(自転車)に乗って、いっしょに「日課を執り行う」ための友人に召集をかけるべく、近所へとこぎだした。僕はいつも兄たちについていった。ほとんどどこへでも。でも、彼らはたまに、こそこそと、うまく行方をくらました。特に、天気雨の気配に気づいた時に。天気雨の時に外へ出るのは良くないと、母は言っていた。「天気雨のおばけ(Antu Ujan Panas)」がでるから。それでも、どうしても出かけなければならない時、僕は草の葉を摘んで耳の上に差した。この「sulik」と呼ばれるおまじないが天気雨のおばけから僕の身を守ってくれるのだ。そうして、僕は蛇のように外へ這い出し、草を摘んで耳に差し、友人の所へとサッカーのスケジュールを確認しに駆け出した。出会った友人は、なんだか変なものを耳の上に身につけて笑った。僕はクールにふるまった。最初は誰もこんなおばけの迷信なんか取り合わなかった。ところが、サッカーのプレイが始ると、それぞれが、新鮮な緑色の草を見つけて耳に差した。しかも、おまじないのパワーアップのために、できるだけ長いやつを!

 僕が思うに、こういった話を信じるかどうかはともかく、大切なのは、他の宗教や伝統信仰を尊重することを、僕たちが小さい頃に教えられたことだ。多民族国家でみんなが協調して暮らすために必要な、尊重、歩み寄り、理解が僕たちサラワクの人間ーサラワキアンーには備わっていて、みんながユニークな「ハーモニー」の中で暮らしている。音楽と同じだ。美しい歌を作るには、しっかりとしたハーモニーのセオリーが土台にないといけないよね。サラワクの美しい、独特の音楽、アートの土台にも、サラワキアンのハーモニーが流れていると僕は思うんだ。

 この連載を通して、サラワクの伝統音楽、タトゥーから木彫り、織物にいたる伝統装飾芸術に関する、面白い話や事実をみんなとシェアしたい。この雄大な熱帯雨林の土地、あるいは「ヘッドハンター・ランド」の探検を楽しんでくれるといいな。

 それじゃ、次回「サラワクの部族」でまた。