<番外編>

食 風 
ラッカと日本の歴史 (2)
ザビエルがマラッカで会った日本人青年

 日本にキリスト教を伝えたポルトガル人宣教師フランシスコ・ザビエルは1506年、スペインの貴族の家に生まれた。(バスク人という説もある。)パリ大学在学中に「イエスズ会」を結成した。ポルトガル王ジョアン三世の援助でインドからアジアへ、布教の旅に出た。
 16世紀はじめ、ローマ・カソリック教会は堕落と退廃の極にあった。13世紀末に南フランスで興ったアルビ派、ワルドー派といった反ローマ・カソリック勢力を異端と見なし、異端者を審問する担当官をおいた。反カソリックだけでなく、土着信仰の信者も審判にかけられ、やがて、利害が対立するものを抹殺するために「異端者である」と密告するものまででてきた。アルビ派、ワルドー派を壊滅させるために、北フランスの騎士団に命じてアルビ十字軍を結成し、南フランスを攻撃した。アルビ十字軍は数十万人を殺戮し、劫掠、略奪をほしいままにしたという。
 異端者を見破る法として「謙虚で、礼儀正しい。無欲で富を望まない。肉食をせず酒を飲まない。よく働き、よく学ぶ。教会に行き、神に祈る暇がない.このような人が異端者だ」とした。中国の文化大革命のときに、毛沢東を頂点とする共産党政府が紅衛兵の若者たちに命じて、富裕層や教育者、文化人などを殺戮したり放逐したやり方とよく似ているカソリックの堕落を批判する人々を「魔女狩り」し、捕らえては「異端者」として処罰した。密告やでっち上げで、多くの人々が拷問にかけられた。異端者審問や処刑には、聖職者によって考案された拷問道具が活用された。魔女は火あぶりの刑に処せられた。たちにとっては大きな富を得る手段でもあった。また、聖職者たちは金銭を得て「免罪符魔女裁判で無罪の判決がでることはなかったことから、「火刑法廷」と呼ばれた。実は、「魔女」や「異端者」とされて死刑になったものの財産はすべて没収されることになっており、聖職者」を売り性欲の処理を尼僧院や懺悔室で行った
「魔女狩り」は14,5世紀、中世ヨーロッパのカソリックの専売特許ではなく、プロテスタントでも行われていた。もっとも「魔女狩り」が盛んだったのは17世紀の100年間だといわれている。
 中世、広く世界を見れば、イスラム世界と、キリスト教世界に二分され、学問、文化、建築などことごとくの分野でイスラム社会のほうが優れていた。その後、キリスト教国は改革し、ルネッサンスが叫ばれ、文化的にも大きく進歩していった。一方のイスラムは内向きになり、後退していく。

 中世ヨーロッパは衰退傾向にあったカソリック国のスペインやポルトガル、躍進するオランダ、イギリスなどプロテスタント国が宗教だけではなく、領土を奪い合っていた。船舶製造技術の発達と航海術の発達、そして、容易に領土を拡大できるアフリカやアジアへの関心の高まりもあって、バスコダ・ガマ、マゼランなどによって大航海時代に入っていった。日本もマルコポーロの「東方見聞録」によって、黄金の国ジパングとして知られるようになった。
 アジアや新大陸南北アメリカへ進出したのは低迷傾向にあったカソリック国スペインとポルトガルだった。失地回復。新たな領土、新たな利権をもとめて軍隊とともに聖職者たちが航海に出た。植民地をふやし、カソリックの信者をふやす。大きな命題を背負って、生命を賭けて海を越えた。ザビエルは敬虔なカソリック信者であり、真摯に布教に努める宣教師だった。一方で、スペインの国益を背負っていた。
 日本ではカソリックのポルトガル人とスペイン人を南蛮人と呼んだ。プロテスタントのオランダ人やイギリス人を紅毛人と呼んだ。キリスト教は耶蘇教、天主教と呼ばれた。
ザビエルはインドのゴアから,マラッカにきた。そこで、ひとりの日本人の青年と会った。

  1546年、日本では天文14年、ヤジロウと名乗る男が、薩摩の国山川港からポルトガル船に乗って密出国した。ヤジロウは薩摩藩の下級武士で、商売上のトラブル人を殺めた逃亡者だった。船長の名はアルヴァロ・ヴァス、ヤジロウとは面識があった。船長はヤジロウにマラッカにいる友人でもある伝道師フランシスコ・ザビエルに会いにいくように勧めた。船の中でヤジロウはキリシタンの教えを学んだ。はるかマラッカについたときには、異国の宗教が身に染み込んでいた。
 マラッカでヤジロウはイエスズ会伝道師フランシスコ・ザビエルと会った。ザビエルはこの聡明な日本の青年が気に入った。ヤジロウはザビエルの教えを受け、インドのゴアで洗礼を受け、洗礼名パウロ・デ・サンタ・フェ.日本で最初のクリスチャンになった。 罪を悔い、生まれ変わったヤジロウを、ザビエルは愛した。マラッカをへて、アジアにカソリックの教えを伝導しているザビエルに、ヤジロウは日本を紹介した。ザビエルはヤジロウを通訳として伴い、日本に行こうと考えた。

 
     
 
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